愛玩犬だけじゃなくて、トマトのことも思い出してあげて。
愛玩犬と猟犬編、ついに場面が戻ります。ここ一週間の怒涛の猛追をもってしても、現実時間で8か月かかりました・・・。
「それでも、わんちゃんを危ないところに離してシカさんやイノシシさんとケンカさせて、ケガをさせるのって酷くないですか?それに、当たり前にお話を聞いてきたけれど、やっぱりみんなが飼ってるわんちゃんにそんなことするのは酷いんじゃないですか?」
明凪の手は、少し震えていて、視線もうつむいたまま一気にまくし立てた。
「そうだね。人の事情で縛り付けている動物を痛めつけるのは悪い事だと、私も思うよ。」
リーゼの持つ紅茶には波一つない。その、声にも。
「そういうみんなの気持ちは、動物の愛護と適切な管理の法律として、ちゃんと形になっているし、守られるべきものだよ。」
「な、のに・・・?」
明凪の、喉に何かが詰まったような、途切れ途切れの言葉。
「明凪、これは人間社会を考える時にとても大切なことなのだけれど、"人間が管理しているものとしていないもの"、そして、"自然や野生と社会秩序のどちらにいるか"この二つ整理は覚えておいてね。明凪が言っていたわんちゃんは、どうかしら?」
リーゼが言葉の間で手ずから入れた紅茶を勧められるまま一口飲む。
いつもより少し冷たい瞬きが浮かぶアリーゼの碧眼に少し怖気づいてしまいながらも、どうにか明凪も考えをまとめた。
「人が飼っていて?ええと、難しいよ。社会、なんだっけ?」
「社会秩序の中ということね。そう、飼犬、イエイヌとも言うよね。あの子たちは人間のために色々な形で働いて貰っていて、特に愛玩犬はほとんどの自由を奪われた中で、人間に媚びる事を生業として、生きているの。人間の都合でとても強く縛っているのだから、無理をさせている分、優しくしてあげないといけないと思うわ。
けれど、優しくしてあげる、犬の望みをかなえてあげるのなら、狭い檻に閉じ込めている時と、広いところで自由に走らせてあげている時、どっちのほうが犬が楽しそうか考えてみて。そして、犬の顔を見てあげて。
私は、闘争本能を開放して、生命をぶつけ合って、自分のすべてを発揮しようとしている猟犬たち、そして、一緒に走り、一緒に獲物を追うハンターたちは、とても輝いていて、好き。」
「でも、鹿さんや猪さんは何も悪いことしてない。」
「明凪、それは合っているけれど、何も悪いことをしていない動物を殺すことは常に間違いとは限らないよ。野生動物が農作物を食い荒らす事について、畑を荒らされて破産したり首をつってから犯人を捕まえても、死んだ人や消えた財産は帰って来ないから先に止めないとね。岡本のトマトやバジルだって、そのまま山で育てて、実際に食い荒らされてしまったでしょう?
本当は、野生は野生の中で完結して、人は邪魔をしないし、生態系がある程度持続可能な状態で食物連鎖、生存競争が働いていれば、そのほうが良いのだけれど。
それでも、少なくとも今、人間と野生動物は、競い合いながら、住み分けながら、同じ地球で一緒に生きていく存在。オカモトの話にあったように、ハンターは野生動物に殺されることもあれば、違法なことをしてしまえば警察に捕まるの。ルール完全無視で動物を虐めているんでも、殺し合いを楽しんでいるだけでも無くて、社会と野生が交じり合わないように、貴方や私が安心して暮らせるように境界線地帯を守ってくれているんだよ。実際に山の中では野生と野生のぶつかり合いみたいに見えてしまうかもしれないけれどね」
「でも・・・」
リーゼは少し中空に視線をさまよわせ、視線を戻しながら自分の髪を撫で、弄んで、言葉を紡いでいく。
「ごめんなさいね。気持ちの整理が出来ないことを、理屈で無理矢理押し通す、大人って、酷いことしてるよね。私も、完全に割り切っているわけではないの。ただ、酷い目に合う人も、酷い目に合う動物も、どちらも見てしまって、どちらかに優しくするのが、難しくなってしまっただけ。」
段々とうつむきながら、声がか細くなっていく。もう一度向き直った瞳は、わずかにゆらめいていた。
「ありがとう。明凪」
倫理の話も、法律の話も、感情の話も難しいですね。
ただ、少なくとも畑を襲う野生動物(たとえば、イノシシ)は室内で飼われている愛玩動物(たとえば、イエイヌ)とは動物愛護管理法上も、狩猟及び鳥獣保護管理法上も違います。
一方、猟犬についての管理責任は当然飼育者(所有者)にありますが、猟犬に対する福利厚生や人道主義、業務上必要な使役犬(場合によっては猟犬を含む)に必要なパフォーマンスを発揮してもらうことを綺麗に整理することは難しいですし、もっと踏み込むと、食肉として食卓に上る家畜をどう考えるか、ということについても追求する必要があります。
狩場で生命と向き合うということは、当然、翻って自分の一般社会生活の中での動物や生命とのかかわり合いとも、向き合うという事です。
子供のうちはじっくり悩めばいい。けれど、大人になった時、目を背けるだけになってしまわないように、自分の考えをまとめられるように、なって行きたいですね。
※本作品はフィクションです。
※実在の人物、団体、事件、地名、技術、科学的根拠を保証するものではありません。
※また、取材の過程で入手した情報が一部反映されていますが、
※別の地名・時代・人物の話を複合的に盛り込んでおり、実際の出来事や法律と一致するものではありません。
※法律・植生・科学的事実について裏取りが出来ていないものを含む「創作」「ファンタジー」であることをご理解ください。
※偶然書いてあることが何かに一致しても真実だったり嘘であっても著者は一切責任を負いません。
あと、猟師はせっかち。これはたぶんノンフィクションです。取材結果的に。




