狩の後も進むは山道
やっと犬の話が出てきますよ・・・!
暗い均一でまっすぐな人工林の中を大きくジグザグに走る、アスファルトの林道を走る。
「ここは立派な道だろ」
「はい。さっきの三角のとこと違って舗装されていますね」
「そうだ。上に牧場があってな。いや、あったんだがな。それが無くなって、今は婆さんが一人だが、牧場があったころに道が出来た。」
まあ、これだけ人工林があからさまに広がっているんだ、林業用道路も兼ねていたに違いない。
「どこも、第一次産業は衰退していく感じでしょうか」
「そう、猟師もな」
やや間をおいて。
「ここの猟は面白かったぞ。」
人工林の間の道を過ぎ、一気に視界が広がる。これは!牧場!・・・だったんだなぁ。
「拓けてますね」
「そうよ。拓けてたんだ。今じゃススキぼうぼうだが、少なくとも昔は無かった。あそこら辺の建物も人が入ってた」
「形は保ってますね」
「保ってねえさ。傾いてるし穴も開いてる。遠めじゃ一瞬わからんがな。岡本さんは若くて目もいいんだ。鹿ちゃん見つけたら頼むぞ」
「はい!」
「でだ、じじいの回想だがよ。昔はこの辺にもいっぺえ鹿が居てな。俺らもたくさんおった。誰だったかの提案で牧場のじいさんに話つけてな、夜の間借りたわけよ」
(夜撃ったら違法じゃ)
「お行儀の良い岡本さんは今違法だと思ったかもしれないが、そうじゃない。撃たねえんだからな。」
「え?」
「鹿さんを接待したのさ。美味い草をたっぷりプレゼントしてな」
「え。まさか」
「そのまさかよ。柵を一か所空けておいて夜のうちに入らせる。こっそり家に隠れていた奴が、柵を締めるだけだ」
「数頭の鹿に随分大がかりですね」
「そりゃ大がかりさ。当時、柵がない餌場、草を育てるところな。そっちには夜百頭はいるんじゃないかってくらい出た。牧場主のじいさんも喜んで協力してくれるって寸法よ。そんでその大がかりな囲いには、20頭は入ったかな。あとは夜が明けてから乱れ撃ちよ」
「激しいですね。最近の自治体の"先進的取り組み"なんて名前で喧伝されているやり方にそういうのがあったんですが、別に新しくなかったんですね」
「そらそうよ。当時は(猟友)会も大きかったし、獲物も多かった。みんな工夫してたよ。そしてそれが試せたんだ」
「犬はどうでしたか」
「今と変わんねえな。日本犬も居たし洋犬もいた。俺なんかも昔は鳥猟犬を持ってな。鳥猟犬はいいぞ。頭良くて、言う事聞いて、ちゃあんと戻って来る。」
「鳥猟犬、ですか」
「そうよ。俺はヤマドリ撃ちが本命でな。ヤマドリ撃ちが一番難しいんだ。ぴゅーって飛び立ってよ、尾があるか一瞬で見て、消える前に撃って当てる。一瞬の勝負だ。犬が馬鹿でも、猟師が下手くそでも撃てやしねえ。猟はあれが一番だ。昨日会った鉄砲屋、あすこのはく製も一羽は俺のだよ」
「凄いですね。撃ったら粉々になりませんか。」
「おうよ。はく製になるような残し方をするのが腕の見せ所さ」
ヤマドリのはく製話に花を咲かせている間に、牧場を過ぎ、まっすぐな坂を上って、ゲートの前に出た。いつのまにか、道が雪に覆われている。日陰でもないから、雪が積もるかどうかの標高の境目か、単なる雲の気まぐれか。
「会長の鍵があるからよ、この辺は入れる。この鍵でも入れない場所もあるがよ」
「開けてきます!」
「おうよ。滑らねえようにな」
勿論、すべる。危ういところでかろうじてこらえて、転ばずに済む。
「いいぞいいぞ。転ばねえのは大事だ」
「雪の下、氷ですね。つるっつるだ」
「そういうのが危ねえんだ。岡本さんも自分で運転するときには気を付けるんだな。練習が要るぞ」
「その前に車も要りますね」
「おいおい、お前さん車もねえのに猟師やるのかい。これはおったまげた」
「買います買います!ただ、この猟期に免許が間に合わない予定だったから、間に合わなくて」
「おー。たいしたもんだ。あんた大物かもしれんな」
ゲートを締めて、車に乗り込む。
「それで、犬の話だったな。うちのドクポはヤマドリの犬だったが、鹿もやった。鹿ってのはどの犬でも追うらしいな。簡単なんだろう」
「鳥猟犬は鳥専門っていうわけでもないんですね。ドクポっていうのはジャーマンポインターですか」
「おお、よく知ってるじゃねえか。まあ色々苦労して鍛えたんだが、なかなかのもんだったぞ。なあ、捕まえた鳥を食わせずくわえて持ってこさせる訓練ってわかるか?」
「え。ボールとか食べられないもので練習するんでしょうか」
「ちっげえよ。それじゃ食べられるものを見たら食べちまうだろ。」
「あ、それもそうですね」
「ウズラにな、有刺鉄線を巻き付ける」
「痛そう」
「そうよ、それを噛むと犬も痛い。だから本気で噛めない。それを優しく加えてきたらご褒美をあげるわけだ」
「おお!」
「ご褒美も嬉しい、追いかけるのも楽しい、そうやって犬は覚える。親父が頑張らないと、犬は本物にならないんだ」
飼い主、犬使いを親父というらしい。しかし、なるほど。それは覚えそうだ。
「本能に任せてもダメですか」
「そりゃそうよ。目の前に居るの追うくらいしかできゃしねえ。今日の犬なんか見たろ、親父様の足元から離れやしねえ。ありゃー普段なんの訓練もしてねえぞ。見たら一発で分かる。そりゃあ勢子長は入院してたからよ、鍛えられてねえのはしょうがねえ。だがよ、本人の前では言わねえがあの犬は使い物にならん。みんな分かっとる。」
個人的に、こういうときの"みんな"って言葉は嫌いだけど、会長もため息ついてたし話はわかる・・・かな。
「今から鍛えるんでしょうか」
「そりゃー無理だろうな。勢子長も厳しいだろうし、その前に、年齢がもう遅い。最初の2年に仕込めなきゃ、犬はダメになる。鉄は熱いうちに打て、って奴だ」
「厳しい世界ですね」
「命のやり取りだからな。鹿も、猪も、犬もよ。生半な犬なんざ、猪にひっかけられてすぐ腹割かれちまう。」
「一方的では、ないんですね。猟師も、犬も、仲間から死ぬんですね」
「そうさな。この前も一人鉄砲ぶちが死んだよ。股をシシにやられて一発だ。岡本さん、あんた丸腰の時は気を付けるんだぞ。木に登って逃げる、それが無理でも掴まれるような太い枝を普段から探すんだ。」
「懸垂苦手で心配です・・・」
「死ぬ気になりゃあ、なんとかなるもんよ。できなきゃ死ぬ」
「それもそうですね。死ぬまでは頑張ります」
「おうよ」
音もたてず後輪がスリップする。川島さんは何も反応しない。
「今スリップしましたよね」
「これくらいはな。この先もっと酷くて、本当にダメな時は言うから飛び降りろよ」
「え、そんなことあるんですか」
「全くハンドルもブレーキも効かなくてそう叫んだことはある。乗ってたやつは飛び降りなかったがよ」
「車ごと落ちたんですか」
「いや、最後は上手く登り斜面に突っ込んで、助かったよ。だがまあ、飛び降りたほうが確実だったな」
「そうか、獲物も探すし、道も酷いから速度が出ない。飛び降りられると。」
「そういうこった」
今度は急なカーブ。速度を急激に落としながら向かう。
(こういう曲がり角だぞ)アイコンタクトで指示される。
ゆっくりのぞき込む。まずは同じ標高。上、下。いない。
「まあこんなもんか」
30m先は土砂崩れで完全に道がふさがっている。
「ここじゃあ回れねえわな。バックでじっくり下がるか」
うわー。これはちょっと、車買って練習しても、すぐできるとは思えないな。氷の上のバック。恐ろしい。
※本作品はフィクションです。
※実在の人物、団体、事件、地名、技術、科学的根拠を保証するものではありません。
※また、取材の過程で入手した情報が一部反映されていますが、
※別の地名・時代・人物の話を複合的に盛り込んでおり、実際の出来事や法律と一致するものではありません。
※法律・植生・科学的事実について裏取りが出来ていないものを含む「創作」「ファンタジー」であることをご理解ください。
※偶然書いてあることが何かに一致しても真実だったり嘘であっても著者は一切責任を負いません。
あと、猟師はせっかち。これはたぶんノンフィクションです。取材結果的に。




