それはほんとうの、はじまり (第13話)脱砲
2021/6/3 続きを書くために読み返した際、若干校正しました。
見比べない限り気づかないようなてにをはや補足ですので、既読の方は読みなおし不要です。
<5番(本山)犬は縄ぁ木ぃにくくったぞ。17番、写真はお前が取ってくれろ>
高齢者チームにはよくあることなのだが、連絡の不徹底、IT活用の失敗で正しい手順が行き渡っておらず、
証拠写真や証拠物の類を納める契約で捕獲行為をしている場合でも、現場で鳥獣を捕獲した従事者が不安になってしまう場合がある。
これが業務で雇用契約と指揮系統が確立されていれば、従事者全員が身に着けるべきスキルとして定義するのが一歩目、
スキルが不完全ならそれこそ現場でのモニタ越しでも、事前研修でもよいはずのところが、人材の圧倒的枯渇により現地で手数の不足になってしまっている。
だが、別に書類による手続きや簡単な情報機器の操作ができる人物など日本にはまだ十分にいる。
なんなら、失業してさえいる。スキル、報酬、場所のミスマッチがある程度軽減されれば、本当は人材の枯渇だなんて、そんな無様なことはないのだろう。
<りょおおぁああああいいい>
オカモトが息を切らしながら急行する。走っている体裁でやっているが、もちろん散々走り回った後でそんな体力が残っているはずもない。せいぜい早足である。
過渡期、現地で狩猟を続けてきた本山や川島、ここにはいない他の会員たちから、
高齢化と過疎が着々と進む山村の身内として認められ、エコシステムの存続を目指すという迂遠な目標のため、
オカモトは割り切ってこうした手続きや技術支援を買って出ている。
一見すれば、本当は未来を切り開く次世代に投資すべきリソースが、経済活動から消えていく者たちの延命のために費やされる。
そんな非効率な、もったいないと言ってもよい対症療法によって、かろうじて支えられている地方の辺縁部の苦境。
<おう>
本山が静かに返す。
80代にもなって会長などという肩書を持っている本山も、現役時代は仕事で小さいながらも社員をまとめる一国一城の主だった。
同年代も、かつての若手も消えていく中で獣害も、防除事業の活性化も、行き詰まりも見てきた老兵だ。
最近はすぐに息切れするし、声を張れない。射撃は駆け出し共には負ける気はしないが、反応速度は全盛期と比べたら見るべくもない。
最近では一緒に走れなくなって、猟犬の育成もやめてしまったが、周辺の村々同様に過疎で消えかけたはずの大物猟チームが盛り返してきたという目で見ると、この状況は少し小気味が良かった。きっかけはともかく、彼のチームは、「勝った」のだ。
犬も走る、若手も走る。
本山は、じっくり構えて撃てばよい。そして、川島をはじめとする中心人物たちにはそれがよく伝わっている。
<し、シカ暴れてますっ>
一方で村上はT18のくくり罠付近までたどり着いたが成獣のメスが暴れる迫力にやや気圧されている。
基本的にシカは人間から逃げていくので意識する機会は少ないが小さめで体重60㎏程度でも、くくり罠のワイヤーで後ろ足を片方止められて一定の空間を飛び回る死に物狂いの獣というのは慣れていない者の目にはなかなかの迫力だ。
<24番(村上)撃っちまえ>
川島は楽しそうなのか投げやりなのか、無線からは聞き取れない。
<ははははっははいいいい>
村上の慌てた声。
音声反応型の困ったところで、古来のプッシュトゥトークで入らなかった余計な悲鳴やら口ごもりがばっちり入ってしまう。
明らかに全体の統制や連絡に支障をきたすのでリーゼが通信管制担当として音量等の調整を行っているこのチームで進行に支障をきたすような音声による動揺はまず走らない。
1:1のチャンネルに切り替えて落ち着かせつつ、メインチャンネルには要約して伝えるということができるのだから。
しかし、今日は村上にその動揺を体感し、動揺のもたらす結果を知ってもらうことこそが主眼なので、敢えて切り離さない。
そうしないと、通信管制のありがたみも、ハンターに求められる冷静さの価値も、わからないのだから。
<いや、だからぶっちめえよ>
川島の声も呆れ気味になってきた。
先ほど斜面を登るシカに射かけて外し、予想外に再開して暴れ狂うさまを見たことでビビり上がってしまった村上は、つい無意識に当たりやすい方を志向してしまい、的として大きい胴体に照星を照門を合わせた。
村上が引き金を引く。
バン!
先ほどの強い反動を覚えていた村上の体は全力で力んでしまい、今度は肩で強く押し込み過ぎると当時に手も強く握り込んでしまう。反動は本来、上と後ろに流れるはずだったわけで、その逆の力を入れ過ぎればどうなるか。
当然、回転軸がずれてしまい銃口が下がる。そして目標の下を撃つ。
銃には全く罪がない。
スラッグ弾はまごうことなく照星と照門の示す位置に直撃するが、”村上が”銃を向けている方向がおかしいのだ。
村上はいよいよ慌てて自動銃の装填速度にさえ影響が出てしまい、自分でもまだ装填できないのかとと焦る調子だ。
幸いにも、緊張して血の気が引いたとき引き金が引けなくなるような極寒の世界ではない。
引き金は、引けた。
バン!バン!
<お、おう、17番ばりにぶちこんだな>
<し、死にました>
村上は幸運だった。一発目を撃つ際、いわゆるガク引きで下がりすぎた銃身が反動で跳ね上がり、その加速に乗りながら二射目。
さらに、跳ね上げた銃身の先には慌てて暴れまわったシカの左前足の基部がちょうど来た。
被弾したシカは激痛に暴れるが、弾丸は心臓付近の動脈をめちゃくちゃにしてやや肩の下から頭部寄りの背中へ抜けたことで大量の血をまき散らし、肺や心臓など多数の臓器の不全をもって確実に息の根を止めた。
<おう。あぶねえから周りに何もいねえなら弾は抜いとけな。動いてなければ首でもいいから切って血い抜いとけし>
本来は心臓から頭部に向かう動脈を首の前側からナタやナイフで貫き、心臓のポンプ機能が少しでも生きているうちに流出させるのがこの界隈の会では一般的で、猟友会にありがちな流儀だ。
銃が貫通した付近が血のにじんだ肉、いわゆる血合いとなって大きく味を落とすのも、血抜きをしないと全身に臭みが残るのも、血が抜けた方が軽いことも、万一の再始動を回避できることも、この習慣を行うべきだということはハンターたちに経験的に染みついている。
ただし、野外での開放創はそれだけで衛生的にはマイナスだと言わざるを得ない。
雑菌に入口を開放するようなものなのだから。
<あ、あの>
村上もさすがに混乱のピークは越えているが、ここまで冷静さを失うと、もはやすぐには戻れない。
<ナイフねえのか>
<は、はい。ナイ、ナイフ>
このようなろれつの回らなさも、最初期のハンターにはつきものだし、
集団生活の中で自然と周囲の不興を買わないよう立ち回ることを教え込まれた世代には、無遠慮な批判、それどころか多少武骨ながら気を使ってくれている目上の者の声も、強いストレスを誘起する。
しかし、なにせ実際に生きた獲物を射撃して仕留めるのも、血を抜くのも、ついさっきまで動いていた形のままな哺乳類に刃を突き立てるのもほとんど初めての事なのだ。
撃ったばかりのシカはまだ温かい。それどころかぴくぴくと各所の筋肉がけいれんし、不安と動揺のまなざしの先には最後の抵抗をしているとさえ写っていてもおかしくない。
<あーすまんオレも足元が留守だ。ゆっくり歩いてくから頭冷やしとけ>
<ははははっはい>
さすがに川島もここで何が作用するかは気づいた。言葉を交わすことはむしろ沈静化に貢献しないだろう。
本来は通信制御をエリのあたりに出ているボタンか、スマートフォンの画面操作で指定すればすむところだが、川島はスマートフォンを取り出してから、敢えてメインチャンネルの通信を切り、通常の電話回線から電話をかける。
「おい、17番。どうすんだあれ。」
「すんません。」
さすがにオカモトも委縮している雰囲気だ。
「謝れとはいっとらん。」
そう、この構図は会の中で駆け出しのころオカモトを庇っていた川島の役割が、今度はオカモトに回ってきただけなのだ。
そして、この二人にとって、村上の今経験しているトラブルは、だいぶ、穏やかな部類のものである。
「猟っていうより騒ぎに慣れてないみたいなんで。ゆっくり合流してやってください。」
どうにか息を整えながらオカモトが返す。
文明的な生活をしていれば、どばどばと生き血が噴き出す場面など、そうそう遭遇しないのだ。
生きるか死ぬかの闘争どころか、村上などは誰かと取っ組み合いのけんかをしたことがあるかどうかだって怪しい。
むしろ、そういった暴力沙汰が無いからこそスムーズに銃砲の所持許可が降りたことは想像に難くないのだ。
「あんなに撃ってたら食うところねえんじゃねえか。罠にはかかってたんだろ?」
「他二頭も倒れた場所は引っ張り上げるにはきつそうです。埋める方向で。」
食うところねえんじゃねえか、は捕獲後の鳥獣の後始末をさぼりたいときの慣用句だ。
そもそも70代以上のベテランはシカ肉等旨いとも思っておらず、もはや持ち帰りたくもない。
1猟期に一塊ももらえば、それが彼らの家の冷凍庫で半年眠るような不人気である。
当然、そんなことをすれば家族からは不興を買うし、市販肉よりひと手間かかりメニューの制約もかかる鹿肉など、本人も家族も突然持ち帰られて料理したくなどないのだ。
だから、食うところなど無くてもかまわなかった。少なくともこの地域、ベテランにとってのシカは。
「おうよ。そのつもりでやるぞ。ったくおめえも撃ちすぎだよばかすかよう。」
「いやー外しました!修行が足りなくて申し訳ないです!」
「しっかりしろよなー」
川島とオカモトの間では、もはや外すこと自体に対して責める感情はかなり薄い。
二人とも、理不尽な理由で当てられなかったこと等珍しくもないし、特に不慣れなものが装備・体調・シカの個性で撃ち損じることなど完全に織り込み済みだ。
しかし、なにせ、猟隊の参加者同士の間に物理的距離がある。
繊細な都会の若者に言うのがはばかられる内容や毒交じりの言い回しであっても、本人に聞こえないのであれば大声で密談もできようというものだ。こうやってベテラン勢もガス抜きを兼ねた情報共有を進めたり、逆に策士策に溺れてかえってこじれたりして30年も40年も回っているのが、地元の会なのである。
<あー、わりい24番(村上)。クソジジイだから足遅えわ。>
<いやいや2番(川島)十分早いですって。弟子のひいき目なしでも。>
川島とオカモトがメインチャンネルに復帰して来た。
通信管制に並行してAI音声認識による文字起こしが走ってメインチャンネルのログも書き残してくれているので、不在時の話題を拾いそこなうなどという間抜けもなく、話が本筋に帰って来る。
<もうちょっと待っててくれや―。ふー。ひー登りはきついぜ。>
<2番 (川島)高いとこ任せちゃってすみません!>
<てめーはオレの分も急げ>
<へへー!かしこまりやした>
<ったく調子がいい。ほんとに来いよ!>
なんだかんだで川島の息がそれほど上がっていないのは、もちろんペース配分のおかげだ。
全く早足にならず、淡々と彼のペースで進んでいる。それでも、経年劣化で多少膝周りの動きの悪さが見て取れる状態ではあるが。
<へーい。っと、17番は5番(本山会長)に合流。母シカちゃんですね。必要な写真撮ります。何発か入ってるんで具合いいところだけ肉取って埋めます。埋設許可も大丈夫です。>
<17番よ、肉と埋めるのは任せろ。犬連れて2番 (川島)おっかけろし>
本山もさすがにこの状況は村上の傍にオカモトを付けた方がよさそうだと思ったのだろう。もはやオカモトは普通に会話可能な距離だが、敢えて無線でチーム全体に共有する。
<ありがとうございます!では24番(村上)の方に向かいます>
オカモトの返事はいいが川島の言うとおり、これは調子が良すぎる発言かもしれない。
ここまで概ね下りで楽をしてきていたからごまかせていたものを、今度は一気に登りで折り返さなくてはならない
<23番(相模)です。こっちはどうしますか。胸に1、腹に1ですが。>
<写真撮影と、背ロース切り出し、しかる後現地埋設でどうですかね>
<23番(相模)もそれだけならできます。犬とシカ両方引けって言われなくてよかったよ>
<さすがに地形がきついですもんね。写真・肉・犬でお願いします。>
<番号とスプレーだけど、書き方の確認はいいかな?>
<99番頼んでいいですか>
<99番了解。23番(相模)、個別チャンネルで映像送ります>
<23番(相模)了解。ありがとうございます>
<全体、状況が固まったので脱砲確認しましょう。17番脱砲>
事故の危険度は銃の構造にも依るがなにかの拍子に誤射しては目も当てられない。
発射間近で銃口の管理を徹底できるとき以外は、弾を薬室に装填してはいけない。
そこで、薬室以外にマガジンなども含めて弾を取り出して安全を確認する意味で、無線で脱砲確認の連絡を入れるのだ。
<23番脱砲>
<24番脱砲>
<2番ヨシ>
・・・おや?5番の応答がない。本山には聞こえていなかったのだろうか。




