それはほんとうの、はじまり (第10話)撃ち下ろし
ものすごく長い時間を試行の中で過ごしたと感じながら、かすかな草を踏む、いや時期的には笹にこすれる音だろう、シカか、もしかするとエドの音かもしれないが茂みの中を近づく音が聞こえ始める。
<犬2号、見えんがこりゃ死体にくいついてるぞう。ごちそうだなぁ。おっと、嬢ちゃん、かわいそうだから止めてやるなよ>
バン!先ほどの音よりややもさっとした発射音が響く。
明らかにスラグ弾の発射音だ。状況的には村上だろう。
<すみませんはずしました!>
<どなるなうるさい!まだそこまで耳は遠くないぞ>
<あ、ごひゃ、ごめ、なさいい>
若者に怒鳴るのはあまり得策ではないが、怒鳴られて怒鳴り返すのもまた年代。
いきなりしどろもどろになる村上に、川島も調子が狂う。
<わかりゃいいんだ。やったか?24番(村上)。>
川島はやや苦笑気味になだめるような声で返す。
もう一方ではオカモトが次の正念場を迎えている。
(やや緩やかな斜面をこちらに鹿が登って来る、かなり急いでいるはずだけれど、動きは遅い。)
視界が切れていて朧げな音だけを頼りに彼我の位置関係を探るが、なかなかチャンスが来ない。
地形的に最接近のポイントまであと10メートルなのだが・・・!
(撃ちおろし、80mもある・・・!木立もあってむずかしいけど、安全は確保できる。相手は一頭のようだし・・・。勝負しよう。)
バン!
オカモトの照星と照門が重なり合い、シカの走る速度にシンクロしてシカの足元、1m程度前を進む。
木の間を三つほど越えて、にシカの全身が見える程度に開けたところに入ったタイミングで、
小走りのするシカ目掛けて発砲した。
射撃場での立社では80m先の集団性からオカモトは半径約40cm程度に収めることを期待している。
目標の首から前足、肺付近までに入る可能性は概ね40%程度か。
残念ながら弾着は後方の斜面のようだ。シカも、直ぐ傍の木にも当たった気配はしない。
いや、それどころかこのずれ方ではオカモトの頬付け、挙銃姿勢を疑った方がいいかもしれない。
それどころかシカは若干スピードを落として早歩きになりながら周囲に気を配っている調子だ。
<す、すみま。わか、らな、いです>
<おーこりゃー17番撃ったな。よーしおちつけ。撃った時のシカ位置をしっかり覚えておくんだ>
<2番 (川島)正解です。17番発砲。>
オカモトはシカに集中しているが、そうしている間にも他のメンバーは電波で空中戦だ。
当然彼の耳にはうっすらとしか会話は聞こえていない。シカの移動速度が落ちたこともあって冷静さを多少取り戻したようだ。もちろん、単純に立ち止まっている時間が伸びて来て息が整ってきたこともある。
消費した一発分は既に再装填済みだ。
次は60m程度、先ほどと違って狙った場所で銃を構えて動かず、シカの前半分だけが見える程度の木と木の間で構え、撃つ。
バン!
銃弾はシカの前方にある木をえぐるが、間髪を開けずもう一発。
バン!
三発目にしてようやくシカが反応するが、一気に加速して凄い速度だ。
木の後ろに見えなくなった間にさらに一発補充。
シカは進行方向をオカモトからさらにずらし、後ろ姿しか見えなくなった。
また離れて80m。
その後ろ姿すら木の間に隠れ、片足が見え隠れする状態で追撃する。
バン!
バン!
2発連続で別の木を揺らし、明らかに外れたことを確認した。
<すっかり一人で戦争してんな。17番は落ち着いたら報告しろよー>
「フウゥ・・・。」2発目を打ったところから完全に止めていた息を吐きだす。
酸素不足でくらくらしてきた。
5回ほど深呼吸。盛大に外したという事実をかみしめながら報告。
<すみません、だいぶはずしました。小鹿が1でした。5発撃って一発は腹を抜けてますが大半は木に食われました。>
反省会ネタ・・・オカモトの発砲時に見えていた地形と、シカまでの距離、弾丸のドロップを推計せよ。
また、ここでオカモトは撃つべきだったか、撃たないべきだったか、根拠と共に意見を述べよ。




