あの日の太閤殿下への恩返し
当初の描く予定の猿蟹合戦のその後は
インターネットにて書かれている
時代背景を元に太閤殿下の
通った道筋の時代背景と
私の先祖を西軍の狸として
忠恒をまだ若い狸 とする予定でしたが
その まだ若い狸は
西軍の狸を京都伏見の茶室にて惨殺し
後に庄内の乱と呼ばれる争乱へと勃発
西軍の狸の大将が
東軍の狸との戦を負け戦になると
分かり 後に 島津の退き口 と言われる
逃げる様に去っていった醜い争いに
狸の大将を追いやった
まだ若い狸の身勝手な惨殺であり
あの日 庄内の乱も無く
若い狸が西軍の狸を惨殺する事も無ければ
充分に東軍に勝つことが出来
島津の退き口という恥の負け戦に
ならずに済んだと 滅亡した筈の一族の
末裔の私は想います
当初はこの様に 西軍の狸 東軍の狸と
本名を出さずに 猿蟹合戦のその後を
描く予定でありましたが
それだと歴史にカテゴリーが
変わってしまうため
私は 歴史の方は得意ではなく
リアルの友人でもある
武将の末裔に色々と話を聞き
知識を得ないと遺伝子が
武者震いをすることも無く
ただ描くだけに終わってしまう為に
いつもの描き方に交え
描くスタイルに変わっていき
リアル体験を描けば
カテゴリー違いだからと
文句を言われる筋合いもなく
描くことが出来
全てに置いて 今の様に
文面も変わって行きました




