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第13話 叩き台を、一人で抱えるな

 ベヒモス討伐の報が王都へ届いたのは、その日の夕刻にはもう間違いないだろうと誰もが思っていた。


 実際、翌朝には王都からの使者が砦へ現れた。

 立派な紋章旗を掲げた三騎の馬。道中の泥もそこそこに払われていて、馬具はよく磨かれている。砦に辿り着くまでの道がどれだけ危うかったかなど、最初から視界に入っていないみたいな整い方だった。


 先頭にいたのは、王宮文官らしい細身の男だった。年は四十前後、髪は油で撫でつけられ、眼鏡をかけている。後ろに従う騎士たちより、むしろ自分の服の裾のほうを気にしているような顔だった。


 男は砦の門をくぐるなり、瓦礫と血の跡を一瞥いちべつし、眉をひそめた。ただしその視線は、壁の傷跡よりも、横たわる負傷者の数を先に追っていた。


「思った以上に荒れておりますな」


 第一声がそれか、と健治は内心で思った。口には出さない。まだ。


 男はアリシアへ恭しく一礼した。


「第一王女殿下。宰相閣下ならびに老臣方より、戦況確認と今後の指示を預かって参りました。私は王宮書記官、ルーファスと申します」


「ご苦労」アリシアの声はよく冷えていた。


「指示、とは?」


「まず、砦の持ち直しを寿ことほぎます。加えて、例の……補給支援者について、王都にて正式な管理下へ置く必要があるとの意見が」


 例の補給支援者。


 健治は壁際にもたれたまま、その言葉を聞いた。名前すら言わない。まあ、想定通りではある。


「管理下?」アリシアの声音がさらに一段下がる。


「ええ。極めて希少かつ戦略的価値の高いスキル保持者である以上、王家あるいは軍上層部の監督下で……」


「断ります」健治が先に言った。


 ルーファスが初めてこちらを見た。露骨に不快そうな顔だった。


「あなたが、佐藤健治殿ですかな」


「一応」


「王国の危機に際し、私的判断で戦略資源を扱われていると聞いております」


「言い方が悪いな。ちゃんと契約してますよ」


「口約束では困るという話です」


「口約束じゃないです。王女様と条件を取り交わしてます」


「それが正式な軍令系統の外であることが問題なのです」


 健治はそこで肩をすくめた。


「じゃあ最初から、ちゃんとした系統で現場を救えたらよかったですね」


「……」


「三回も補給隊潰して、砦を飢えさせたの、そっちでしょう」


「戦場では不測の事態が——」


「不測じゃない。兵站軽視の結果です」


 ルーファスの口元が引きつった。周囲の騎士たちがわずかにざわめく。こんな場所で、こんな面と向かって王宮書記官へ言い切る人間は少ないのだろう。

 アリシアが静かに一歩前へ出た。


「ルーファス。今ここに居るのは、王国の失態をなぞるためではありません」


「しかし殿下、軍の秩序というものが」


「秩序を論じるなら、まず兵士に食事と睡眠を与えなさい」


 その一言で、ルーファスは閉口した。砦の中庭にはまだ、昨夜の血と灰が残っている。門扉は歪み、壁は焦げ、寝台には傷病者が横たわっている。その景色の真ん中で「秩序」だけを持ち出しても、説得力は薄かった。


「では、今後について」ルーファスが咳払いをして体勢を立て直す。


「王都としては、この勢いに乗じて魔王軍を押し戻し、主導権を握るべきとの意見が多数です。ベヒモスまで討ち取った今、敵は混乱している」


「押し戻した先に何があるんです」


 健治が問うと、ルーファスは眉を寄せた。


「何、とは?」


「食糧不足ですよ。向こう、前線だけじゃなく領地全体で干上がってる」


「敵情に同情するおつもりで?」


「同情じゃなく現実の話です」健治は腕を組む。


「飢えた相手は、押し返して終わりじゃない。別のルートで来る。別の村を襲う。別の補給線を焼く。だから、根っこを見ないと終わらない」


「では、あなたは何を提案するのです」


 ルーファスの声音は、明らかに「聞いてやる」の色を帯びていた。

 健治はその顔が嫌いだった。前の世界でも何度か見た顔だ。現場の火事を知らないまま、会議室で「代案は?」と聞いてくる顔。


「交易です」


「は?」


「人間側には余剰が出る食糧がある。魔族側には人間側が欲しい資源がある。運べずに詰まっているなら、運べばいい」


「敵国と?」


「だから段階的に」


「冗談ではない」ルーファスは露骨に声を荒げた。


「つい昨日まで門を破ろうとしていた相手に、食糧を?」


「つい昨日まで門を破ろうとしてた理由が飢えだからです」


「それは敵の言い分でしょう」


「でも事実だ」


 そこでアリシアが口を挟む。


「私も見ました。魔族領の現状を」


「殿下が?」


「ええ。王女の責任として」


 ルーファスが絶句する。


 どうやらその件は王都へまだ十分伝わっていなかったらしい。


「土地は痩せ、水は乏しく、民は飢えていました。子どもが、空腹を誤魔化すために石をしゃぶって眠るほどに」


 中庭が静まる。


 その場にいた騎士や勇者たちも、その話はまだ詳しく聞いていなかったのだろう。レオンが眉をひそめ、セレナが小さく息を呑む。


 ルーファスはすぐには言葉を継げなかった。やがて苦しげに絞り出す。


「それでも、敵は敵です」


「ええ、今は」


「ならば戦って勝つべきでしょう」


「勝った先に飢えが残れば、また始まりますよ」


 アリシアの返答は揺れない。


「私は、王国を守りたい。だからこそ、守り方を間違えたくないのです」


 ルーファスは視線をさまよわせた。王女に真っ向から言い返せば不敬に近い。けれど引き下がれば、王都の老臣たちへの顔が立たない。板挟みの顔だった。


 健治はそこで、声を和らげた。


「いきなり全面和平しろって話じゃないです」


「……は」


「小口から始める。監視付きで、記録をつける。違反があれば即停止。相手が破れば切る。こっちが破っても切られる。それでいい」


「そんなもの、相手が受けると?」


「受けるしかないところまで来てるなら、受ける可能性はある」


 ルーファスはなおも納得しない顔だったが、完全には否定しきれないのだろう。ベヒモスまで切った相手が、無限に戦える状態ではないことくらいは、王宮側も報告で察しているはずだ。


「閣下方に、そう上申しろと」


「いいえ」健治が首を横に振る。


「上申しても揉めるだけでしょう。だから先に叩き台を作る。条件案も、監視方法も、輸送量の初期値も、停止条件も」


「誰が?」


「俺が」その場で言い切った。


 アリシアがこちらを見る。ルーファスも見る。自分で言っておいて、健治は嫌な汗をかいた。


 前の会社でも同じだった。炎上した案件で「じゃあ俺がまとめます」と言った瞬間、周りの肩がすっと下がる。安堵。あの空気を見てしまうと、もう引けない。引いたら、下がった肩がまた上がる。それが嫌で、全部抱えた。世界を跨いでも、この癖だけは変わらない。


 言ってしまった。引っ込めるタイミングは、もう過ぎている。


◆ ◆ ◆


 その日の午後から、健治は砦の一室へもった。元は書記官の作業部屋だったらしい。狭い机、割れた棚、古い羊皮紙。そこへ王都から持ち込まれた新しい紙束とインクを積み、健治は一人で項目を書き始める。


【第一段階交易案】

【初期輸送品目】

【交換候補資源】

【輸送頻度】

【検品立会人】

【違反時停止条件】

【補給優先順位の暫定整理】


 書いて、消して、並べ替える。

 初回は食糧をどれだけ出すか。多すぎれば王都側が反発する。少なすぎれば魔族側が受ける意味がない。魔族側の資源は何から始めるか。加工前の黒曜石こくようせきか、月光草げっこうそうか、それとも輸送しやすい魔鉄屑まてつくずか。


 監査役は誰にする。王国側だけでは信用されない。魔族側だけでも駄目だ。第三者を置くなら、どこから選ぶ。記録媒体は何にする。紙だけでは改竄かいざんしやすい。二重管理が必要か。データの二重管理は、だいたい後で地獄を見ることになるrが……。


 輸送地点は砦では駄目だ。緊張が高すぎる。中立に近い空き地か、廃村か、旧街道沿いか。考えることが多すぎる。


 でも、こういう整理自体は嫌いじゃない。前の世界でも散々やった。炎上した案件を、誰も責任を取りたがらない会議のあとで、一人で表に直して、分担に落として、死なない手順へ戻していく。そういう「汚れ仕事」は、だいたい健治の役目だった。


 だから手は動く。動くのだけれど。


「あー、くそ」紙に向かったまま、思わず悪態が出る。


 前と同じだ。誰かが困っている。放っておくと詰む。だから自分がやる。理屈としては間違っていない。でも、その積み重ねの先で前の人生はどんどん細っていった。わかっているのに、止まりきらない。


 扉が二度、軽く叩かれた。


「入るよ〜」


 返事を待たずにミナが顔を出した。第二便の荷に同乗して砦まで来ていた。盆にスープと硬いパンを載せている。


「まだ食べてないでしょ」


「食べるつもりだった」


「絶対うそ」


 図星だった。ミナは慣れた手つきで机の端に盆を置き、紙束を覗き込んだ。


「うわ、いっぱい書いてる」


「いっぱいあるから」


「王女様が、『ちゃんと食べさせて』って」


「本人が来ればいいのに」


「忙しいんでしょ。あっちも」


 その通りだ。アリシアはルーファス対応、砦の統率、王都との通信、捕虜の扱い、勇者や騎士との調整と、たぶん健治よりずっと忙しい。

 それでも、こうして気を回してくる。そのことがありがたいのに、同時に面倒でもある。気にかけられると、無茶がしづらくなるからだ。


「ミナ」


「なに」


「俺、いま一人でやったほうが早いって顔になってる?」


「なってる」


 即答だった。


「すごい嫌な顔」


「そこまで?」


「うん。なんか、今すごいケンジさんっぽい顔してる」


「鋭いな」


「お腹空いてるだけかもしれないけど」


「そっちなら楽だったな」


 ミナは首をかしげる。


「手伝えることないの?」


「あるけど、説明が面倒」


「じゃあ、わかる形にすればいいんじゃない?」


「簡単に言うなあ」


「また全部一人でやろうとしてる。前にも言ったでしょ」


 前にも言われた。同じ言葉で、同じ場所を刺される。しかも二度目のほうが効く。健治は観念して紙を一枚引き抜いた。


「じゃあ、これ」


「うん」


「物を運ぶ場所の候補。砦から近すぎず、魔族領からも出やすい場所。水場が近い、開けてる、隠れすぎてない」


「地図、いる?」


「いる」


「じゃあ村長に頼んでくる」


「あと、王都の人間が怖がりそうにない言い方に変えたい」


「それはミナわかんない」


「まぁ、大人でも難しいだろうし」


 それでも、人に渡せる形へ切り出しただけで少し楽になった。ミナが出ていったあと、健治はようやくスープへ手をつけた。ぬるくなっていたが、飲めばちゃんと腹に落ちる。


 スープを飲みながら、ふとオークヘイブンのことを考えた。今日は定期配給の日だ。エマが保存班を仕切り、ダンとルークが荷を回す。ミナが作った配分表が壁に貼ってあるから、あの子がここにいても村の配給は回る。鍋は火にかかり、荷車は出る。


 こっちで叩き台を抱えている間にも、あの村は回っている。

 その事実が、少しだけ救いだった。全部を一人で背負っている気がして苦しいときに、離れた場所で仕組みが生きていると思えるだけで、肩の重さが一段違う。

 そのとき、扉がもう一度叩かれた。今度はアリシアだった。


「入っても?」


「どうぞ」


「失礼します」部屋へ入るなり、机いっぱいに広がる紙を見て眉を寄せた。


「もうそこまで」


「叩き台だけです」


「顔色が悪い」


「もともとです」


「そういう言い逃れを許すと思いますか」


「最近ちょっと容赦なくないですか」


 アリシアは椅子を引いて机の向かいに座った。そのまま紙束の何枚かを手に取り、目を走らせる。紙束を引き寄せた拍子に、まとめきれなかった金の髪が肩へ落ちる。砦では泥にまみれていたそれが、今はきちんと整えられている。なのに、目の下の疲れだけは隠しきれていなかった。


 健治はその横顔から目を逸らした。こういう距離で向かい合うと、場違いな感覚がよぎる。この人は王女で、自分は荷物を運ぶ男だ。同じ机で紙を広げていても、座っている椅子の重みが違う。


「小口交易から始める。監視は双方二名ずつ。初回品目は食糧と低加工資源。停止条件……違反時の一次凍結、再開には立会人の再承認……」


「雑ですけどね」


「雑ではありません。むしろ細かい」


アリシアは静かに紙を戻した。戻そうとして、指先が滑った。紙が一枚、机から落ちる。拾おうとして、手が震えた。


 一瞬だった。アリシアはすぐに紙を拾い上げ、束に戻した。だが健治はその一瞬を見ていた。疲れている。砦の統率、王都への書簡、魔族との折衝せっしょう、ルーファスの対応。全部を一人で回している。


自分が「一人で抱えるな」と言われた側なのに、この人こそ全部抱えている。でもそれを指摘する権利が自分にあるのかは、わからなかった。


「大丈夫ですか」


「大丈夫です」


 即答だった。王女の声だった。でも、紙を持つ指先だけが、まだかすかに震えていた。健治はそれ以上聞かない。聞けば、この人は「大丈夫です」をもう一度繰り返す。そういう人だとわかっていた。


 戻しながら、一瞬だけ手が止まった。物流屋の書いた紙束を読んでいるとき、自分の肩書きを忘れる。それが最近、少しだけ厄介だった。王女として交渉の場に立つなら、この男を「契約相手」として扱わなければならない。それ以上の関心を持つことは、公務の邪魔にしかならない。


 ——わかっている。わかっている。それでも。アリシアは何事もなかったように顔を上げた。


 そして、返事を待たず、紙束の半分を自分の側へ引き寄せた。


「読みます」


「いや、まだ途中で」


「途中だから読むのでしょう」


 断る間もなかった。アリシアは椅子に深く座り直し、引き寄せた紙束に目を走らせ始めた。ペンまで手に取っている。健治はスープの木椀を持ち上げたまま固まった。


 この人、勝手だ。


「……王都保守派への説明は、この書き方だと通りません」


「え、もう赤入れてる?」


「あなたは物流の言葉で書いている。でも老臣たちが聞くのは王家の言葉です」


「物流の言葉?」


「『停止条件』『一次凍結』『再開承認』正確ですが、王宮では通じません。『王家の名において監視する』『違反には勅令で対処する』同じ中身でも、器を変えないと飲んでもらえない」


 それは健治が一人では絶対に出せない視点だった。前の世界でも、正しいことを正しく書いた企画書が通らず、言い回しだけ変えた別の誰かの案が通った経験がある。あのときは理不尽だと思った。でも今のアリシアの指摘は、理不尽ではなく技術だった。


「魔族側への書簡も、ここでは足りない」


「どこが」


「『王国が一枚岩ではない』という事実を、こちらから先に開示する必要があります。隠したまま交渉すれば、あとで知ったときに信用ごと崩れる」


「……それ、外交の判断じゃないですか」


「ええ。だから私がやります」当然のように言った。


 健治は木椀を置いた。叱られているのではない。これは——分担だ。

 仕組みの設計は健治の領分。けれど王都の言語も、外交の手順も、健治には届かない場所にある。アリシアはそれを指摘しに来たのではなく、自分の持ち場を取りに来たのだ。


 ああ、これか。


 前の世界では、助けに来る人間はいつも「お前は何をやっていたんだ」から入った。だから「助けられること」と「責められること」が同じ引き出しに入っていた。


 この人は違う。黙って座って、黙って読んで、黙って書き始める。それが「あなた一人にはさせない」の、この人なりの言い方なのだと、やっと気づいた。


「物流条件と交換品の量は、俺が詰めます。ただし、ガレスとセレナ、あとルークたち村側にも見せる」


「それで良いと思います。交易地点の候補はどうなっていますか?」


「ミナと村長に任せてあります」


アリシアは紙をめくる手を止めて、こちらを見た。


「最初から、そこは任せていたのですか」


「さっきミナが地図を取りに行ったところです」


「……少しだけ驚きました」


「少しだけ?」


「ほんの少しです」


 健治は鼻で笑った。


「でも、あの」


「はい」


「意識していないと、ゆだね損ねるんですよ、これ」


 口にしてしまうと、力が抜けた。


「気づくと、まず自分で抱えたほうが早いって思ってしまう。ずっとそうしてきたから」


「知っています」


「知ってるんだ」


「ここに来たのは、叱りに来たのではありません。あなたが一人で書いた紙を、二人分に分けに来たのです」


 健治は返す言葉を探して、見つからなかった。


「では、続きを」アリシアは視線を紙に戻した。


 健治もペンを取った。


 同じ机で、別の紙に向かう。黙って、書く。たまに一言、確認を交わす。それだけの時間だった。


 どれほど経ったかわからない。窓の外が暗くなり始めたころ、アリシアが椅子から立ち上がった。紙束の半分、自分が赤を入れた分を、きちんと揃えて抱える。


「これは持っていきます」


「強引だ」


「最初からそのつもりです」扉へ向かいかけて、彼女はふと足を止めた。


「健治様」


「はい」


「あなたが全部背負わなくて済むようにするのは、私の役目です」


「王女の仕事、増えてません?」


「もともと多いのです」そう言って、今度こそ部屋を出ていった。


 廊下に出たアリシアは、数歩だけ歩いて足を止めた。紙束を抱えた腕に、力がこもる。役目、と言った。王女としての役目。それで十分だと、自分に言い聞かせた。言い聞かせなければならないことが、すでに答えのようなものだと気づいていたが、今はそれを考える余裕はない。


 アリシアは背筋を伸ばし直し、歩き出した。紙束の重さだけが、今の自分に許された重さだった。


◆ ◆ ◆


 その夜、アリシアは砦の屋上で千里眼を使っていた。交易地点の周辺に異常がないか確かめる。魔族の伏兵はない。人間側の妨害もない。双方が、今のところは本気で和平を模索している。


 確認を終えて、千里眼を閉じる。視界の端が白く焼けていた。使うたびに、翌朝の視界がほんの少し歪む。頭の奥で氷の針が回るような痛みが、しばらく消えない。代償の重さは、誰にも言っていなかった。言えば止められる。止められれば、見落とす。見落とせば、人が死ぬ。だから黙って使い続ける。


 それは、あの男と同じやり方だと気づいていた。一人で抱えて、仕組みの裏側に自分を隠す。合理的に見えて、実は最も属人的なやり方。健治が村でエマに叱られた理由を、自分はいまだに繰り返している。


 星を見上げた。王都の夜空より、ずっと近い。


 王宮に残した報告書は、もう宰相派の手に渡っているだろう。和平の成果を自分の手柄にする者。妨害する者。どちらにも、アリシアの意思は関係ない。王女という肩書きは、味方を作るより壁を作ることのほうが多かった。


 ここにいる間だけは、肩書きではなく判断で扱われている。それが誰のおかげかは——考えないことにした。考えると、紙束より厄介なものを抱え込みそうだった。



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