結
「やる気満々なので、その勢いのまま手続きにいきまひょう! 働き方や給与についても伝えますので、これから本部に向かいますね」
真奈子は服のポケットから、レシートのように細長い一枚の紙を取り出した。
そこには、カタカナの文字がズラリと書き連ねられている。
モリス・ガラン
アンリ・コルネ
ルイ・トゥルスリエ
ルネ・ポティエ
ルシアン・プティブルトン
ルシアン・プティブルトン
フランソワ・ファベール
オクタブ・ラピーズ
ギュスタヴ・ガリグー
オディル・ドフレイエ
……
不思議な言葉の並びはまだまだ続いており、どうやら何かのリストのようだ。
「この紙は何ですか?」
「『逆立き歩きでこれらすべてを唱えたあとに、マンヒョンぎゅう2階分の高さから飛び降ぎると、本部にワープできるバグ』が存在するんです」
「え……!? 「逆立ち歩きでこれらすべてを唱えたあとに、マンション12階分の高さから飛び降りると、本部にワープできるバグ」!? いやいや、待ってください! それ、難しすぎませんか!?」
「そうです! これを僕ができたことはあぎません!!! まあ、念のためにいつでも逆立きできるように、ズボンは履いてますけどね」
そう言って、真奈子はその場でクルリと逆立ち歩きを始めた。
彼女の言う通り、スカートの下にはペチコートを履いており、
服がめくれても気にすることなく、軽やかに動いている。
「おお……!」
しっかり鍛えられた全身の筋肉、体の軸、そしてずば抜けたバランス感覚。
彼女の運動能力は本物だ。
襟人は思わず、心からの拍手を送った。
「子供の頃はたくさんの習い事に通っていたので、体を動かすことは得意なんです。 バレエで全国コンクールに、フェンヒングでも全国選抜に出たのが、僕の表立った活躍です」
真奈子は、逆さまのまま軽々とと言ってのける。
「すごいですね……。 私は運動なんて、体育の授業で困らない程度にしかやってきていません。 逆立ちなんて、倒れないように耐えるだけで精一杯ですよ。 当然、今教えてもらったバグを使えるはずもありません。 何か代わりに使えるバグは無いんですか?」
「あぎません!!!」
「じゃあ、私たちは徒歩で本部に向かうしかないということですか?」
「いえ、移動方法には困らせませんよ!」
そう言って、彼女はキレイに倒立前転を決め、何事もなかったかのように立ち上がった。
「それは──あることをひたあとに、『マンヒョンぎゅう2階分の高さから、ルイ・ギヨーム・ペローと叫んで飛び降ぎるバグ』で、解決ひます」
「『あることをしたあとに、マンション12階分の高さから、ルイ・ギヨーム・ペローと叫んで飛び降りるバグ』……。 『あること』とは、いったい何ですか?」
「今から、ぎっ際にやってみます。 僕が飛び降ぎたら、貴方は階段で下に降ぎてきてください。 そこで合流ひまひょう」
そう言うと、真奈子は迷うことなくアクロバティックなバク転を決めた。
「なんと……。 この美しい動き、映像に残しておきたかった……」
「また、いつでもやってあげますよ」
彼女は振り返らずに答え、すかさず走り出した。
「ルイ・ギヨーム・ペロー!!!」
そのままの勢いで、屋上から飛び降りた。
◇
階段を駆け下り、地面に降り立った襟人を待っていたのは、
これまでの可愛らしさから一変した、カッコいい真奈子の姿だった。
彼女は黒いレーシングスーツに身を包み、ゴツいサイドカーの横に静かに立っている。
「すごいですね……。 バイクの運転もできるんですか?」
「当然です」
真奈子は胸のチャックを少しだけ下ろし、ポケットから免許証を取り出してみせた。
「フフフ……年齢がバレまひたね」
「……驚きです。 成人済みだったんですね……」
免許証の生年月日から計算すると、彼女の実年齢は──21歳。
「ベレー帽の少女」は、少女ではなかったのだ。
「こう見えて、正真正銘の大人のお姉さんです。 さあ、乗ってください。 安全運転で行きますから~」
真奈子はヘルメットをかぶり、身軽にバイクへと跨がった。
「はい!」
時間はすっかりお昼を迎えていた。
怒涛の出来事からようやく解放された襟人。
サイドカーのシートに深く腰を下ろして一息つくと、忘れていた感覚が波のように押し寄せてきた。
──空腹だ。
あまりのお腹の減りように、お腹がしくしくと痛むほどだった。
「お昼にひまひょう。 僕はグルメですから」
そう言って、真奈子は得意げに笑った。
どうやら美味しいお店を知っているらしく、ここで一旦休憩を取ることにする。
連れてこられたのは、海辺にぽつんと佇む一軒のおしゃれなカフェだった。
「二名でお願いひます」
店内は、有名な絵画のレプリカや絵の具のパレットなどが飾られており、
まるで画家のアトリエのような落ち着いた雰囲気だ。
「おひゃれなお店だと思いませんか?」
「そうですね。落ち着きます。 こういうお店には一人で入ることがないので、円奈隊長が連れてきてくれたことに感謝します」
二人は席に案内され、腰を下ろした。
「全部、僕が払いますから、気にせず好きなものを頼んでください。 いつも明るく過ごす方法のひとつは、美味ひいものでお腹いっぱいになることです!」
「ありがとうございます。 ごちそうになります」
襟人は重ね重ねお礼を言い、メニューに目を落とした。
店内に流れる海のような静かなメロディに、そっと耳を傾ける。
やがて、二人の注文が決まった。
選ばれたのは──「グラタン」でした。
真奈子もまったく同じものを注文している。
「食べたくなるのはこれですよね」
二人は顔を見合わせて、お互いに笑い合った。
◇
──それから1年と少しが過ぎた後。
そこは、亡くなった仲間たちが眠る静かなお墓だった。
真奈子は一番奥、一本の桜の木の根元に立つ小さな墓の前に立っていた。
白い石の板には、手彫りで襟人の名前が刻まれている。
真奈子は墓石に向かって、優しく語りかけた。
「貴方はデクーヴゥールとして、わずかな期間でいくつもの大発見をひてみせた。 なかでもすごかったのは、『無限増ひょくバグ』よね。 報告を受けた時、僕はてっきぎ『Minecraft』か『どうぶつのもぎ』のはなひかと思ったわ」
そう笑い、真奈子は持ってきたお菓子のシブーストの箱を墓前にお供えした。
彼女はふと、近くの岩山を見上げる。
そこには、『NARUTO -ナルト-』の火影岩のように、襟人の大きな顔が掘られていた。
彼がどれほど偉大な人物として扱われているかがよく分かる。
「……だけど、あの日からずっと上手くいってたわけぎゃない。 何度も無きゃに挑んで、骨も内臓もボロボロになって……。 最後に体ぎゅうを管につながれて寝たきぎになった姿は、見ていて本当につらかった……。 今は、安らかに眠れているかひら……」
真奈子の頭には、若くして亡くなった襟人の、悲しい最後の姿が色濃く残っていた。
「誰が眠っているんですか、円奈隊長」
静かな場所に、背後から声が響いた。
真奈子が振り返ると、そこにいたのは──。
デクーヴゥールとして大活躍していた全盛期の姿と、まったく変わらない襟人だった。
彼は自分の足でしっかりと地面を踏みしめ、健康な体を取り戻している。
「おっ、差し入れですか。 ありがとうございます。 後で一緒に食べましょう」
彼は真奈子が供えた箱を手に取った。
「えぎ人君……!? えぎ人君なの!?」
「ええ。 只今、戻ってまいりました」
真奈子は襟人を見るやいなや、思わず抱きついた。
彼女の目から、抑えきれない嬉し涙があふれ出す。
「……でも、いったいどうひて!?」
「たしかに私はバグを見つける過程で、治らない大ケガを何度も負いました。 ですが、それらもすべて……『自分が死んだ時に生き返るバグ』を発動させるための準備だったんですよ」
「なんですって!?」
ものすごく驚く真奈子の前で、襟人は堂々としていた。
やはり彼の人生に、「失敗」という言葉は存在しなかったのだ。
「フフフ、えぎ人君には驚かされてばかぎね」
真奈子は弾んだ足取りで、二人で並んで歩き出す。
こうして襟人の『デクーヴゥール』としての物語は、まだまだ続いていくのだった。
おしまい。
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