第十九章:沈黙の壇上
ある土曜の壇上にて ― 首都圏公共政策フォーラム
土曜の朝の霞が関は、平日ほどの喧騒はない。
しかし、この日だけは異様な人の流れがあった。
地下鉄から地上へ上がるスーツ姿の男たちと、ノートを抱えた学生風の若者。彼らが向かう先は一つ――国際交流センターの地下ホールだった。
正午を少し過ぎて会場の照明が少し落とされると、司会の女性がマイクの前に立ち端正な声でアナウンスを始めた。
「本日、最後のセッションとなります。テーマは『国家主権の再定義と国際社会における相互信託の可能性』。登壇者は、元議員であり法政策研究家の――榊原鷹彦氏です」
一瞬のざわめきのあと、拍手が起こった。しかしどこか戸惑いを含んだ音だった。
榊原鷹彦。
かつて一度、衆議院選挙に出馬し落選。その後、特定の政党に属さず、学術寄りの立場から政府批判を続けていた人物だ。
だが近年は表舞台にほとんど姿を見せず、知識層の一部では“思想的過激派”として語られることも少なくなかった。
壇上に現れた榊原は、予想に反して穏やかな表情をしていた。
スーツもネクタイも質素で、手には何も持っていなかった。配布資料すらない。
――演説原稿を読まないのか?
会場にいた一部の政治関係者が視線を交わす。その奥で、海藤仁は静かに息を吐いていた。
彼だけは知っていた。この登壇が榊原にとって「最後の公的言論の場」になると、本人が覚悟していることを。
榊原はマイクに向かって、ゆっくりと語り始めた。
「国民国家とは、幻想ではありません。だが、幻想のままでは、生き延びられない。
我々は、あまりにも長く、“形骸化した国家”を信じすぎた。だが、それが何を守ってきたのか、今や誰にも語れなくなっている」
会場が静まる。
彼の声は抑制されていた。大仰な演出も、演技もなかった。ただ、言葉だけが、研ぎ澄まされた刃物のように響いた。
「私たちは、“主権”という言葉を誤解している。
保持することに意味があると思い込んでいる。
だが、それは“行使できる力”ではなく、“委ねる責任”でもあるべきなんです」
最前列に座る外務省の政策担当官が顔をしかめる。
一部の議員秘書がスマホを取り出して、録音アプリを起動した。
会場後方の若い参加者たちはノートにペンを走らせ、時折うなずく。
榊原は一切、それを気にしていなかった。
「『主権を貸す』という言い方は、耳障りかもしれない。だが、現実には、
われわれはとっくに、知らぬ間に、主権を放棄し続けてきた。
財政において、安保において、そして法制の独立性において――
ならばせめて、自覚的に委ね直すという選択肢を持てないのか?」
咳払いがひとつ。
座席のどこかで椅子が軋む音。
壇上の男は構わず続ける。
「この国が、誰にも監視されないまま、内側から腐っていくことの方が、
他国から一時的に評価され、管理されることより恐ろしいとは思いませんか?」
海藤はその言葉を、全身で受け止めていた。
まるで、自分の無力さを見透かされたようだった。
この日まで、彼は榊原の言葉を編集する“手”でしかなかった。
だが今、榊原の言葉が“声”となって空間を満たしたとき、海藤は初めて思った。
「この思想は、生きている」
壇上の榊原は演説の終わりにこう言った。
「賛同せよとは言いません。批判してくださって構わない。
ただ、もし、ほんの少しでも、“この国を諦めたくない”と思ったなら、
一度、私の言葉を読んでください。それが、私の望みです」
しばらく沈黙が流れたのち、会場の一部でまばらな拍手が起きた。
拍手は連鎖しなかった。だが――立ち上がり、静かにうなずいて会場を去る者が、数人いた。
その後ろ姿を見送った海藤は、すでに心を決めていた。
あの演説を、草稿にして残す。文字にして、広める。
もはや誰かの許可を得るつもりもなかった。ただ、そうすべきだという確信があった。
数日後、ネット上に流れた一枚のレジュメ画像には、こう書かれていた。
《主権とは、保持する力ではなく、委ねる責任である。》
それは、歴史の歯車をわずかに揺らした一文だった。
そしてその小さな揺れが、やがて国家をも動かす炎の残響となっていく。




