フィンとキトの出会い
「フィンさんとキトさんって付き合いが長そうですけど、出会いはいつ頃だったんですか?」
「お? 聞きたいかみゃ?」
「はい、ぜひ」
「よぉし。じゃ、オイラが語ってやるみゃあ」
かつおだしコーヒーをカウンターに置いたキトは嬉々とした様子で語り出す。
一方のフィンは嫌そうな顔をしていた。
「いいよ別に。聞いてもそんなに楽しいもんじゃないよ」
「あれはオイラがまだ獣人に進化する前、生粋の子猫だったときのことだみゃあ」
「僕の意見は完全無視だね?」
「キトさんって、昔はただの猫だったんですか?」
「おうともよ。まごうことなく、純然たるただの可愛らしい茶トラの毛並みの猫だったみゃあ。あの頃のオイラはか弱かった。おまけにあまりにも可愛いらしい見た目をしていたもんで、他の猫たちにいじめられていたんだみゃあ」
「全然想像できないです」
どんな魔物もパンチ一発で吹き飛ばすキトがいじめられていただなんて。
「超絶いじめられてたんだみゃあ。迷宮都市の猫のナワバリ争いは壮絶で、オイラは行くあてがなくなってフラフラしていた。お腹もペコペコで、雪の降り積もるある日のこと、とうとう道で倒れて動けなくなった」
「え……。か、かわいそう」
エマの大きな緑色の目が涙で潤んだ。
「もうだめだ、ここで死ぬ、生後半年にしてあの世生きだみゃあと覚悟したその時……救いの手が差し伸べられた。フィンだった。フィンは、ちいさなオイラを抱き抱えて屋敷まで連れて帰ってくれて、オイラを一生懸命介抱してくれたんだみゃあ」
「フィンさん、さすがです!」
「そりゃ、あんなズタボロな子猫がいたら見過ごせないからな」
エマが感激してフィンを見たが、フィンはふいとそっぽを向いてしまった。耳が赤いのできっと照れているのだろう。
「そん時のフィンはたしか、三歳くらいだったかみゃあ。気まぐれに助けた猫を飽きもしないで世話してくれてみゃあ。おかげでオイラは元気になって、フィンの行くところをくっついて回るようになった」
「三歳のフィンさんと一緒にいる子猫のキトさん、さぞかし可愛かったでしょうね!」
「周りの人間どもはベロベロに甘い顔をして見つめていたみゃあ」
「私も見てみたかったなぁ」
「その頃のフィンは夢と希望とやる気に満ち溢れていてだみゃあ。毎日毎日、剣の修行に明け暮れていた。三歳なのに大したもんだみゃあ。大人にだって模擬戦を挑んでよ……みんながフィンに期待して、みんながフィンをあたたかく見守っていた。オイラはそんなフィンに憧れて、自分でも体を鍛え出したんだみゃあ。死にかけのオイラを助けてくれたフィンを、今度はオイラが助けるんだ、ってな」
「とてもいい関係性ですね」
「おーともよ。オイラは鍛えて鍛えて鍛えまくった。そうするうちに、猫の体じゃあ限界があると悟った。だからオイラは、星に願った。人間みたいな自由に動かせる手足が欲しい。猫の瞬発力と柔軟性はそのままに、人間みたいになりたい……するとある日、願いが叶って、朝起きたらオイラの体は猫と人間のいいとこどりをした獣人になっていたんだみゃあ。フィンは喜んでくれた。これで一緒にごはんをたべたり手合わせしたりできる、ってな」
「その時は純粋に嬉しかったけど、今考えると猫が獣人になるとかありえなさすぎる」
「うむむ……キルデアにながれる地脈がキトさんの願いを汲んでくれたのでしょうか。それともキトさんの内に秘めた圧倒的魔力が猫から獣人への進化を可能にした……? 興味深い事例ですね。詳細を調べたいところですが……」
「オイラ、実験体になる気はねえからな」
「わかってますよ。それで、続きは?」
「おう。オイラはそのままランバルド家で世話になった。フィンの家族はいい奴らでよ。猫から獣人になったオイラをあたたかく歓迎してくれた。オイラの強くなりたいという心意気も買ってくれたんだみゃあ。『強者を志す者は、いつでも大歓迎だ』ってな」
「うちの家族もよく考えたらどうかしてるよな……猫が獣人になるなんて聞いたことないぞ」
「良いご家族の皆様ですね」
「オイラはフィンと共に修行に明け暮れた。やがてオイラのキックで公爵家の庭の大木をもぎり倒し、芝生に地下百メートルを超える大穴を開けたところで、オイラは迷宮に潜るようになった。確かフィンが四歳の頃の話だ」
「拾われてからまだ一年しか経ってませんね」
「オイラはフィンとの修行で手に入れた力を存分に使い、瞬く間に迷宮五十階まで到達し、そこに巣食う魔物どもを駆逐した。オイラは思った。キルデアの迷宮ではオイラの修行には不十分だと。オイラは世話になったランバルド家に挨拶し、武者修行の旅に出ることに決めたんだみゃあ。んで、各地を巡りいろいろあって伝説級の探求者になって、五年前にキルデアに戻ってきた。そしたらフィンがびっくりするくらい後ろ向きな奴になっていたってわけだ」
「なるほど……」
「納得するんだ? キトの武者修行の旅の中身、気にならないのか?」
「オイラは今のフィンを見てがっかりするとともにびっくりした。オイラの知っているフィンはこんなんじゃねえ。もっと夢と希望とやる気に満ち溢れた奴だったんだみゃあ。何より今のフィンは昔と違って目が死んでいる。死んだ魚もびっくりの濁り具合だみゃあ。こいつは偽物だと疑った。だがオイラのフィンセンサーが、こいつは本物だと告げている。確かに見る影もなくやる気のない奴になっていたが、あの頃と同じ優しさを持ち合わせていた。あと、マタタビクッキーが美味すぎた。オイラはこいつが本物のフィンであると確信し、こいつのやる気を再び出させるためにこうして店に通い詰めているというわけだみゃあ」
「幼い頃から続く友情! 熱い展開ですね。私、そういうの大好きです」
「こんな支離滅裂な話を素直に信じる君ってすごいよね」
フィンからの呆れた声はエマの耳には届かない。
「私、ますますお二人のことが好きになりました」
「おうともよ。一緒にフィンを昔のフィンに戻そうぜ」
「もう好きにしてくれ……」
「今のフィンさんも好きですけど、やる気のあるフィンさんも見てみたいので、僭越ながらお手伝いさせていただきますね」
フィンが剣の腕を磨こうがどうだろうが、エマには正直言ってどうでもいいことである。
エマが興味あるのはフィンのお菓子の腕前だ。
だからエマが下した結論はこうである。
「フィンさんが色々なことに前向きになれるよう、私も陰ながら支えさせていただきます!」
「みゃみゃみゃ。色々なことに前向きに、か。いい言葉だみゃあ」
「はい。人間、周りが色々いって無理に動かそうとしても難しいですから。やっぱり自分からやる気にならないと!」
「確かにそうだみゃあ。よしフィン。やる気出せだみゃ!」
「とりあえずお菓子作りがんばるよ」




