店がなんかおかしい方向に向かっている
「もうダメだ……」
フィンの声が店に木霊する。青い目は虚ろで、声には覇気がなく、しかし手だけはまるで別の生き物であるかのようにシャカシャカと高速に動いていた。
目の前にはラッピングを待つ大量の菓子。隣にはフィンの補助をするエマ。
そしてカウンターに並んで座るのは、二人の猫獣人。
「こちらのお店のにぼし入り紅茶はとても美味しいですわね」
「だろ〜? 新作のシーチキンプリンもうみゃあんだわ。上に載ってるいわしの削り節がいい味出してるんだみゃあ」
「まぐろのパフェも上品でいいお味ですわ」
「何かがおかしい……」
「何もおかしくなんかないですわ。フィンさんのお菓子は『千のスプーン』でも大好評。毎日午前中で売り切れてしまいますの。あんまり評判がいいので、個数制限も設けて販売しているくらいなのですわ。おかげさまでわたくし、こうして売り上げ報告がてらに美味しい紅茶とパフェをいただけますし、とても満足しております。フィンさんにお声がけし、ご快諾いただきまして幸せですわ」
「言葉だけ聞いてると上品に聞こえるけど、食べてるのにぼし入り紅茶とまぐろパフェだからね!?」
「おいしいですわよ」
「いい加減、自分の腕に自信を持てだみゃあ。おミャぁの作る菓子はウメェ」
「こんな色モノみたいなお菓子で褒められてもな……」
「レシピ開発したのおミャぁだろうがよ」
真っ当な意見にぐうの音も出ない。
『千のスプーン』に菓子を卸し出してから十日ほど経った。菓子は大好評で、本当に即座に売り切れているらしい。開店前から並び出す探求者も出てきたほどだとか。
そうまでして売れるというのはとても嬉しいことだが、代わりに店には再び閑古鳥が鳴くようになってしまった。
当然である。
魔法付与した菓子は全部ケインの店に卸していて、フィンの店では売っていない。
そうすると、魔法付与目当ての客は全部ケインの店に行ってしまうので、フィンの店にくる客がいなくなってしまったのだ。
後に残ったのはかねてからの常連客であるキトと、定期報告に来るケインのみ。
ヤケクソのように開発したシーチキンプリンとまぐろパフェは二人からは好評だったが、人間の客にはウケないだろう。
フィンも自分で食べてみたが、筆舌に尽くし難い味だった。
猫と人間、両方の味覚を併せ持つ猫獣人専用メニューである。
「なんか違う……僕が思い描いていたカフェと違う……」
カフェというのはもっと、店主自慢のコーヒーやスイーツ片手にゆったりくつろぐ憩いの場所ではないのか。
いや、たしかにキトもケインもコーヒーとスイーツを前にくつろいではいる。
ケインはピンと小指を伸ばしていとも優雅に紅茶を飲んではいるけれど、騙されてはいけない。
ケインのティーカップに浮かんでいるのはスライスされたレモンではなく、出汁用のにぼしだ。
隣で働くエマがしたり顔で言った。
「フィンさん。理想と現実が違うことなんて、世の中では当たり前にありますよ」
「五歳の子にそんなこと言われるなんて」
「私、こう見えて、中身は十七歳ですから」
「だとしても僕より三つも年下だよ」
しかし三つ年下だとしても、おそらく人生経験はフィンよりエマの方が上だろう。
フィンは公爵家の嫡男であり、つまりはボンボンだ。
剣の修行に明け暮れていたとはいえ基本は屋敷から出ない人生を送ってきたし、なんなら今も市井の暮らしとか物価相場とかよくわかっていない。
接客業をしているにもかかわらずコミュニケーションを取るのが苦手だし、陰口を叩かれるのが嫌で人との関わりは最低限だ。
研究所で研究員をしていたエマのほうがきっと色々世の中のこと知っているに違いない。
「ダメだ……僕なんてダメダメだ……」
「こんなに菓子がバカ売れしてんのになんでそんなにネガティブなんだみゃあ」
「菓子が売れてるのはエマの付与魔法のおかげであって、僕の実力じゃないだろう」
「それを言っちまうとぐうの音も出ないみゃあ」
「あら、そんなことありませんわよ」
にぼし入り紅茶を実に上品に飲み干し、ケインが言う。三人の視線がケインに注がれた。
「リピーターの中には、お菓子自体が美味しいというお声も多くいただきますわ」
「え……」
「迷宮都市で売っている、他の探求者向けのお菓子と比べても、とても味がいいと。保存食などとはもちろん比較にすらなりません。まるで上流階級の方々が口にするものを食べているようで気分が上がる、というご意見もいただいていますわ」
初めて聞く話に、フィンの心が躍った。
「ほ……本当に?」
「ええ。わたくし、こうした嘘はつきませんの」
「金のためならいくらでもウソを吐くけどみゃあ」
キトの余計な一言にケインの猫パンチが炸裂した。が、伝説級探求者のケインに届くはずもなく、ひょいと避けられる。
「く……昔はもっと可愛げがありましたのに」
「みゃみゃみゃ。お互いさみゃだろーがみゃー」
「キトさんとケインさんって、昔からのお知り合いなんですか?」
「ええ、不本意ながら」
「腐れ縁ってやつだみゃあ」
「フィンさんとキトさんも顔馴染みのようですし、キトさんは知り合いの方が多いんですね」
「いろんなとこに顔出してるからみゃあ」
褒め言葉にフィンがホワホワとしている内に、残る三人での会話が弾んでいる。
「僕の作るお菓子が褒められた……」
「おミャぁってほんと単純だよみゃあ」
「そこがフィンさんのいいところですよ」
「出会って一月も経ってねえエマにも性格見抜かれてるんだみゃあ。コーヒーおかわり」
「はい、かしこまりました」
すっかりかつおだしコーヒーの淹れ方をマスターしてしまったエマ。
「このままだと猫獣人専用の店になってしまう」
「いいんじゃないかみゃ? オイラは居心地いいんだみゃー」
「キトが良くても僕がよくない。出汁の香りしかしないカフェなんてカフェじゃない」
「おみゃあはそーゆーとこばっか気にするからいつまで経っても成長しないんだみゃあ」
「おかわりお待たせしました」
エマが淹れたおかわりコーヒーを飲みながらやれやれと肩をすくめるキト。
確かにキトの言う通りだ。
ブツブツ言っているものの、フィンには具体的なプランなどが何もない。
せっかく店に来てくれているキトやケインに文句を言い、手伝ってくれているエマに不平をぶつけているだけである。
「僕はダメダメだ……」
沈むフィン。
「まあまあ、そう落ち込まないでくださいな。自分の信じた道を行けば、きっといつかは理想のお店になりますわ。これは商売人の先輩としてのアドバイスです。さて、品物は揃っていますか?」
「あ、はい」
「では、運ばせていただきますわね」
そう言ってケインは、今しがた出来上がったばかりの菓子を受け取り立ち上がった。
「探求者の方々が首を長くしてお待ちしておりますので、早く店頭に並べませんと。では、また明日よろしくお願いいたしますわ」
「またのご来店をお待ちしています」
店長顔負けの愛想の良さで返事をするエマ。
パタン。
扉が閉まればフィンとエマ、キトの三人になる。
「はぁ、今日も一仕事終わった」
「フィンさん、私、外に出てもいいですか?」
「いいよ。どうせ暇だし」
店にはこれ以上客は来るまい。
「ありがとうございます。では、ちょっと外出してきますね!」
「暗くなる前に帰るように」
「はい!」
フィンに手を振りいそいそと出かけていくエマ。
「どこ行くんだろうみゃあ」
「さあ……けど、彼女も迷宮都市に来て間もないし、買い物じゃないか?」
「迷子と間違えられないといいみゃあ」
「それは……否定できない」
あの体の小ささからして、親とはぐれた迷子と間違えられてもおかしくない。
けど、実年齢十七歳のしっかり者だから、自分でどうにかするだろう。
「で、おみゃあはどうすんのかみゃ? まだ腐ってるつもりかみゃ?」
頬杖をついてそう言うキトは、あからさまにフィンを挑発している。
少しムッとしたフィンはぎろりとキトを睨み返した。
「……新作のアイデアでも練るよ」
「その意気だみゃあ。少しはやる気が出たか」
キトに乗せられているようでなんとなく釈然としなかったが、いつもみたいに「もうダメだ」と言ってウダウダしているのもエマに申し訳ない。
何を作ろうかと考えるフィンの背中にキトからの一言。
「次は猫草を使ったお菓子が欲しいみゃあ」
「そういうのはもう作らない」




