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迷宮都市のはしっこカフェ  作者: 佐倉涼@5作書籍3作コミカライズ


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不穏な影①

 エマは迷宮都市キルデアを上機嫌に歩いていた。

 フィンのお菓子の売れ行きは好調で、毎日売り切れ御礼だ。追加での納品依頼が来たりもして、できるだけ対応している。


「それもこれも全部、フィンさんのお菓子が美味しいからね」


 こう見えてエマは結構味にうるさい。自分が気に入ったお菓子以外に魔法を付与しようとは思わない。

 菓子が売れることについてフィンは「これは自分の手柄じゃなくてエマのおかげ」と言い張っているが、そもそもの前提からしてフィンは間違っている。

 エマは、美味しくないお菓子に魔法付与をしないのだから、これはれっきとしたフィンの手柄なのだ。


「その辺りをもう少し自覚してくれるといいんだけど……」


 エマから見たフィンの性格というのは、少しばかり後ろ向きだ。

 もっともっと楽しい気持ちでお菓子を作った方が絶対に楽しいのになぁと思ってしまう。

 今でも手際は抜群にいいし、見目麗しく味も完璧なものを作り出してはいるけれど、彼の口から紡ぎ出される言葉は基本「もうダメだ……」からはじまる。そしてつねに眉がハの字に垂れ、目は絶望感に満ちていた。


「せっかくいい見た目をしているのに、あれじゃ台無しだわ」


 エマの見立てでは、フィンがもっとスマートに振る舞えばそれだけで女性客の心を鷲掴みにして大量顧客を捕まえることができる。

 それにはとにかく、彼に自信を持たせることが必要だ。


「何か良い手はないかしら」


 そんな風に考えながら街を歩いていると、いつの間にかエマの周囲に黒い影が落ちていた。


「ん?」


 足を止めて見上げると、複数人がエマを囲んで立っている。

 探求者、という様子ではない。服装からしてただの都市住民。

 住民たち三人はエマを見下ろし、友好的ではないオーラを発していた。

 エマは怯えたり、恐れたりする様子を見せず、ごく冷静な態度で言う。


「私に何か御用ですか?」


 するとうちの一人、三十代半ばほどと見える女性が口を開いた。


「察しがよくて助かるわ。ちょっとあたしたちと一緒に来てくれないかしら。悪いようにはしないから。来てくれたら、美味しいものを食べさせてあげるわよ」


 そんなことを言う人間は十中八九悪いようにするだろう。

 それでもエマはあえてこの提案に乗っかることにした。

 幸いここは大通り。人目はたくさんあるし、この一月弱でエマの顔はだいぶ知られている。誰かが異変を察知してフィンに知らせてくれるに違いない。


「おいしいもの? なんだろう。とっても楽しみ!」


 見た目に適した言動と仕草で、慣れない五歳児ムーブをかましながら。



 住民たちについて行った先は、人知れずひっそりと建っている迷宮都市内でも外れた場所にある朽ちかけた倉庫……などではなかった。

 普通に繁華街にある、普通の店の中だ。

 ただし店は閉められていて、「準備中」の札がかけられている。

 エマの座るテーブルの前にはずらりとならぶさまざまなお菓子。

 そしてそんなエマの機嫌を取るよう、猫撫で声を出す住民その一。


「ねえ、これぜーんぶ食べていいし、毎日いろんなものをあげるわ。だから、あたしたちのお菓子にもあなたの魔法を付与してくれない?」

「そうそう。フィンのお菓子だけなんてずるいぜ」

「俺たちの作るもんだって、なかなかいい味してるんだぜ」


 なるほど、彼らの意図が読めた。

 エマは緑色の大きな瞳で、居並ぶ住民たちを順繰りに見た。


「もしかしてあなたたち、『千のスプーン』にお菓子を卸していましたか? フィンさんのお菓子の売り場面積が大きくなったことで、自分達の商品の納品数が少なくなってしまったんですね?」


 外見に見合わぬ言葉遣いに、切れ味鋭い指摘。

 エマの機嫌取りをしようとしていた住民たちが、一斉にうっと言葉を詰まらせた。


「な、なかなか鋭いお嬢ちゃんね。そうよ。その通りよ」

「アイツの菓子が俺たちの商品の売り場を奪っちまったんだ」

「探求者の目当てはお嬢ちゃんの付与魔法だ。アイツの菓子でいい道理はねえ」

「そうよ。そんな理由であたしたちのお菓子が売れなくなるなんて不公平だわ」

「お、俺らの菓子にも魔法を付与してくれよ。そうすれば売り上げ減少に困らなくて済む」


 随分自分勝手な言動に、エマはカチンと来た。

 しかしエマは、外見通りの五歳児ではない。中身はりっぱな成人だ。

 だからここで「嫌! 絶対に嫌!」といって駄々をこねるわけにはいかないのだ。

 有象無象が集まる王立研究所で長年研究員をやっていたエマにはわかる。

 彼らを完全に納得させ完璧に黙らせるには、相応のやり方があるのだと。

 ひとまずエマは、眼前に並べられた菓子に手をつけることにする。


「これは、木の実を焼き締めたクッキーですか?」

「そうよ。迷宮で取れるポカポカの実を入れたの。雪原の階層で体が温まるようにってね」


 クッキーを手にポリポリとかじる。一つ丸ごと食べきって、じっくり味わうように咀嚼をし、期待に満ちた目でエマを見つめる住民その一に対して評価を下した。


「生地がボソボソでパサパサ。おまけにポカポカの実の処理が微妙なのか、あんまり発熱効果が感じられません」

「なっ? あ、あたしのクッキーはキルデアの探索者の間でも評判がいいのよ」


 エマはこの言葉を無視して次のお菓子に取り掛かった。


「これはゼリーみたいですね」

「おうよ。中に結晶ブドウを仕込んであるんだぜ」


 エマはゼリーをつまんでしげしげと見つめた。


「見た目からしてフィンさんが作ったものとは大違いですけど……なんか、ブドウの実が端に寄ってますし、大きさが不恰好」

「探索中に食べるモンだ、見た目を気にする探求者がいるかよ。それに、大切なのは味だ、味」


 エマはぽいと口の中にゼリーを放り込んだ。


「……ブドウからみずみずしさが感じられないです。このブドウ、剥いてから結構時間が経ってるでしょう?」

「結晶ブドウは皮が硬くて仕込みに手間がかかる。普通、いっぺんにまとめて皮を剥いて、砂糖漬けにして保存するんだ。多少の劣化は防げねえよ」

「次は棘バナナのパウンドケーキのようですね」

「これは自信作だ。なんたって俺様が作ったんだからな」

「生地に混ぜたバナナがねっちゃりしていて食感悪すぎです」

「棘バナナを使ったケーキなんてこんなもんだろう!」


 エマは深々とため息をついた。

 なまじフィンが作ったのと同じ菓子を持ち込まれた分、ガッカリ具合もひとしおだ。


「わかってない……あなたたち、本当にわかってませんね。この程度のもので、私の手を借りたいだなんてよく言えたものですね? 首を洗って出直して来てください」

「なんだと、ガキのくせに偉そうに!」

「ちょっと、暴力沙汰はまずいわ!」


 キレた住民がエマにつかみかかろうとしてきたが、さすがにそれは他の住民が止める。

 怒鳴りつけられ、いまにも殴られそうになったというのにエマは露ほどにも動じず、短い手足を組んでそれなりに格好をつけ、幼女の顔に不適な笑みを浮かべた。


「きっともうすぐここに、フィンさんが来ます。そうしたらあなたたちにもわかりますよ……格の違いというものが」


 その言葉を証明するかのように、準備中の看板がぶら下がった扉がぶち抜かれ、扉ごとごろごろと回転しながらフィンが店の中へと入ってきた。


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