夢と希望と現実と
フィンの店に突如やってきたエマ・オベール。
彼女は少女を通り越して幼女である。どうやら実験に失敗して五歳まで体が後退しているらしい。
五歳。
その時の自分のことを思い出し、フィンは少し感慨に耽る。
五歳のフィンは、生家のランバルド公爵家に住んでいた。
剣を握って、剣を振るのが当たり前だった。
自分の才能を信じて疑わなかった。
五歳のフィンはまだ、自分の未来が明るく輝いているのだと、そう信じていたのだ。
フィンには二つ下の弟がいて、弟とともに大人に混じって剣を振る。
「騎士の名家のランバルド家」「ハロディング王国の五大公爵家のひとつ」そんな家の長男に生まれたフィンは、自分が剣を持って勇敢に戦い、公爵家の当主になるのだと当然ながら考えていた。
「見てろよ、僕は剣聖になってやる!」というのが当時のフィンの口癖だった。
そして弟は「兄上、すごいです!」といってまぶしそうな顔でフィンを見上げるのだ。それがフィンにはたまらなく嬉しかった。
毎日毎日訓練で、それが嫌だと思ったことはない。
父は厳しかったけど、フィンは負けずに食らいついていく根性があった。
しかし現実は残酷だった。
フィンと弟は同じだけ努力を重ね、同じだけ訓練をした。
そうして年齢を重ねるうちに、少しずつ差が出てくるようになった。
フィンと弟とが模擬試合をすると、フィンが勝てなくなることが多くなった。
同じように走っても、フィンより弟の方が速くなった。
フィンが到底勝てない騎士団の団員相手に試合を挑み、弟は勝ちをもぎ取った。一度や二度ではなく、何度も。
やがて弟は騎士団員と同じ訓練を受けるようになり、フィンでは到底追いつけない実力を見につけるようになった。
弟は間違いなく才能があった。フィンにはない、天性の才能が。
努力だけでは埋められないものがあるーーそう知った時、フィンは、剣を持つのが嫌になった。
「僕は、ああはなれない……」
人はそれを絶望と呼ぶ。
夢と希望に満ちた生活が終わりを告げ、現実を知ったフィンは段々と訓練にでなくなる。
そうしてやることも目標もなく屋敷をふらふらして、たまたま厨房に立ち寄った。
そこでは午後の茶会用に料理人がお菓子を作っているところだった。
「おや、フィン坊っちゃま。つまみ食いですか?」
「そんなことしないよ」
母が客人を招いて茶会をすることは多かったが、フィンはそんなものに興味を持ったことはない。そもそも訓練訓練で毎日が忙しかった。
けれど最近はサボりがちで、やることもやりたいこともなくて、だからなんとなく立ち寄った厨房でなんとなく菓子が目に入っただけだ。
そしてそこでフィンは、並ぶ菓子のきらびやかさに目が眩んだ。
「お菓子って……いろんな種類があるんだな」
「ええ。ご婦人方を飽きさせないよう、こだわって作っております」
「へえ……」
「よかったらおひとつ、いかがですか?」
そう言って手渡されたのは一口サイズのイチゴのタルト。
手に取って食べてみたら、あまくジューシーで、なんだか今までに食べたどのお菓子よりも美味しく感じた。こっそりとつまみ食いをしている、という状況がそう感じさせたのかもしれない。
それからフィンは人目を盗んでは厨房に行き、料理人がお菓子を作るところを眺めたり、もらったお菓子をつまみ食いしたりした。
そんなことをしているうちに作ること自体に興味を持ち、無理を言って菓子作りを習うようになった。
当然、父をはじめ家族はいい顔をせず、フィンに剣術の稽古をするように言ったけれど、その頃にはもうフィンは剣へのやる気を全く見せていなかった。
あんなに一生懸命毎日訓練していたのに、なんの魅力も感じないどころか、無理に剣を持たされるほどに嫌悪感を感じる。
訓練もそこそこに、フィンは厨房に入り浸るようになった。
剣術の腕とは反比例するかのようにお菓子作りの腕がめきめきと上がる。
お菓子は、一つ作ると達成感があるし、食べると美味しい満足感がある。
手先が器用だったフィンはこまかなデコレーションも難なくこなし、料理人顔負けの繊細な細工菓子を作れるようになっていた。
自分の才能はこっちにあった、とフィンは確信を抱くようになった。
しかし公爵家の長男が菓子作りに興じていても、周囲がいい顔をするはずがない。
風当たりが強くなったフィンは、とうとうある日家を飛び出した。
自分の居場所はこの家には存在しない。そう確信したのだ。
煌びやかな公爵家から出て、走って走って、そして見つけたのは迷宮都市の城門近く、都市のはしっこにある店舗兼家だった。
自分はここで、自分だけの力で、細々と生きていこう。
そう思って店を構えてカフェを始めたのだがーー。
「フィンさん、ぼうっとしてどうしたんですか?」
「さてはおミャぁ、目ぇ開けたまま寝てるな?」
フィンの目の前に二つの顔が現れた。
ひとつはオレンジ色の髪に緑の目を持つ少女のもの。
もう一つは茶色い毛並みに覆われた猫獣人のものだ。
二人はフィンの気を引こうと、面白い顔をしたり左右に顔を引っ張ってみょーんと伸ばしたりしている。思わず笑ってしまった。
「あ、笑いましたよ」
「てこたぁ、意識はトんでないってことだみゃあ」
よかったよかった、と二人して言う。
何だかその様子がおかしくて、フィンは肩を震わせた。
「心配かけてごめん」
「フィンさんがご無事ならそれでいいんですよ」
「かつおだしコーヒーのおかわり淹れろだみゃあ」
「うん」
「フィンさん、次は何作ります?」
「そうだなぁ……」
キトのためにかつおだしコーヒーのおかわりを淹れながら、エマの質問の答えを考える。
作りたいものはたくさんある。
そう思えるくらいには、自分は前を向いているということだろうか。
まだまだ、エマのようにポジティブにも、キトのように自信満々にもなれないけど、自分なりの成長を感じるフィンだった。




