ポカポカの実のクッキーー身体能力一時向上効果を添えてー
「材料を買い足したから、ポカポカの実を使ったクッキーを作ろう」
一休みしてガス欠状態から解放されたフィンは、エマと一緒に買い物に行き必要なものを買い足していた。
キトは店の中で昼寝をしている。
実力は本物なのだが、あまり働こうとしない怠惰な探求者だった。
もっとも根が猫なので、そういうものなのかもしれない。
キトのことは放っておいて、フィンはエマに指示を出しながらクッキー作りに取り掛かった。
「ポカポカの実は昨日のうちに下処理を済ませてあるから、あとは普通にクッキー生地を作って中に練り込めばいい」
「ポカポカの実、初めてお目にかかりました。確か採取したての時はもっと熱かった気がしますけど」
「そう。この実は採取すると発熱して、丸一日すると熱を失う。けど、熱を発しているうちに適切に処理をすると、実の内側に熱を閉じ込めておくことができる。食べた瞬間から体が温まるからポカポカの実という名前がついてるんだ」
「冬とか、寒い階層の探索をする時に便利そうですね」
「その通り。迷宮都市だとあんまり珍しい実じゃないから、そこらじゅうで売られてるけどね」
黄金モモや結晶ブドウと違い、ポカポカの実はメジャーな食材だ。下処理も時間はかかるけど煩雑ではないので、香草店や薬屋、雑貨屋などいろんな店で売られている。
フィンはこれをクッキーやパウンドケーキの生地に練り込んで使っているけど、普通は実を乾燥させた状態で袋に入れて持ち歩く。探索時かさばらないので、その方がいいのだ。クッキーやパウンドケーキという形にしてしまうと、探索に持っていくのに邪魔になる。なのでフィンの作ったポカポカの実入り焼き菓子はあまり評判がよくなかった。
というより、店に人がほとんど来ないので認知度がかなり低いという難点があった。
「食べたら体が暖かくなるなんて、不思議な実ですね。分解して研究してみたい……」
エマはポカポカの実を好奇心に満ちた目で見つめていた。
「まあ、もしよければ一つ持って帰るといいんじゃないか?」
「いいんですか? じゃあ、研究所に送ろうと思います。研究仲間が喜びます」
「うん、どうぞ。処理済みのやつしかないけど」
ザラザラと実を分け与えると、紙に包んで大切そうにポケットにしまい込む。
「じゃ、ポカポカの実のクッキー作りを始めるよ」
「はい!」
元気いっぱいに答えたエマにちょっと笑いかけ、フィンはクッキー作りを開始する。
キトは「うみゃみゃ〜ん」と寝言を言いながら、幸せそうに眠っていた。
「クッキー作りは、結構単純だし、材料も少なくて済む。小麦粉、バター、砂糖、卵。これだけだ」
「青砂糖はもう使い切ってしまったんでしたっけ」
「うん。だから普通の砂糖」
フィンは材料を手早く用意しながら説明した。
「まず、小麦粉をふるって細かくする。バターは白っぽくなるまで混ぜて、卵はしっかりとほぐす。バターに砂糖を入れて混ぜ、卵を数回に分けて混ぜる」
「全部最初から一緒に混ぜたらだめなんですか?」
「それだとダマになりやすいから、ちゃんと分けてやらないと。で、いい感じに混ざったら、ここに小麦粉を入れてさっくりと混ぜ合わせる」
「フィンさん。私、いいことを考えました。ここに火トカゲ草を加えたら、もっと発熱効果が上がるんじゃないでしょうか?」
「……研究者ならではの発想だと思うけど、あれは結構辛味のある草だから、今回作るクッキーには向いてないかな」
「そうですかぁ。残念です」
エマは本当に、至極残念そうである。
きっと彼女はこんな感じだから料理をするのに向いていないのだろう。
「ひとまとまりになったらポカポカの実を練り込んで、これで生地は完成。平らに伸ばしたら、生地を冷やして寝かせて……」
「付与魔法・温度低下!」
「……あっという間に生地が冷えた……その付与魔法、使う機会あるのか?」
「実は、温度の上昇、下降の研究をしている途中に身につけた魔法です。数度ずつ温度を設定して付与していた時期がありまして。おかげさまでどんな温度でも自由自在に付与することが可能です」
エマがペロッと舌を出して言う。彼女がいれば道具要らずなんじゃないかという気がしてきた。
「生地が冷えたから、型を作ろう。って言っても、型抜きはないから包丁で切るしかないし、四角いクッキーしか作れないけど」
生家にはクッキー型が色々あったけど、それは貴族家だからであって、一般市民はどうやらクッキーの形にそんなにこだわりはないらしい。
探したこともあったが、みつからなかった。
まあ、探求者が迷宮探索に持っていくのにそんな凝った見た目のクッキーは必要あるまい。大切なのはその効果だ。
四角いクッキーを量産したフィンは、鉄板にならべて煉瓦造りのオーブンに入れる。
「これで十五分くらい焼き上げれば完成だ」
「楽しみですね!」
エマがワクワク顔で言う。
時間が経つにつれ、クッキーが焼きあがる香ばしい香りが漂ってきた。
「甘くて香ばしくていい香り」
「そろそろいいかな」
オーブンの中を確認したフィンは、鉄板を取り出した。
こんがりきつね色に焼けたクッキーは、見るからにおいしそうだ。
「よし、完成」
「わぁー!」
ぱちぱちぱちと拍手をするエマに一枚クッキーを差し出した。
「熱いから気をつけて」
「はいっ。あつつ……」
熱そうにしながらクッキーを頬張るエマ。
「んん、焼きたてなのでまだしっとり、それでいてサクッとしていて、食感が楽しいです。それに、いつも食べているクッキーより味が繊細!」
「たぶん公爵家で出されてるのと同じレシピのせいだろうね」
フィンも迷宮都市の市場で売られているクッキーを食べたことがあるが、ものすごく固くて、食感は「サクサク」ではなく「ゴリゴリ」だった。
輪切りにした切り株をかじっているかのような硬さに驚いたものである。
「クッキー、こんなに美味しいんですね。昨日のコンポートとといい、寒天ゼリーといい、この味だったら普通に人気出そうですけど……」
「こいつの作るモンはウメぇ。でも、どれもこれもたけーんだみゃあ」
ずっと寝ていたキトが突如口を挟んできた。
顔をテーブルに突っ伏して寝ていたので、顔面の毛があちらこちらを向いていて悲惨な有様だ。
「キト……顔の毛がとんでもないことになってるぞ」
「おっと」
「それで、値段の話ですけど」
ペロペロと顔の毛づくろいを始めたキトにエマが話しかける。
「んみゃあ。おみゃあ、今日店を手伝ってて思わんかったか? 相場より菓子の値段が二、三割はたっけーみゃあって」
「確かに高いですが、フィンさんの作るお菓子は美味しいので、相応だと思っていました」
「だがよー、迷宮都市に住む連中はそうは思わねーんだわ。フィンの菓子を買う金で一食くえるっつうなら、迷わずそっちを選ぶんだみゃあ。こいつの菓子を買うのはオイラみたいに稼ぎがいい奴くらいだみゃあ」
「そんなに高くしてるつもりはないんだけどな……むしろ安いと思うけど」
「おミャぁのそういうとこから公爵家のボンボンぽさが滲み出てるんだみゃあ」
「そう言われると返す言葉がない……」
結局フィンは公爵家で育った身。
金に困ったことは、家を飛び出すまでなかった。
このまま店を続けていればフィンだって食うに困ってしまうだろうし、そうしたら菓子よりもっと腹に溜まるものを買うだろう。それは自明の理だ。
どんよりと沈むフィンにエマが明るく声をかけた。
「でも、キトさんのおかげでお店が脚光を浴びましたし、私の付与魔法があればお菓子の価値が高まりますよ。というわけで……付与魔法・身体能力一時向上」
「どんな魔法?」
「これは、食べた人の身体能力を一時的に飛躍させる魔法です。具体的には筋力向上、速度上昇、反射神経アップに、頭の回転も上がって判断能力も上がります」
「なんでもありだな、付与魔法……」
「本当はもっと細かく設定して付与できるのですが、お菓子への付与は汎用性重視かと思いまして、身体能力一時向上という魔法にしました」
「いい判断だみゃあ。あんまこまけーこといったって探求者たちにゃわかんねーから、そんくらいの魔法で十分だみゃあ」
「これでクッキーが探求者のみなさんにバカウケすること間違いなしです」
「確かに便利な魔法だな。これがあれば少し格上の魔物相手でも勝てそうだし」
「おみゃあもこれ食って迷宮潜れば?」
「いや……もう当分いいや」
イシとアンのために青砂糖採取に行き、キトに強制的に連行された。
短期間で二回も迷宮に潜ったので、しばらく迷宮には近づきたくない。
「まあ、嫌がってもまたつれてくけど」というキトの物騒な言葉は聞かなかったことにした。




