ガス欠
用意していた結晶ブドウの寒天ゼリーも、ヒンヤリオレンジのシャーベットも、あっという間に売り切れた。
外にはまだ探求者たちがウロウロしていたけれど、売るものがないので閉店だ。
戸を閉めたフィンは、店内にいるエマとキトの方を見た。
「よし、ひとまず閉店にして、次の仕込みを……」
言いかけたところで、膝ががくりと力を無くして床につく。
「あれ? 力が入らない……」
体がいうことをきかない。自分の意志でコントロールできなくなっている。
床に膝と手をついたフィンの元に、エマとキトが近づいてきた。
「どうしたんだみゃあ?」
「付与魔法の効果が切れたんです。フィンさんには疲労回復、体力気力増強の魔法を重ねがけしていたんで、全ての効果が切れて一気に疲れが押し寄せたんです」
「ほほう」
「一度ちゃんと休んでいただいた方がいいですね」
「みゃるほどみゃー」
フィンの体が宙に浮いた。キトが持ち上げたらしい。
「ベッドに放り込んでやるみゃー」
勝手知ったる様子で部屋を横切り居住スペースに向かうと、フィンの部屋のベッドに文字通り放り込まれた。
「おふっ」
「ゆっくり休むんだみゃー」
「一時的に疲労が押し寄せているだけなので、一時間も休めば回復するはずです」
そうしてパタリと扉が閉められ、二人分の足音が遠ざかっていく。
フィンの意識はそこで途切れた。
*
フィンを自室に寝かせたあと、エマとキトは店に戻っていた。
エマは店の後片付けをして、キトは相変わらずカウンターに座ってくつろいでいる。
「おみゃあさんの魔法、結構癖があるんだみゃあ。今日来た客たち大丈夫かみゃあ? 迷宮でガス欠起こしてくたばるんじゃないかみゃあ」
「お菓子に込めた付与魔法はそこまで強い効果があるものではないので、問題ありません。効果が切れたら普段の自分のコンディションに戻るだけです。フィンさんには、ここ一番の頑張りどころだと思ったので、結構強めの魔法をかけてしまって……その反動が来てしまったんです」
「なるほどみゃあ。たしかに最近のアイツにしてはすげーやる気あったからみゃあ」
「キトさんは、フィンさんと付き合いが長いんですか?」
「おうともよ。アイツがちびっこいガキで、オイラが子猫の時からの付き合いだみゃあ」
キトは長い尻尾をゆらゆらしながら言う。
「昔のアイツは夢と希望とやる気に満ちてたんだけどみゃあ。色々あってあんな性格になっちまったんだみゃあ。ま、悪いやつじゃねえし、エマみたいに多少強引でも引っ張ってってくれる奴がいれば、あいつももっと前向きになると思うから、よろしく頼むんだみゃあ」
「……キトさん……フィンさんを気にかけているんですね」
「みゃみゃ。親友だからみゃあ!」
ゴロゴロと喉を鳴らすキト。
色々と規格外のキトだが、友を思う気持ちは普通の人と変わらないようだった。
エマはお皿を洗う手を止め、ぎゅっと握り拳を作った。
「キトさん、見ててください。私、このお店、もっともっと繁盛させてみせますから!」
「期待してるみゃあ。とりあえずおミャぁも、にぼし入り紅茶とかつおだしコーヒーの淹れ方を覚えるんだみゃあ」
「はい!」
*
きっかり一時間後に目を覚ましたフィンは、店の状況をみて驚いた。
山積みになっていた皿は綺麗に洗ってしまいこまれ、適当にそこら辺に置いていた布巾はきっちり畳んで積み重ねられ、床もテーブルもピカピカだった。
「お目覚めですか?」
「う、うん……これ、君がやったの?」
「はい。少しでもお役に立ちたくて、店の後片付けをしていました」
にぱっと笑うエマは、ただの五歳の少女にしか見えない。
しかしその実彼女は、凄腕の付与魔法士としての腕を持つ、学術都市エスカルマの王立研究所研究員なのだ。
「付与魔法だけじゃなくて、片付けも得意なんだね」
「元々は苦手でしたけど、ある日、研究室が足の踏み場もなくなってしまう程汚れ、その汚れに火魔法が引火して爆発騒ぎを起こして以来、きちんと片付けをするようになりました」
なかなか壮絶な経歴を持っているようだ。
フィンは頬をひきつらせたが、「あ、そうなんだ」と言うにとどめた。
「体調はもういいのかみゃあ?」
「うん。すっかり元通り。一体どうなってるんだ?」
「付与魔法の効果切れによる一時的なガス欠でしたので、長引くものではありません。ちなみに本日お菓子に付与した魔法はフィンさんにかけたものよりもっと効果が低いものなので、効果が切れても反動で寝込むようなことはないです」
「そっか……付与魔法って奥が深いんだな」
「研究者の数が少ないので、未知の分野なんですよ。研究所でも私以外に付与魔法を研究している人はいませんでいた」
「付与魔法はマイナーだからみゃあ。おミャぁも物好きだみゃあ」
「誰も発見したことのないことを見つけられるって、ワクワクしますよね」
「君、本当にポジティブだよね」
たった一人で黙々と研究し続けられるというのはある種の才能だ。しかも彼女はきちんと成果を出している。
「それに比べて僕と来たら……家を逃げ出して、こうして迷宮都市のはしっこでこそこそ生きてて、どうしようもないな……」
「あ、また暗くなってますね! そんなに自分を卑下しないでください。私、フィンさんの作るお菓子好きなんですから」
「君ほどの魔法の才能があるなら、こんなちっぽけな店じゃなくて表通りの大店に行って魔法付与すればもっと楽に稼げるよ」
エマの魔法の効果が切れたせいで、どうしても思考が後ろ向きになってしまう。
こんな自分の元にいても、エマに無駄に苦労をかけてしまうだけだ。
フィンはどうしたって自分に自信が持てない。
うつむくフィンの視界にエマのオレンジ色の髪が映り込む。フィンの両手を、小さな手がそっと握りしめる。力強い緑色の瞳がフィンを見上げていた。
「私、フィンさんの作るお菓子が好きなんです。真心がこもっていて、丁寧で、お菓子を作るのが好きなんだなって伝わってきて。だからこうして無理やり、フィンさんのところで働かせてもらってるんです。どうしようもないなんて、言わないでください! 私はここじゃないと嫌なんです」
「そうだみゃあ。オイラはおミャぁの作る極悪マタタビクッキーが好きなんだみゃあ。いなくなったら困る」
「エマ……キト……ありがとう」
どうしようもない自分だと、長年染み付いたそう思う気持ちはすぐにはなくならないけれど。
こうして身近に、支えてくれる人たちがいる。
ならばもう少しだけ胸を張って、この仕事を続けていこうと、そう思う自分がいることに気がついた。




