かつおだしコーヒーは癖の強い飲み物
「おはようございます……わぁ、お菓子が……綺麗にラッピングされてる!」
「おはよう、エマ」
フィンはあの後、黙々と結晶ブドウの寒天ゼリーをラッピングする作業に従事していた。
「エマのかけてくれた付与魔法のおかげで、全然疲れなかったんだ。せっかくなら持ち帰り用にラッピングしておいた方が売る時の手間が省けると思って」
ラッピングといってもたいしたことはしていない。
包装用に加工された薄手の植物パルプに寒天ゼリーを包み、細い麻紐で縛っただけだ。探求者が迷宮で食べるものなので、包装にこだわる必要はないだろう。
とはいえこのゼリー、見た目が結構いい感じに出来上がったので、少しくらいは愛でてもらいたいと言う気持ちもある。
そうこうしてるうちに日がすっかりと上り、探求者たちの活動時間となった。
昨日、キトのおかげで突如脚光を浴びることになったフィンの店の扉も叩かれる。
営業時間は一応決まっているのだけれど、準備は既にできているのだ、この際開店を早めてもいいだろう。
というわけで店の戸を開ければ、雪崩れ込んでくる探求者たち。
「いらっしゃいませ!」と張り切って挨拶をしたのは当然フィンではなく、エマである。
探求者たちの足元で、踏み潰されそうになりながらも接客をしようとする姿は健気だ。
勇み足の彼らもこれには流石に足を止めた。
「本日、当店で扱っているお菓子は二種類。店内用の『ヒンヤリオレンジのシャーベットー魔力上昇効果を添えてー』と持ち帰り用の『結晶ブドウの寒天ゼリーー体力増強効果を添えてー』です。どちらになさいますか?」
「お、おぉ。じゃ、持ち帰り用だな」
「俺も」
「オレも!」
「私は店内用にするわ」
「あたしもよ」
「はい! かしこまりました!」
エマはここでくるりと振り向いて、フィンを見た。
「フィンさん。私、持ち帰り用の方の対応をするので、店内のお客様はお任せします」
「あ、うん」
エマがちゃきちゃきと客を捌いて対応してくれるので、フィンは言われるがままに頷いた。
店の中は狭い。
カウンター三席とテーブル一席。最大五名しか受け入れられない。
今日の店内用メニューはオレンジシャーベットだけなので、冷やしてあるシャーベットを器に盛って出せばいいだけなので簡単だ。
問題があるとすれば、くる客くる客みんながフィンをジロジロと見るという点くらいのものである。
コソコソと話される内容は、「ランバルド家の落ちこぼれ」だの「こんなところにいたのか」だの、そんなものばかり。
けれど彼らは客なので、なるべく聞こえない、聞かないようにしながらフィンは精一杯接客を続ける。
エマの体力、気力増強の魔法付与がなかったらとっくに心が折れていたかもしれない。
しかしこうした声は、シャーベットを一口食べた途端、消え失せた。
「このシャーベット、なめらかで美味しい。こんなに丁寧に作られたシャーベットは初めて食べたわ」
「それに食べたら、体に力が溢れてきた」
「今なら強力な魔法がバンバン撃てそう!」
「わたしも、どんな傷でも治せる気がするわ」
「そちらのシャーベットに付与されている魔力向上効果は、食べてから丸一日継続します」
エマが持ち帰りの客の相手をしながらそう説明をする。
目の色を変えた探求者たちは、あっという間にシャーベットを平らげるとガタッと席を立った。
「こうしちゃいられない。効果が続くうちに、迷宮に行かないと……!」
「探索! 探索よ!」
一秒も無駄にできまいと、風の様に去っていく探求者たち。
客回転の効率がとてもいい。
そんな風にして小一時間が過ぎた頃、店の外に続く行列を完全無視して裏の住宅用口からやってきた人物が一人。
「おはようだみゃあ。随分な大盛況だみゃーあ! かつおだしコーヒー一杯くれだみゃあ」
「キト……裏から入ってくるなら手伝ってくれよ」
「いやだみゃーあー。オイラは客だみゃあ」
「なら順番を守ってくれ」
「オイラは気ままな猫獣人だから、あんななっげー列に並ぶとか無理だみゃあ」
キトはカウンターの内側に陣取ると、勝手にフィンの家のリビング用の椅子を持ってきて、どっかり腰を下ろした。
ただでさえ狭い店内が、もふもふ獣人キトがあらわれたことによってさらに手狭になる。身動きが取りづらいことこの上ない。
だがしかし、店に来ている客たちは、キトの来訪にざわめいた。
「キトさんだ……!」
「本物のキトさんだ……」
伝説級の探求者というのは、余程の功績を立てたものにしか与えられない称号だ。現存する探求者の中では、ハロディング王国ではキトの他にあと一人しか存在していない。
キトの強さに憧れる探求者の数は星の数ほどいるのだ。
キトはそうした探求者たちの眼差しを意に返すことなく、フィンのいれたかつおだしコーヒーを美味しそうにすすっていた。
「あー、かつおだしコーヒーうみゃい。朝はこれに限るみゃあ」
「あの……、わたしにも、キト先輩と同じコーヒーください!」
「私も!」
「あたしも!」
「ボクも!」
店内でオレンジシャーベットを堪能していた探求者たちがいっせいにそんなことを言い出した。
「かつおだしコーヒーは獣人専用の飲み物だから、人間が飲んでも美味しくないと思うけど……」
フィンがそんな前置きをしても、探求者たちは知らん顔だ。
「それでも! 伝説の探求者様と同じものを飲みたい!」
と言う声に押され、仕方なくフィンはかつおだしコーヒーを淹れる。
かつおだしコーヒーはかつおぶしを煮出した煮汁でコーヒーを淹れたものだ。仕上げにカップにもかつおぶしを散らす。
かつおぶし大好きなキトのためにフィンが考案したコーヒーなのだが、味にはかなりの癖がある。フィンは到底好きになれない味だった。
「かつおだしコーヒー、お待たせしました」
待ってましたとばかりにとびつく探求者たち。
コーヒーの表面にかつおぶしが踊る見た目からして独特なそれを、一斉にすすった直後。
「「「「「ぶはっ!!」」」」
盛大にコーヒーを吐き出す探求者たち。
「だから言ったのに……」
この結果を予想していたフィンは、カウンターの上を台拭きで拭いた。
「うぉぉぉ、これは想像以上に癖の強い味だぜ……」
「かつおぶしの出汁が、コーヒーと反発しあってて……」
「どっちも喧嘩してる……味の主張が強すぎるわ……」
「シャーベットで口直ししないと」
探求者たちは一口でかつおだしコーヒーを飲むのを諦め、ヒンヤリオレンジのシャーベットをかっこみだす。
キトだけが優雅にコーヒーカップを傾けながら「かつおだしコーヒーうみゃみゃみゃ〜ん」とご機嫌に喉を鳴らしているのだった。
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