ある男の幸せ
男はこの辺りでは名の知れた貴族の家に生まれた。子どもの頃から何不自由なく過ごし退屈な人生を送ったためか、はたまた生まれ持っていた性質か、男にはいつしか残虐な性格が宿っていた。初めは部屋に迷い込んだ羽虫を捕まえその羽を毟ることから始まり、羽虫から動物、動物から人へと矛先は変わっていった。男は人の苦痛に歪む表情を好んでおり屋敷の地下にある拷問室へ毎晩のように赴き、奴隷市場で買った者や道で拾った者を様々な道具で拷問にかけていた。
そのようなことを繰り返していたある日、男は頭を抱えていた。最近になって警察の取り締まりが厳しく、思うように人が手に入らなくなっているのだ。日に日に男の中に発散出来ない思いが募っていく。
「誰でもいい、人を連れてこい!」
部屋に従者達を集め男が吠える。男の我慢は限界に達していた。従者達は日々荒れていく主に恐怖し黙り込む他ない。
「おや、お困りのようですね」
沈黙を破る低い男の声。いつの間にか部屋の扉が開かれており、そこには黒いローブに身を包んだ人物が立っていた。
「誰だお前は、どこから入ったのだ!?見張りは何をしているのだ!」
屋敷の周りには見張りがいるため侵入はできないはずだ。もちろん男に来客が来ているという話も聞いていない。部屋内の従者たちはローブの男を取り囲む。
「勝手に屋敷に立ち入ったご無礼をお許しください。私はあなたの願いを叶えるために来たのです。」
そう話しながらローブの男は懐から1枚の紙を取り出す。
「最近になって取り締まりが厳しく奴隷市場も数が減っているとか。都の浮浪者保護も進み、なかなかあなたの欲望を満たすことができないご様子。こちらをご覧ください。町を外れた森の中に小さな小屋があります。そこには奴隷を育てることを生業とする老婆がおり、現在上物の少女を育てているとか。こちらを買うのはいかがでしょう」
「・・・なぜ私の秘密を知っている?」
「私は顔が広くてですね。どんなに隠れた情報でも耳に入るのですよ」
なぜローブの男に秘密が知られているのか、今はそんなことはどうでもよかった。男は従者に紙を持ってこさせる。そこには森の地図が記されている。
「この情報を餌として私に何を求める?」
「私は見返りを求めはしません。ただあなたのお力になりたいのです」
男は少し悩んだ後さらにローブの男を問い詰める。
「明らかに怪しい者の情報をどう信じろと言うんだ?」
「私の話を信じるかどうかはお任せします。これ以上私があなたに関わることはありません。それでは...」
ローブの男は部屋の外へ歩き始める。取り囲んでいた従者達は立ち去ろうとする男から身を引く。男が命じた訳では無い、ローブの男の異質な雰囲気にあてられ、自然と後ずさっていた。
ローブの男が部屋を去り、数十秒の沈黙が部屋を支配する。
「・・・この地図の場所を見てこい。あの男が言ったことは本当か確かめるんだ」
男がそう命じると、足早に従者達は部屋を出ていく。男は
ローブの男の情報は正しいと、なぜか確信していた。
翌日、従者から森の中に老婆と少女が暮らす小屋があるとの報告があった。男はすぐに馬を走らせ森に向かう。森には危険な獣がいるというが、なぜか人を襲うことはないらしい。
しばらく馬を走らせると小屋が見える。窓から覗くとどうやら老婆だけが中にいるようだった。
男は小屋の戸を叩く。しばらくして老婆が姿を現し男に何者か尋ねる。
男は奴隷を買いたい旨を伝えると老婆は不敵な笑みを浮かべ小屋に招き入れる。
「私の育てる子達はただの奴隷じゃあないんだ。どの子も生きる希望を持っていてね、今育てている子も母にもらった絵本を生きる希望にさているんだ。その辺の何も持たない奴隷とは違うんだよ」
「それに何の意味があると言うのです?」
「買い手が引き取る時にね、その生きる希望を刺激してやるんだ。そうするとどの子も買い手に懐いてね。何をされようが買い手のことを信じるようになる」
男は半信半疑であったがこの機会を逃すては無い。
「その、今いる子を私に売ってくれ。金はいくらでも出す」
「わかった。明日のこの時間、ここから少し離れた川に来な。エリー...ああ、今育てている子の名さ。その時間にエリーを川に向かわせて森の獣達にエリーを襲わせる。それをあんたが助けるんだ。獣は殺しちまって構わないよ。やり方はあんたに任せる」
男は了承しその日は小屋を去った。
翌日の同じ時間、老婆の言った通り森の中にある川に向かう。しばらく木陰から辺りを見渡すと少女が獣に襲われているところを見つけた。
「老婆の言った通りだな」
男は銃を構え、獣に銃弾を放つ。
銃から発せられる轟音はこれから少女に訪れる悲劇の幕開けとなった。