第60話 サクラ
開拓村の第一の砦の南側にある経済特区予定地では順調に伐採が進んでいる。
これは冒険者ギルドに1アール当りの伐採を抜根込み金貨1枚で依頼した。
ひょっとして安すぎるかとも思ったが、意外と労働者は集まっているようだ。
それでも予定地の伐採に必要なのが概算で金貨12000枚、手持ちの約10倍だ。
伐採依頼は小出しにして進めている。
予算の問題もあるが、大勢の労働者の生活を支えられるインフラがまだ無い。
また、一気に仕事を終わらせると大量の失業者が生まれることにもなる。
今後のためにも「継続的に仕事が得られる場所」という印象が必要だ。
そもそも、伐採事業自体がメインダンジョン改装の時間稼ぎでもあるしね。
それでも1000アールほどの伐採が終わったので、そろそろ俺の仕事だ。
街の設備として提供するダンジョンの地上部を造成していこう。
まずは第2の砦を入って少し進んだ辺りに経済特区の区役所を作る。
経済特区の構築計画では主要設備には100m四方単位で土地を割り当てた。
役所は西側40mは花壇やベンチを並べて親しみやすい雰囲気を演出する。
その後ろに100m*60mの石造り2階建ての建物を造成する。
ここは基本的に王国向けには代官となっているクリスが統括する建物になる。
そんなわけで内装や前庭の整備も公爵家がやってくれる事になった。
ますます公爵領っぽくなっていくが、金もないしお願いするしかないだろう。
経済特区の区役所については公爵家から借地料の支払いの提案もあった。
とても魅力的な話ではあったが、流石にこれはお断りした。
王国向けの建前ではここは公爵領で、クリスは公爵家が派遣した代官だ。
此方では区役所のトップはあくまで俺で、クリスは出向職員という扱い。
その意味では区役所の内装や前庭の整備も此方ですべきなのだろう。
だが、王国向けにはここは公爵家の行政設備なのであまり貧相にも出来ない。
俺は王国の通貨もあまり持っていないし、いい職人や業者への伝手も無い。
都合の良い話かも知れないが、これについては公爵家に甘えざるを得ない。
代わりに区役所の一部を公爵家に貸し出し、自由に使える様にする。
そこの賃料と前庭の整備費用を相殺と言うことにした。
王国向けには公爵家直轄領なので、クリス用の応接室や会議室は必要だ。
その区画の内装や調度品の費用については公爵家持ちで問題無い。
ただ、それ以外については後々返済していく必要があるだろう。
次に労働者向けの低価格な素泊まりメインの宿泊施設、ビジネスホテルだ。
これは敷地いっぱいの100m四方の2階建て、外装はやはり石造りだ。
大通りからはちょっとだけ奥まった位置にある。
ここの管理も開拓村の宿の女将にお願いした。
規模が大きすぎて無理と言われたが、他に頼れる人材の当てもない。
とりあえず、初期費用と当面の維持費用はこちらで持つ事でなんとか説得。
本当に無理を言って申し訳ない。
安宿ということで小さな部屋をたくさん作ったので800部屋もある。
もっとも、全部が一まとめではなく、4つの区画に分けてある。
2階はシングル200部屋とツイン20部屋を2区画。
1階はシングル160部屋とツイン20部屋を2区画だ。
4つの区画の経営者を別々にすることで、価格やサービスを競わせる予定だ。
ちなみに1階の部屋数が少ないのはテナントスペースを作ったからだ。
主に宿泊客向けの飲食店や日用品の販売店が入ることになるだろう。
女将には1階の1区画の運用をお願いし、他はしばらく閉鎖しておく。
そうは言っても180部屋もあるわけで、やはり人を雇う必要があるだろう。
だが、人を雇うとなると安定した需要が見込めないと難しい。
俺の使用人を派遣するってことでメイド型ガーディアンを召喚するかな?
けど、接客するなら仮面をつける訳にも行かないし、同じ顔にもできないか。
となると、名前をどうしよう?
とりあえず保留にして、役所の斜向かいに公衆浴場を作る。
さらに役所の南側には公営団地、少し離れて東側には大型倉庫を作る。
エレベーターも役所、ホテル、浴場、公営団地に2つずつ設置。
倉庫には貨物用の大型エレベーターを1つ設置した。
そして、今回の目玉はコインランドリーだ。
これはゴーレムを洗濯用にカスタマイズすることで実現できた。
衣類とコインを入れると洗剤と水が流れ込んで洗濯槽が回りだす。
ここまでは地球のそれと一緒だが、そこに異世界風アレンジを加える。
魔法で生み出した物質は魔力を注ぎ続けなければ消えてしまう。
俺が攻撃のときに打ち出す岩の弾丸も当たった後はすぐに消える。
今回はその特性を利用し、すすぎ用の水を魔法で作ることにしたのだ。
最初から全部魔法の水にしてもよかったのだが、魔力消費量の節減の為だ。
それに、水や汗で濡れた洗濯物が入れられる可能性も考えれば同じ事だろう。
普通の水での洗浄が終わり、すすぎモードに切り替わると魔法の水が注がれる。
洗剤をすすぐ過程で繊維中の普通の水分子が魔法の水に押し流される。
最後はくしゃくしゃにならないように温風を吹き込みながら回転させる。
そうしている間に魔法で作った水は魔素に分解されて勝手に消えていく。
繊維中にわずかに残った水分子も蒸発し、乾燥まで一気に終わるという訳だ。
この世界の洗濯は手洗い&天日干しが一般的な様だから、きっと喜ばれる。
コインランドリーは個人用の小型機を35台、業務用の大型機を1台製造。
配置は開拓村は計10台で百貨店に4台、集合住宅に4台、学校に2台だ。
経済特区は団地に10台、浴場に5台、ビジネスホテルに10台と大型1台。
料金は小型が銅貨2枚、大型が銀貨1枚としておいた。
もっとも、コインランドリーの売り上げはさほど期待してはいない。
主に住民の衛生状態を改善し、食中毒や感染症を予防するのが目的だ。
公衆浴場も同様で利用料は銅貨1枚、未成年は無料としておいた。
さて、借地料として公爵家から受け取った金貨1200枚はほぼ使い切った。
だが、領からの税収も少しずつではあるが入ってくるようになった。
正式に俺の領民となる者も、やはり少しずつではあるが増えてきている。
やることは山積みだが、急ぎの仕事はとりあえず一段落したんじゃないだろうか?
あとは税収の規模に合わせてぼちぼち開発を進めていくことにしよう。
石鹸の売り上げも上々だ。
毎度毎度『魔界』から俺が担いで走らないと行けないのは手間だけどね。
山脈横断トンネル、春には間に合わなかったけど、そろそろ手をつけるか。
石鹸以外にも売れるものをいろいろ増やしていかないといけない。
王国との戦争も一応落ち着いたし、今度こそのんびり開拓ライフを始めよう。
俺は鬼族から借りた背負子に石鹸を固定してメインダンジョンを出る。
森は花と新緑で彩られ、春色が目立ってきた。
せっかくなので山頂の拠点の屋上から周囲を眺めてみる。
北に見える鬼族の住む山も、あちこちが花の色に染まっている。
その一画を見覚えのある薄紅色が埋め尽くしていた。
目を凝らしてみると、やはり桜だ。
枝の表面や花びらの形に至るまで、ソメイヨシノそっくりだ。
そういえば、この山にはヤブツバキも自生しているんだったな。
地球と環境が似てるから、似たような植物が育つんだろうか?
秋に狩ったジャイアントボアも、大きさ以外はイノシシだった。
桜の花の下には露天風呂があり、鬼族の女たちが花と温泉を満喫している。
こちらから丸見えだというのに、隠すそぶりもなく娘たちがはしゃいでいる。
この世界の女たちは肌を見せることについてかなりおおらかなのだろうか?
人間族の女たちも夏はビキニのような服で街を歩くらしいしね。
それなら地球の倫理観で変に気を回すのも却って失礼かもしれない。
せっかくだから、花と女体のマリアージュを楽しませてもらうとしよう。
視界を左にずらすと、今度は男湯が見えた。
女湯との間は高い塀で遮られている。
女湯の右側にも目隠しらしき塀が見える。
まったく隠さないというわけでもないのか?
カエデ「きれいだろう?」
一樹「うおっ!?」
真横からかけられた声に変な声が出た。
カエデ「どうした?大丈夫か?」
カエデに焦点を合わすのに数秒かかった。
あれ?まさか老眼か?
一樹「ああ、大丈夫だ」
カエデ「驚かせちゃったか?ずいぶんと夢中になってみていたんだな。きれいだよね」
一樹「いや、その・・・そうだな」
カエデ「何を赤くなってるんだ?」
一樹「なんでもない」
女の裸に対する俺の反応は、やはりこの世界ではおかしいのか?
カエデ「桜というんだ。一樹は見るの初めてかな?こうして外から見るのもきれいだけど、下から見る桜もすごくきれいなんだぞ」
一樹「まったく同じじゃないかもしれないけど、よく似た花なら毎年見ていたよ。花びらの形までそっくりだ」
カエデ「この距離で花びらの形まで分かるのか?すごい目だな」
一樹「そうか?」
改めて向かいの山の斜面に目をやってみる。
桜で覆われた露天風呂までは、直線距離で軽く3kmはありそうだ。
目を凝らしたとき、無意識に魔力で視覚強化をしていたらしい。
カエデ「そういえば、こっちにも桜を植えていたんだったな」
カエデの視線を追うと、西側の斜面にも若い桜が疎らに花を咲かせている。
50人ほどの名も知らぬ王国兵たちの墓標だ。
よく見ると墓石の前にはお供え物らしきものも見える。
俺も後で手を合わせておこう。
カエデ「あの山は桜の中の露天風呂が絶景なんだ。貸切の家族風呂もあるから、一緒に入れるぞ」
一樹「それはいいな。二人でいくのか?」
カエデ「そうしたいところだが、第一夫人を差し置いてというわけにもいくまい。アウラエル殿と二人で旅行したことはあるのか?」
一樹「いや、ないな」
それどころか、『領域』の外にはほとんど出たことがない。
俺は『領域』を出ると途端にただの非力な人間になってしまう。
安全な場所ならいいが、この世界は俺には危険が多すぎる。
カエデ「では二人きりの旅行は後回しだな。アウラエル殿も誘ってみんなで行こう。ローズやエイミー、ジェシカたちも一緒にな。キキョウも誘いたいが、一樹と一緒に入らせるわけにもいかんしな。それはまた別の機会にする」
一樹「それは楽しそうだな。だが、ローズたちはこの『領域』から出られないんだ。だから、行くとしたら俺とカエデ、アウラエルの3人かな」
俺も『領域』から出るのはいろいろ不安だけどな。
まあ、鬼族との関係は良好だし、鬼族の里ならそう危険はないだろう。
ただ、留守中になるみが襲われない様にしとかないといけない。
『領域』の外からだと、俺もすぐには駆けつけられない。
カエデ「なるみちゃんも駄目なのか?」
一樹「ああ、なるみも『領域』から出られない」
カエデ「それはかわいそうだな。では、『領域』内に桜の楽しめる露天風呂を作ろう!」
一樹「それはいいな。温泉を探して露天風呂を作りたいと思ってはいたんだ」
メインダンジョン周辺は観光地にしたいと思っている。
桜の見える露天風呂はいいコンテンツの1つになるだろう。
カエデ「そうすると、今回は露天風呂作りに向けた見学といったところか。なら、1箇所でゆっくりするより、いろいろ周れたほうがいいかな?」
一樹「いや、俺も長くここを空ける訳にもいかないし、1つか2つにしよう。見学なら細かいところまでじっくり見たいしな」
大雑把な外観なら、ここから見えることも分かったしね。
ここに展望台とか作ろうかとも思ってたけど、これは没だな。
カエデ「わかった!ではお勧めの温泉を厳選しておくとしよう」
一樹「ああ、頼んだ」
山の麓には長閑な農村の風景が広がっている。
そういえば、カミツキウサギやゴブリン対策ってどうしてるんだろう?
その辺は『魔界』で長く暮らしている鬼族の方が詳しいか。
基本的にはカシたちに任せておけば問題ないのかな。
俺は山脈横断トンネルを作ってここの観光地化計画を進めよう。
温泉を見つけて和風の宿を作り、くつろぎの空間を提供する。
庭園風の植物園とかもあるといいよね。
ただ、やっぱり問題になってくるのはお金かな。
鬼族には多少の貸しがあるとはいえ、砦の門衛を派遣してもらっている。
鬼族の防衛ラインの一部とはいえ、今後は俺も給金を負担すべきだろう。
当然、温泉探しや温泉宿建設の費用もちゃんと払わなければならない。
ガツンと投資してしっかり整備してから順次回収するのが基本なんだろう。
しかし、先立つものが無いし、資金を借りられる当てもない。
国債発行とか考えるべきかな?
それ以前に自国通貨とか作るべき?
地球で見たマンガとかだとどうしてたっけ?
レアモンスターを倒して一攫千金?
金になるような魔獣ってこの辺に居るのかな?
というか、そんな希少生物を殺しちゃって大丈夫なのか?
やっぱり地道に税収と家賃収入で稼ぐしかないか。
とりあえず、今日も石鹸をお届けにひとっ走りいくとしましょう。




