第47話 補償
開拓村の北にある拠点にカトリーヌ一行が集結した。
応接間を兼ねた執務室では、俺の正面にカトリーヌさんが座っている。
カトリーヌ嬢の少し後ろに控えている青年はクリストファー=シュテッヒパルメ。
子爵家の生まれだが、3男で家督を継ぐ可能性はほぼ無いと言う。
この地に建設予定のカトリーヌ邸で執事を務める予定らしい。
王国向けの肩書きは開拓村を治める代官だ。
少し離れてドアの両脇にはカトリーヌさんの護衛騎士が男女1人ずつ。
それぞれステファン=マイグロキシェンとコラリー=シュピッツェンだ。
キッチンでは同じくカトリーヌさんが連れてきたメイドさんが2人働いている。
20代後半と思われるリザと、若い方は14歳になるというティナだ。
そのメイドさんたちがついさっき持ってきたお茶が目の前で湯気を立てている。
茶葉もカップもカトリーヌたちが王都から持ってきたものだ。
これではどっちがホストだか分かったものではない。
キャシー「まずは先日の非礼をお詫び申し上げます。一樹様とお会いするのが楽しみなあまり、うっかり使者の方を追い越してしまったようですね。結果として先触れもなしに訪問することになってしまいました。失礼いたしました」
一樹「いえ、どうぞお気になさらず。こちらこそ、ろくなおもてなしでも出来ず申し訳ありません」
キャシー「こちらの不手際です。急な来訪にもかかわらず、お部屋を用意していただいたことに感謝していますわ」
部屋といっても使用人用の部屋だけどな。
カトリーヌ嬢とクリスさんは一応個室だが、ほかは大部屋だ。
一樹「恐縮です。さて、ローゼンヴァルト公爵様よりのご提案について大筋はアウラエルから聞いております。ありがたいお申し出ですので基本的にはお受けしたいと思っています。ただ、カトリーヌ様が妾として入る件については保留にして頂けないでしょうか?」
キャシー「残念ですわ。やはり私ではご不満でしょうか?」
一樹「とんでもないことです。ただ、なにぶん急な話ですのでさすがに面食らっております。カトリーヌ様も会ったばかりの男とそういう関係になるというのはやはり抵抗があるのではありませんか?」
キャシー「お気遣い痛み入ります。ですが、貴族家の娘として生まれた以上は近隣諸侯と婚姻を結び地域の安定を図るのが務めという物です。顔も知らぬ殿方の下に嫁ぐ事も覚悟しておりました。ただ、お相手が一樹様だったことは、むしろ幸運だったと思ってますのよ」
一樹「幸運ですか」
キャシー「先の戦闘での一樹様の振る舞いについてはアウラエル様のみならず、参加した王国兵士たちからも話を聞かせて頂きました。寡兵で敵を撃退する手腕がありながら、たびたび停戦を呼びかけられたそうですね」
そもそも王国側で始めた戦争だ。
それに、こっちは勝った所で得るものなど何も無い。
キャシー「圧勝に終わったにも拘らず、奴隷も人質も取らず、身代金も賠償金も請求しなかったとか。それどころか、敵味方を問わず負傷者を治療し、王国兵の死傷者が帰国できるようご助力いただいたときいております」
一樹「そう特別な事とも思いませんが?」
キャシー「魔族の間ではそうなのでしょうか?ますます興味深いですわ」
ここでは敗戦国の兵士は奴隷にされるのが普通なのか?
恐ろしい話だ。
一樹「過分な評価を恐れ入ります。それはともかく、一旦妾となり、国交が成立してから正式に婚姻関係を結ぶという流れですと、カトリーヌ様の経歴に傷が付くのではありませんか?」
キャシー「ご心配には及びませんわ。世俗の地位や栄誉にはさほど執着しておりません。なにより、魔族と人間族の国交樹立となれば一朝一夕に成る物でもないでしょう。5年10年、いえ100年かかっても不思議ではありません。ですが女が子供を産める時間は限られています。なので、まずは子作りから始めましょう」
咽そうになるのをなんとか押し止める。
一樹「そういう話であれば、カトリーヌ様が平民の妾のままで生涯を終える可能性も高いということになりますね」
キャシー「はい。一向に構いませんわ。私のことは平民と思って頂いて構いません。平民の身分ですので、第3夫人などと贅沢をいうつもりもありません。妾でも愛人でもけっこうですわ」
一体何が彼女をそうまで駆り立てるのか?
一樹「カトリーヌ様のお覚悟は承知いたしました。ただ、恥ずかしながら私のほうの覚悟ができて居ないようです。私はカトリーヌ様のことを何も存じ上げておりません。カトリーヌ様も私のことを伝聞でしかご存じないご様子。まずは互いのことをもっとよく知り合ってからという事では如何でしょうか?」
キャシー「互いの人柄を知る時間を設けようということでしょうか?」
一樹「ええ、そうです」
キャシー「承知いたしました。よろしくお願いいたします」
一樹「こちらこそよろしくお願いします。では、次に公爵家別邸の件ですが・・・・」
あとはアウラエルからも聞いた提案の再確認をして会談を終えた。
それにしても、妾の件はようやく引き下がってくれたか。
とりあえず保留ということでいくらか時間は稼げた。
美少女ではあるが上位貴族のご令嬢の相手なんてさすがに荷が重過ぎる。
なんとかうまいことお断りできないか考えてみよう。
拠点へのテレポートも億劫でそのまま地下のコアルームへ向かう。
俺のテレポートはなるみの本体の場所への一方通行だ。
向こうへ行ってしまうと、こっちで何かあったときの対応も遅れる。
コアルームでベッドに突っ伏していると、アウラエルが入ってきた。
アウラエル「話が無事に終わったようで安心いたしました。今回の縁組、主様はあまり乗り気で無い様に見えたので心配していたのですが杞憂だったようですね」
一樹「ん?実際、あまり乗り気ではないぞ」
アウラエル「あら?ではなぜわざわざ追い込むような事をおっしゃったのですか?」
一樹「追い込み?」
アウラエル「『互いの人柄を見て判断する』という話になりますと、もうどちらからも断れなくなりますでしょう?」
断れば、人格に問題ありと判断した、という事になるということか?
一樹「いや、結婚という話になれば、互いの好みとか相性とかあるだろう?」
アウラエル「確かにその通りですね。ところで、仮に人格に問題ありと判断して縁談を断る場合、貴族たちは周囲にどのように説明すると思われます?」
互いの好みとか相性の問題、か。
あれ?詰んでるのか?
アウラエル「話は変わりますが、先日の火事の事後処理が概ね完了しました」
合図に応えてビキニアーマーの剣士が使い込まれたリュックを運び込んでくる。
アウラエル「先日のパーティー『白百合』の荷物です。すべて買取済みですので、お納めください」
『白百合』というと、マリーのいるパーティーか。
一樹「買い取ったってどういうことだ?」
アウラエル「言葉のとおりです。彼女らの泊まっていた空き家が燃えてしまいましたので、荷物はこちらで買い取りました」
王国軍の夜襲があった日の話だな。
王国軍が送り込んだ間者が火をつけてまわったのだ。
一樹「あー、、、火事と買い取りはどう繋がるんだ?」
アウラエル「宿泊先で火事に巻き込まれたときの荷物の補償の習慣はご存知ですか?」
一樹「いや、知らない」
アウラエル「火事があった場合、建物の責任者が部屋にあった荷物をすべて買い取るという習慣があるのです。旅先で火事に巻き込まれたとき、すぐにお金が手に入らないと困ってしまいますでしょう?」
一樹「そりゃ、そうだな」
アウラエル「それに、避難や消火のごたごたで無くなっていた物が後から出てくるということもありますし、焼け跡から貴金属が出てくることもあります。そういったものの持ち主を特定し、連絡を取り、その扱いについて個別に協議するというのは大変手間がかかります。そういった事情から、責任者がすべて買い取る手続きを行い、後から出てきたものについては好きにしてよい、という契約を交わすのです」
一樹「なるほど」
連絡手段や輸送手段も限られているだろうし、合理的か。
いろいろ悪用されやすそうな制度にも思えるけどね。
アウラエル「『白百合』の皆さんを泊めていた空き家が燃えてしまったため、同様の手続きを取りました。火が広がる前に運び出したまま放置されていた物の中から、ついさっき彼女らの荷物がでてきたところです。これらはすでに主様の所有物ですので、あとはお好きなようになさってください」
ん?火事があったのは何日前だ?
それが今頃出てきたというのはさすがに不自然だろう?
買取といえば、冗談でマリーのパンツがどうとか話していたな。
アウラエル、まさか本気で彼女のパンツを買い取ってきたのか?
一樹「しかし、旅の道具がなくなっては彼女らも困ってるんじゃないかな」
アウラエル「その心配は要りません。王都まではアーネスト氏が送る手はずになっていますし、荷物の査定はすべて新品価格とした上で、迷惑料兼謝礼の意を込めてかなり多めに支払いました。旅の道具を新品で買いなおすのに不足はないはずです」
一樹「それはそうかもしれないが、出てきた以上は返すべきだろう」
アウラエル「そうならないための買取契約です。荷物を返すとなりますと、彼女らに返金義務が生じてしまいますね」
一樹「いや、別に請求しなければいいじゃないか」
アウラエル「そういうわけにもいきません。正式な売却契約を結んだ後で、物だけ取り返してお金は返さないというのでは、こちらがよくても彼女らの信用に関わります」
それは確かに問題かもしれない。
しかも、謝礼や迷惑料まで荷物の補償の名目になっているらしい。
荷物を返して返金請求となれば、謝礼分まで請求することになるのか?
そうなれば、謝礼を惜しんで姑息な手を使ったとも邪推されかねない。
一樹「なら、単に譲渡という形ならどうだ?」
アウラエル「できなくはありませんが、それでも彼女たちは困ると思いますよ。冒険者は身軽を好むものです。すでに新しい旅道具を買い集めているところでしょうから、今さら古びた道具を持ってこられても却って迷惑なのではありませんか?」
受け取るしかないようだ。
自分の荷物が知らん男の手にあるって、女の子的にはどうなんだろうな?
アウラエル「あとは使うも捨てるも主様の自由です。どうしても返却を念頭に保管したいというならそれもいいでしょう。ただ、腐るものや虫の湧くものがあるといけませんので、中身は一通り改めておいてくださいね」
一樹「分かった」
振り返ると、なるみがすでに背嚢の中を物色していた。
俺のベッドの上にはパンツが丁寧に並べられている。
一樹「何をしている?」
なるみ「あ、かずきおにぃちゃん、見て!これはきっとあの赤リボンのぱんつのひとだね。黄色いリボンや青いリボンのもある。このちっこいリボン、流行ってるのかな?」
一樹「そうかもな」
なるみは続けてブラジャーも並べ始める。
下着のデザインは現代日本と近いようだ。
細かいところは違うのかもしれないが、俺にはその辺は分からない。
なるみ「お、しまぱんだ!こっちはあのメガネっ娘のぱんつだね。ブラも揃えてあるんだ。こっちの花柄はひまわりかな」
一樹「いや、並べんでいいから!」
俺は片付けようとしましまのパンツを手に取る。
あれ?女物のパンツってどう畳むんだ?
なるみ「待って!それまだスキャン終わってないから」
一樹「いや、する必要あるのか?」
なるみ「でも、かずきおにぃちゃんはあのひとの外見が好きなんでしょ?」
一樹「ん?まあ、そうだな」
そういえばそんな話もしたか?
なるみ「なら、そっくりのガーディアン作ればいいよ。お風呂でばっちり全方位スキャンしといたから、体はかなり精密に再現できるよ。着替えを観察しても下着は全体が見えにくかったんだけど、これで下着まで正確に再現できるね」
一樹「いや、やらなくていいから」
なるみ「どうして?」
一樹「どうしても」
なるみ「ふうん。けど、流行とかはチェックしときたいからスキャンはしといてもいいでしょ?」
一樹「ああ、そうだな」
俺はしましまパンツをなるみに返した。
しげしげとパンツを眺めているのはスキャン中なのか。
そのしましまパンツをはいたマリーの姿が脳裏に浮かぶ。
ブラジャーは同じ背嚢から出てきたやはりしましまのやつだ。
先日裸体をがっつり見てしまったせいか、やけに鮮明だ。
ギルドの情報では彼女は確か15歳だったか。
この世界ではすでに成人で、いつ結婚しても不思議はない。
いや、俺が気にすることではないな。
結婚式に呼ばれるような間柄でもない。
なるみ「次は、おー!でかい。見て、このブラジャー!帽子にできるよ。これは赤毛のひとの分だね」
こいつ、荷物チェックしてくれるのかと思ったが下着だけか。
まあ、俺が一番やりにくい部分だから、助かるのは違いない。
俺は赤毛の女の衣類を適当に掻き出してなるみの前に積み上げる。
ポケット内の道具類を確認してまた中に戻していく。
携行食の類は虫が湧くといけないので処分しよう。
指輪とか日記とか、思い入れの深そうな物があれば返したい。
次にマリーのリュックに手を伸ばしたが、まだ少し抵抗がある。
アーニャだっけ?金髪の剣士の分を先に済ませよう。
衣類を掻き出し、道具類を確認していると、底に丈夫そうな箱を見つけた。
中には柔らかい布に包まれた宝石と魔石、そしてダンジョンコアの残骸。
彼女らもやはり冒険者、ダンジョンを狩る者たちか。
なりゆきで一時は共闘したが、やはり俺たちの敵なのか。
最初に戦ったとき、3人同時では俺は勝てなかったかもしれない。
あのとき奇襲ができていなければ、ここに収まっていたのはなるみの遺骸。
いや、過去のことに拘るのはよそう。
そんな敵対関係を解消することこそが俺の目標だったはず。
せっかくの縁だ、マリー達とももっと仲良くなれるように頑張ろう。




