第4話 走りこみ
アニメで見た忍者のように、俺は枝から枝へと飛び移りながら森を駆ける。
こっちの世界に来てからというもの、体を動かすのが楽しくて仕方が無い。
体は若返っただけでなく、適度に筋肉もついて運動能力が上がっている。
それに加え、ダンジョンから供給される魔力で思考速度と運動能力を強化できる。
走っている先に何かがあるというわけではない。
走り込みが日課になっているのだ。
主な理由は2つある。
1つは、戦闘に備えて強化状態での体の動かし方に慣れる事だ。
本番で自分のパワーやスピードに振り回されていてはかなわない。
実際、慣れるまでは何度か枝を踏み砕いて落下してしまった。
2つめは『魔力パス』とかいうものの強化のためだ。
ダンジョンからの魔力供給が、より遠くへ、より早くできるようになるらしい。
パスは魔力のやり取りを繰り返すことで太く、長くなっていくという。
持続的な魔力供給が必要な身体強化と思考加速がより強くなるはずだ。
さらに言えば、単純に楽しい。
ただ走っているだけで、ジェットコースターみたいな爽快感がある。
自分の中ではこれもけっこう大きいから、3つ目に数えてもいいかもしれない。
森を抜けて河原に出た。
川の向こうには緑の山が連なっている。
2000m級の山々が連なる山脈が、現在の魔界と人間界の境界だ。
ここで言う『魔界』とは、人間の開拓が及んでいない地域を指す。
つまり、俺の居るこっち側が魔界だ。
右肩から背中に袈裟懸けにしたケースから棍棒を取り出す。
直径5cmほどの硬く丈夫な棒に、断面が楔形の鋼鉄の棒を、角が外側に来るように埋め込んである。
剣や刀が使えれば格好もよいのだろうが、素人が振り回しても棒と大差あるまい。
ならば角度もさほど気にせずに殴れる棍棒のほうが確実というものだ。
振り下ろし、振り上げる。
右に薙ぐ、左に薙ぐ。
金属部分を敵に当てるイメージで素振りを続ける。
袈裟から右薙ぎ、逆袈裟から突き、右薙ぎから突き。
連続攻撃も練習しておく。
ここへ来てからすでに1ヶ月以上が経った。
これだけの準備期間が与えられたことは幸運だったと言えるだろう。
最初の二十日ほどは、魔力を『領域拡張』に全振りした。
ダンジョンコアの『根』を伸ばすことで周囲の魔力を吸収できる。
リスクはあるが、まずは収入を増やさないことには話にならない。
ゴブリンの巣を潰し、ダンジョンまで追い立てた。
毛虫をばらまき、偵察用にカラスの使い魔も作った。
オークを召喚し、守りにつかせた。
ゴブリンがオークにおびえるので、2層を掘って移動させた。
3層を掘ってボス部屋を作った。
これだけの時間が得られたことにはいくつか理由がある。
1つは川の向こうに見える山脈だ。
2000mの山越えは冒険者にとって極端な悪路とは言えないかもしれない。
それでも、道無き山を越えるのはそれなりに苦だし、準備にも時間がかかる。
そして最大の理由が「ダンジョンバブル」だ。
山脈に根を下ろしていた大きなダンジョンが攻略された。
持ち帰られたダンジョンコアにより、莫大な金が動くようになる。
新たな「勇者」をたたえる祭りも開かれる。
空白を埋めるように新たなダンジョンが生まれ、そして刈り取られる。
川で魚が跳ねた。
食べられる魚だろうか?
今の俺なら素手で捕まえるのは難しくないだろう。
しかし、川魚の生食は危険だと聞く。
潜伏中の俺がバーベキューってわけにもいかない。
肉が食いたい。
あの山脈の向こうでは、ダンジョンマスターとなった地球人たちが殺されている。
棍棒を握る手に力がこもる。
振りぬいた棍棒がひときわ高いかざ切り音を立てた。
なるみの姉妹たちが狩られている。
倒木に棍棒を振り下ろす。
倒木は音を立てて砕ける。
もっとも、街の様子も山の様子も見てきたわけではない。
なるみは最近まで山にあったダンジョンコアの『根』の一部だった。
自我ができたのは山が攻略された後だが、記憶だけはおぼろげにあるそうだ。
その情報を基にした推測に過ぎない。
山の様子を直接確認しておきたいが、今はまだ『魔力パス』が弱すぎる。
これではカラスを遠くへ飛ばすこともできないし、俺も外では力が出ない。
なるみ「かずきおにぃちゃん、冒険者がこっちに向かってるよ」
唐突に現れたなるみに声をかけられる。
なるみの瞬間移動だ。
一樹「音を聞かれたか」
なるみ「ここで迎え撃つ?今のおにぃちゃんなら、勝てると思うよ」
一樹「いや、拠点に戻ろう」
二人でコントロールルームに瞬間移動する。
俺のは片道だけだが、ダンジョンマスターになって手に入れた能力の1つだ。
モニターにさっきの河原が映っている。
冒険者たちが砕けた倒木をみつけて周囲を警戒している。
探索網はじわじわと狭まりつつある。




