第32話 エリクサー
話は少しさかのぼって夜襲前夜のことだ。
シャワーを終えた俺はアウラエルを呼び出した。
アウラエル「黙って事を進めたことは謝罪いたします」
一樹「それはいい。お前の予測どおり、先に聞いていればできなかっただろうからな」
アウラエル「寛大なお心に感謝いたします。人間族の侵攻を受けている今、クヌギ様の負傷は鬼族の存亡にもかかわりかねません。事を急ぐ必要がございました」
さて、何から聞いたものだろうか?
一樹「薬の話は本当なのか?」
アウラエル「はい。天使族に伝わる秘薬です。欠損部位を再生し、傷ついた組織を正常なものと置換します。あらゆる傷病を癒し、わずかながら若返りの効果すらあるといわれています」
一樹「受精卵を使った再生医療ということか?」
アウラエル「さすがに察しがよろしいですね。魔族の方の着想を元に、天使族が開発した秘薬ときいています」
一樹「それは子供の体を使うということだろう?倫理的な問題はないのか?」
アウラエル「さて、子供と『子供になっていたかもしれない物』をどこで線引きするかによりますね。女たちが毎月排出する物、男たちがしばしば無駄撃ちするものを『子供』と呼ぶ方はいませんでしょう?」
一樹「それはそうだな」
アウラエル「私たちは魂が宿る前のごく初期の受精卵を使います。魂を冒涜するようなことはいたしません」
一樹「そうか」
いまひとつ納得がいかない部分もなくはない。
だが、この世界では魂の存在が認識され、それを元に基準があるようだ。
ならば俺がこれ以上追求するようなことでもないだろう。
一樹「それはよしとして、なぜ俺なんだ?鬼族用の薬なら、鬼族同士がよさそうな気がするが?」
アウラエル「あら、ではカエデさんにこう言った方がよかったですか?『だれでもいいから鬼族の男に抱かれて来い』と」
一樹「それはなしだな」
アウラエル「はい。それに妥協して主様になったわけではないのですよ。カエデさんも主様に好意を持っているようですし、薬を作るうえでも魔族の精は都合がよいのです」
一樹「俺の精?」
アウラエル「ええ。魔族はあらゆる人型種族と子をなせると言われています。それでいながら、子供には一切その因子を残さないのだそうです」
因子というのは遺伝子のことだろうか?
アウラエル「生まれてくるのは相手とまったく同じ体を持つ子供。歳の違う双子になるといわれています」
生まれてくるのは相手の女のクローンということか?
アウラエル「なので今回できる薬はカエデさんに最適化されたものになります。この薬は稀に服用後数時間から数日で死んでしまうこともあるのですが、今回のものはカエデさんならその危険はまずありません。近親者のクヌギ様も、そのリスクは非常に低いでしょう」
俺はこの世界で子供を残せないのか?
特に子供が欲しいと考えたことはなかった。
しかし、できないとなるとそれはそれで何か寂しい。
鬼族はなぜ角が生えている以外は日本人みたいな顔をしているんだ?
てっきり過去の転生者だか転移者だかの子孫だと思っていた。
現地種族と日本人の混血種じゃないのか?
アウラエル「主様?」
一樹「ああ、聞いている。俺は・・・子供を残せないのか?」
アウラエル「そうともいえるかもしれません。魔族はたいへん長命ですので、パートナーを再生産するためとも言われています」
一樹「それはまた随分と歪だな」
双子だろうがクローンだろうが中身は別人だろうに。
それにしても長命か、80年ってのはここじゃ長いんだろうか?
アウラエル「学者たちのただの想像ですわ。実際のところはどうなんです?」
一樹「わからん。『魔族』同士なら子供を作れるんだろうか?」
アウラエル「あいにくとそのような例は聞いたことがありませんね。子供ができたらぜひ教えてください。お祝いに伺いますわ」
一樹「分かった。そうしよう」
アウラエル「ところで、カエデさんの薬ができたら、ひとつおねだりしてもよろしいですか?」
一樹「なんだ?」
アウラエル「私の体にも主様の精を注いでくださいませ」
アウラエルが俺の胸に手を当てる。
一樹「そうだな、天使族用の薬もあったほうがいいな」
アウラエル「もう!それもいずれは作りますが、まずは主様の子供です。魔族の因子を継いでいなくとも、主様の精を受けて生まれた子供なら、二人の子供ということでよいではありませんか」
一樹「そうだな。そうかもしれない」
アウラエル「はい」
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後日、出来上がった秘薬『エリクサー』は無事決戦前に鬼族に届けられた。
結果から先に言えば、鬼族はバルバスたちの撃退に成功したという。
バルバスたちの陣地には、当然鬼族の見張りも張り付いていた。
奴らが動いたことはすぐに鬼族側の本陣にも伝えられた。
事前の用意も手伝って、村の手前にバリケードを築くことができた。
おかげで村への被害はほとんど出なかったらしい。
俺が少しばかり稼いだ時間も、いくらか貢献していると思いたい。
重症を負ったはずの聖騎士はなぜか五体満足で再登場したそうだ。
人間族には強力な回復魔法の使い手がいるということだろうか?
あるいは、向こうにも『エリクサー』があるのかもしれない。
聖騎士は再び一騎討ちを申し込んできた。
クヌギさんは仕切りなおしということで、その場でエリクサーを飲んだ。
敵の目の前で腕を生やして見せて度肝を抜いたそうだ。
激戦の末、クヌギさんが聖騎士に勝利する。
刃渡り3尺、全長8尺の大長巻で袈裟に両断したそうだ。
聖騎士を失った王国軍は総崩れとなり、ちりぢりに逃げて行ったらしい。
以上、カエデとカシからのまた聞きのまた聞きである。
そして俺は『領域』内で敗走するバルバス一行を待ち受ける。
様子見のために農兵を使い捨てにする男。
自分の体裁を取り繕うためだけに兵を無駄に死なせる男。
俺は今、初めて自分の意思で人を殺そうとしている。
一樹「バルバス!」
「魔族の下級兵」コスチュームで手ごろな岩の上からバルバスに呼びかける。
そういえばこの格好では「プライベート・ブラック」と名乗ったんだったか。
バルバス「追い払え」
数条の攻撃魔法が飛来し、俺の魔道防壁に弾かれる。
矢はさすがに尽きたのかもう飛んでこないようだ。
魔道師らしき男にちょっと強めの魔力の収斂を感じる。
人間にしては強いが、アウラエルには及ばない。
俺は敢えて魔法の発動を待ってやることにする。
一抱えほどもある炎の塊が、俺の防壁に当たって弾ける。
爆風が跳ね返って奴らの服をたなびかせる。
一樹「ストーンバレット!」
巨大な打製石器のような石の砲弾がバルバスを襲う。
3重の魔道防壁を砕き、馬上のバルバスの胴を引きちぎった。
一樹「ここは魔族の土地だ。二度と再び足を踏み入れるな」
そう言い捨てて俺は茂みの中に消える。
大将以外の兵を無駄に殺す必要はないだろう。
だが無為に死をばら撒く男を放置しておくのは危険だ。
また同じ惨劇を繰り返しかねない。
なにより奴が始めた殺し合いだ。
殺されても文句はあるまい。




