第33話 制圧
一樹「これよりこの地は俺の支配下に入る。もともと魔族の土地だ。返してもらうぞ」
俺は部屋に集まる男たちにそう宣言する。
ここは山脈の谷間にある開拓村の唯一の宿の食堂だ。
『鬼族討伐軍』の陣地だった所から少し南西に進んだ場所にある。
のんびり畑を耕しながら街づくりがしたかっただけなのにな。
なんだって開拓民たちを恫喝するはめになってしまったのか。
話はバルバスを成敗した日の夜にさかのぼる。
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アウラエル「早急にこの村を押さえなければなりませんね」
一樹「そういうわけにも行かないだろう?一応王国の国民の村なんだろう?」
アウラエル「領有を宣言した以上は、その地で好きにさせるわけにはいきません。早急に制圧し、防備を固める必要があります」
一樹「いや、そこまでしなくても。森に入ったら追い返すくらいでいいんじゃないか?」
アウラエル「そんな消極的でどうしますか!口先だけと思われては、今後は口頭での警告が意味を成さなくなります。そうなれば戦うほかありません。人が死ぬことになりますよ?」
力を伴わない警告は抑止力にはなりえないか。
力があってもブラフと思われれば、戦って力を示すしかなくなる。
一樹「それはそうだが、何を根拠にこの地の支配権を主張するんだ?」
アウラエル「主様はこの地の戦いに勝ったではありませんか?」
一樹「勝ったものが土地の支配者なのか?」
アウラエル「そうでないなら誰が支配するというのですか?私も暴力による奪い合いがよいとは思いません。しかし、証文や血統を振りかざしたところで、強いものが奪いに来れば奪われるのが現実です。弱き民に必要なのは強き支配者がもたらす庇護と秩序なのです」
正論なのかもしれないが、納得するのは難しい。
平和な国で育った俺は平和ボケしているのだろうか?
一樹「それなら野盗に支配された街があれば、そこは野盗の領土ってことか?」
アウラエル「極論を言えばそうなります。野盗すら排除できない者が領有を主張したところでなんになります?虚しく滑稽なだけではありませんか?」
一樹「そうかもしれないな」
正式な証文や血統があるだけでは土地の支配者とはいえない。
野盗がいるなら、それを駆逐して秩序を守ってこその支配者か。
アウラエル「支配権の根拠ということでしたら、この地は黒曜様というダンジョンマスターが支配されていたのでしょう?ならば対となるダンジョンコアがいたはずです。そしてなるみちゃんはその娘。ならばその地の支配権について、黒曜様を殺して奪った者たちよりよほど正当性があります」
一樹「なるほど、そういえばなるみがいたな」
なるみは少し前までこの地を支配していた者の娘だ。
アウラエルの言うとおり、相続権を主張することはできるだろう。
もっとも、同様の相続権を持つ姉妹がたくさんいるはずではあるが。
アウラエル「なにより、この開拓村の民を誰が守るのですか?王国軍は撤退し、ここは王国の勢力圏の外となりました。野盗や魔物たちに対し、魔界に取り残された彼らは無防備です。彼らには主様の庇護が必要です!」
一樹「そうか。しかし、『魔族』の支配を受け入れるだろうか?」
アウラエル「ある程度の強引さは仕方ありません。しかし、戦争で土地の支配者が変わるのは珍しいことではなりませんから、すぐに受け入れるでしょう」
一樹「そういうものか?」
アウラエル「はい。制圧は強引でも。主様ならばきっとよい治世をなさり、民も幸せになることでしょう。それとも、このまま彼らが野盗に蹂躙されるのを待ちますか?野盗が相手ならば遠慮なく戦えるでしょうし、民も主様を村の恩人とあがめるでしょうから、その方が都合がいいという考え方もできますが」
一樹「わかった。すぐに制圧しよう」
アウラエル「はい、それでこそ主様です」
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開拓村へはジェシカとエイミーを連れて3人で入った。
人間族風ガーディアンを引き連れていた方が村人もなびき易いだろう。
交渉ごとはアウラエルのほうが得意だろうが、今回はやめておく。
俺たちの黒髪・黒目はこの地では『魔族』の特徴とされているらしい。
つまり俺は『魔族』で、人類の敵というわけだ。
実際、今まで会った連中で鬼族以外は俺を見るなり殺しに来た。
そんな俺が村の支配者になるなんて話がすんなり通るはずもない。
そして今回は時間が限られていて、じっくり話し合いもできない。
となると、ある程度強引にねじ伏せる必要が出てくるだろう。
そして俺と逆にアウラエルたち天使族は人間族からの受けがよい。
今後は渉外担当として大いに活躍してもらうことになるだろう。
いいイメージを損なわないためにも、荒っぽい場面には出せない。
男「あとから出てきて勝手なこと言ってんじゃねぇよ!」
一樹「あとから出てきたのはお前たちのほうだ。ここはもともと魔族の土地だったのは知っているだろう?」
男「だからその魔族を俺たち人間族がぶっ殺して手に入れたんだろうが!」
一樹「ほう。では土地の支配者を殺せばいいわけか?それがお前たちのルールなのだな?だれを殺せばいい?そこの村長か?バルバス男爵ならもう殺したぞ」
住民たちにざわめきが走る。
男「男爵なんかじゃねぇ!この土地の支配者は国王様だ!お前に殺せるのかよ」
一樹「国王を殺せとは、とんだ臣民もあったものだな。それで、この村に王国騎士はいるのか?」
男「あん?」
王国騎士がこの村に居ないのは確認済みだ。
一樹「魔王様と違って人間族の王は特段強いわけではないのだろう?代わりに王国騎士が王の剣となって戦うと聞いたが違うのか?」
男「ああ、そのとおりさ。騎士様は王都に山ほどいるぜ。がんばって倒してきなよ」
一樹「ここに居ないのならばよい。剣も弓も届かぬ場所に居る王国騎士がどうやってお前たちを守るというのだ?この地に侵入していた王国軍も敗走した。この地はもはや王威の及ばぬ場所。再び魔族の支配下に戻ったのだよ」
男「なーにが支配者だ!魔族なんてここに住んでただけだろうが!」
一樹「なるほど、では住民を殺して奪うのがお前たちのルールというわけか。ならお前たちを全員殺せばいいのか?」
男「やれるもんならやってみ・・」
男の首がごろりと床に転がる。
体は崩れ落ち、赤い水溜りが広がっていく。
ジェシカは血振りをして剣を布切れで拭った。
一樹「これでいいのか?」
場が荒れるのは避けようがない。
流血なしに話を進めるのは不可能だろう。
ならばせめて派手に殺そう。
最小限の死が、確実にメッセージを届けるように。
一樹「もう一度確認するぞ。住人を殺せばその土地を奪えるというのがお前たちのルールということでいいんだな?気は進まないが、それでお前たちが納得できるのなら付き合ってやろう。さて、他に土地の所有を主張するものはいるか?」
村長「お待ちください。あなた様に従います」
一樹「けっこう。他の者もそれでよいか?異議のあるものは手を挙げよ」
住民たちを見渡してしばし待ってみる。
一樹「異議はないようだな。俺に忠誠を誓い、俺の指示やルールに従って生きるならこの地に残ってよい。従えない者は3日以内に出て行け」
村長「出て、よいのですか?」
一樹「そうだ。俺に従えない者をこの地に住まわせる気はないが、無為に殺す気もない。お前たちは今のところ王国の国民なのだろう?王国軍は撤退し、この地は魔族の手に戻った。お前たちが今後も王国の国民でありたいなら、王国の勢力圏まで移動するといい」
住民たちが顔を見合わせる。
村長「さきほどおっしゃったルールというのはどのようなものでしょうか?」
一樹「詳細はおいおい詰めていく事になるが、まず俺の許可なく木をきるな。それと土地の個人所有は認めない。すべて俺たちの土地だ。家や店、畑を使いたい者は賃料を払え。あとはまあ、殺すな、盗むな、犯すな。働いて税を払え。大筋はそんなところだ」
村長「なるほど、王国の法とそう大きな違いはないようですな。税はいかほどでしょうか?」
一樹「それもおいおい調整していくことになると思うが・・・。そうだな、さしあたり商売をする者は売上の1割を税として納めよ。売上を日々記録して月ごとに税金と共に提出するように」
たしか地球では諸経費を引いた利益の2〜4割が相場だったか?
仮に粗利3割に対し2割を課税したとしても売り上げの6%。
売り上げの1割は取り過ぎだろうか?
しかし、俺には経理や税制の専門的な知識はない。
この世界で経理の記録がどの程度浸透し、どの程度統一されているかも不明。
監査の制度も人手も足りない。
極力単純化すべきだろう。
村長「1割でよいのですか。では、人頭税はいかほどでしょうか?」
1割はむしろここでは少ないのか?
考えてみれば、売り上げの1割では消費税程度にしかならない。
まあ、経費との兼ね合いでおいおい調整していこう。
それはそうと人頭税か、あまり馴染みのない言葉だ。
社会保険料とかインフラ利用料みたいなものだろうか?
一樹「今まではいくらだったのだ?」
村長「成人が銀貨2枚、子供が銀貨1枚を毎月納めていました」
一樹「ここでは何歳を成人としている?」
村長「15歳でございます」
一樹「ではひとまず成人は銀貨2枚、子供は無料で様子を見よう」
村長「おお、それはありがたい。では、土地の利用料というのはいかほどになりましょう?」
一樹「それは場所や面積によって個別に定めよう。あまり大きな負担にはならぬようにするつもりだ」
村長「ありがとうございます。土地の利用料にもよりますが、税の負担は王国よりかなり軽くなりそうですな」
一樹「街の維持費用とのバランスを見ながら調整することにはなるがな。だが、できるだけ王国よりは軽くしたいと思っている」
村長「ありがとうございます」
暴力と税負担軽減による飴と鞭がうまく働いているようだ。
住人たちは俺に従うという方向でまとまりそうな雰囲気。
この雰囲気のままで話を締めくくるのが得策だろう。
しかし、・・・・。
一樹「だがいいのか?俺は魔族だ。今後人間族と戦争になるかもしれないぞ」
皆が視線を逸らしていた死体が再び存在を主張し始める。
村長「戦禍を避けてすでに多くのものがこの村を去っていきました。残っているのはほとんどが行く当ての無い者ばかりです。それに春ならば人足としてどこかにもぐり込む事もできましょうが、これから冬を迎えようという時期に難民を受け入れてくれる街はそう多くはありません。どうか、ここに住まわせてください」
既存の街に居場所がなくて開拓村に来たものも多いというわけか。
他に選択肢がなくて嫌々俺に従うというのであれば火種になりかねないな。
一樹「なるほど。ここに居る間はおとなしく俺に従い、きちんと税を納めるのなら、春以降にここを出て行ってもかまわない。ただし、出て行くときは事前に村長を通して申し出るように」
村長「わかりました、皆にはそのように伝えておきます」
一樹「頼んだ。村長はここに残る者のリストを作っておいてくれ。名前と性別、生年月日と職業を書いて、本人の直筆の署名も頼む」
村長「かしこまりました」
一樹「では3日後にまた来る」
話がまとまったことで部屋の中の空気が緩む。
そのとき、奥の部屋から小さな影が飛び出してきた。
4~5歳だろうか?俺を、いや、ジェシカをキッと睨み付ける。
幼女「ごはんかえして!」
女「すみません!この人たちは違うのよ。すみません」
追いかけてきた女が慌しく幼女を抱えて奥の部屋に引っ込んでいく。
一樹「村長、何があった?」
村長「すみません。その、王国の兵どもと間違えたようですな。やつら、食料の備えをごっそり持って行っちまいまして」
一樹「冬は越せそうなのか?」
村長「どうでしょうな。どうしたものか思案しているところです」
一樹「それは困ったな。支援してやりたいところだが、俺たちもやつらに食料を焼かれてあまり余裕がないのだ」
村長「そうですか。本当に困ったやつらですな」
一樹「まったくだ。この村は、商人の出入りはあるのか?」
村長「ええ、週に1度程度ですが、日用品など持ってきますね」
一樹「では、金があれば食料は手に入るわけだな?」
村長「ええ、おそらくは」
シュバルツからの贈り物と冒険者たちの落し物で、そこそこの蓄えはある。
一樹「なるみ、金貨を100枚ほど持ってこれるか?」
なるみ「だいじょうぶ。ちょっと待っててね」
一樹「頼んだ」
突然宙に向かって話し始めた俺を村長が怪訝そうに見る。
一樹「支援金として金貨100枚を預ける。それで冬を越せるか?」
住民たちから歓声があがる。
奥の部屋に隠れているらしい女たちの声も聞こえてきた。
村長「はい。なんとか、やってみます」
なるみ「呼ばれて飛び出て・・って、重っ!」
突然出現したなるみの姿にどよめきが起こる。
俺は金貨袋を拾い上げてテーブルの上に載せた。
今日のなるみは黒のレザービキニ姿だ。
背中には蝙蝠風の小さな羽根、お尻には尻尾を生やしている。
なるみなりの『魔族』コスチュームということだろうか?
村人たちの目もあるので今日は突っ込まないことにする。
一樹「購入した品目と値段を記録してあとで提出するように」
村長「承知しました。ありがとうございます」
なるみ「どういたしまして!」
村長「ありがとうございます、えーと・・」
なるみ「なるみちゃんです」
村長「ありがとうございます、なるみ様」
なるみ「なるみちゃんです」
村長「・・・なるみちゃん」
なるみ「うん、よろしくー!」
村長「はい、よろしく」
一樹「なるみ、ありがとな。先に帰っていてくれ」
なるみ「むぅ、用が済んだらすぐ帰れだなんて、なるみを都合のいい女扱いですか」
一樹「どこでそんな言葉を覚えた!?」
住民たちからくすくすと笑い声が起こる。
資金援助の流れから、雰囲気が和らぎ始めている。
なるみ「だいたい、なるみの今日のコーデになにかコメントはないの?」
一樹「ああ、うん。かわいいんじゃないか?」
なるみ「うむ、よろしい!」
住民たちからどっと笑いが沸き起こる。
一樹「っつか、俺ももう帰るところだから。じゃあ、村長、頼んだぞ」
村長「かしこまりました」
一樹「なるみ、帰るぞ」
なるみ「はーい。まったねー!」
住民たちがなるみにひらひらと手を振り返す。
俺は血の臭いの充満した部屋を後にした。
想像していたよりはすんなりと話が進んだな。
今まで会った人間は俺を見るなり殺しに来るやつらばかりだった。
全員がそうというわけでもないということか?
それとも単に彼らに戦う力がなかっただけだろうか?
進軍ルート上の開拓村と食糧不足の王国軍。
食料の徴発とそれによる王国への反発があるだろうことは予想できた。
そこへ俺たちの資金援助と王国より軽い税負担の提示。
これだけの材料があれば、もっとやりようはあったかもしれない。
『魔族』への忌避感はもっと強いものだと思っていた。
それとも、あれは『見せしめ』があったからこその反応だろうか?
それとも、アウラエルに任せておけばもっとうまくまとめてくれたのか?
それとも、・・・。
済んだ事に仮定の話をしても仕方がないか。
短時間で確実に話をまとめる必要があった事実に変わりはない。
あの男が戦う意思を見せたことも事実だ。
反省はするにしても、済んだ事は飲み込んで前に進むしかない。




