第29話 夜襲前夜
鬼族から提供された地図をなるみに読ませ、『領域』管理アプリに反映させる。
丁寧に書かれた地図だが、手書きではやはり精密さにやや難がある。
俺の『領域』やダンジョン情報を隠した画面をカシに見せて確認してもらった。
見せたのはコアルームではなく、山頂の屋敷の中の執務室だ。
ここにもサブのインターフェース一式を用意してある。
当然だが、俺以外が触っても操作できないようロックはかけてある。
カシが鬼族の『聖域』の範囲をどこまで正確に把握しているかは分からない。
把握していたとしてそれを正直に話すかどうかも分からない。
だが、ここで重要なのは鬼族側のチェックを通したという事実だ。
カシのチェックに基づいて、なるみが『領域』管理アプリを微調整する。
そして『聖域』からの10町ラインに沿って『領域』を拡張していく。
敵陣地近くで少し南に折れ、『領域』を敵陣南端にかぶせた。
先日の戦闘でやられた数体のゴブリンを補充する。
敵陣近くまで移動し、適当な茂みに潜んでおくよう指示した。
加えてゴブリンメイジも10体、リッチもどきも1体召喚しておいた。
騒動を起こして敵を寝不足にする程度なら十分な戦力だろう。
さて、徒歩のゴブリンたちが向こうに着いたら作戦開始だ。
それを待つ間、俺は平常心を保つためにも野良仕事でもするとしよう。
戦争だろうとなんだろうと、食糧生産を止めるわけにもいかない。
一人分の食糧生産に必要な耕作面積ってどれくらいだろう?
意外と狭くて済むと聞いたことがあるが、1アールとかだろうか?
鬼族の避難民がいつまでここにいるか分からない。
今から村を取り戻すにしても、居住環境を整えるには時間がかかるだろう。
鬼族の避難民+世話役が現状68人、仮に1人1アールとして68アール。
耕作地として伐採済みの土地が30アールほどだから、まだ倍以上必要だ。
森を切り開くごとにダンジョンが得られる魔力が減るのは痛いが仕方ない。
野良仕事が一段落すると、俺はいつものように拠点でシャワーを浴びる。
そしてそこに女性型ガーディアンのだれかが入ってくるのがいつものルーティン。
さて、今日は誰が入ってくるのやら。
一樹「どうぞ」
浴室のドアをノックする音に返事をする。
現れたのは、小さなタオルで前を隠したカエデだった。
彼女は魔法で生み出したガーディアンではなく、普通の女の子だ。
一樹「えーと、どうした?」
カエデ「その、背中を流してやろうと思ってな。いつも世話になっているし、皆もやっているということだし」
一樹「そうか。えっと、無理はしなくていいんだぞ?」
カエデ「だ、大丈夫だ。問題ない」
一樹「そうか。えーと、背中を向ければいいのかな?座るか?」
カエデ「いや、こっちを向いたままでいい。やり方はアウラエル殿からきいた。いつもどおりでいい」
一樹「そ、そうか」
カエデはおずおずと俺の両脇から背中に手を伸ばす。
体を密着させることにはまだ戸惑いがあるようだ。
カエデ「一樹、私の背中も洗ってもらえるか?その、下のほうまで全部だ」
一樹「ああ、分かった」
石鹸でぬるぬるになりながら俺たちは互いの体を洗いあう。
全身を隅々まで、互いの手でやさしく揉みさすっていく。
カエデ「一樹、抱いてくれ」
一樹「いや、いいのか?」
カエデ「ここまでやっておいて何を言っている。もはや他所には嫁にいけぬ。お前の精をしっかと注ぎ込んでくれ」
一樹「精?」
言われてみれば尤もだ。
むしろ洗いっこだけで終わっていた今までのほうがおかしい。
しかし、いきなり子作りに話が飛ぶとは思っていなかった。
クヌギさんにどう説明したものか?
カエデ「今さら否とは言うまいな?」
答える代わりにカエデの腰を抱き寄せる。
ここは心を決めるしかないだろう。
据え膳食わぬはなんとやら、だ。
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カエデ「しかと精を注いだか?」
一樹「ああ、注いじゃったよ」
カエデ「よかった。これで父上も助かる」
クヌギさんが助かる?何の話だ?
一樹「それはどういう意味だ?」
カエデ「黙っていてすまない。実は父が戦場で手傷を負ったのだ」
一樹「大丈夫なのか?」
カエデ「命に別状はない。しかし、左腕は切り落とさねばならなかったそうだ」
一樹「そうか。でも、命が無事でよかった」
カエデ「ああ。だが父は『鬼神の加護』を受けた鬼族最強の戦士でもあるのだ。それが片腕を失った状態では鬼族の里を守るのが難しくなってしまう」
司令塔にして最大戦力でもあるというわけか。
2mを軽く超える体躯だけでも脅威だが、強そうな加護もあるのか。
並の人間では近づくことすら難しそうだ。
一樹「何があったんだ?」
カエデ「敵の『聖騎士』が一騎討ちを申し込んできたのだ。神の加護を受けた戦士だそうだ。鬼族といえど、奴らの相手ができるものは少ない。だが、『鬼神の加護』を受けた父なら勝てるはずだった。なのに、やつらは一騎討ちの最中に矢を射掛けてきたのだ」
カエデの指が俺の腕に食い込む。
カエデ「矢を払う一瞬の隙をつかれて腕に切り付けられたそうだ。父上も負けじと切り返して相手に深手を負わせて勝負は流れた。そのまま敵を追い返しはしたものの、父は片腕を失った」
一樹「そうか。それは残念だったな。それで、話を戻すが、それとこれとはどう繋がるんだ?」
カエデ「アウラエル殿が言うには、私が一樹の精をこの身に受ければ、鬼族用の薬が作れるそうだ。それならば父の腕も治ると」
一樹「ではその薬のために?」
カエデ「すまぬ。先に言えば、その、一樹のアレが、立たぬかも知れぬと言われてな」
確かにその可能性は否定できないな。
カエデ「事を急いだのは薬の為だが、一樹のことを好ましく思っているのは本当だ。いやいや抱かれたわけではないぞ」
一樹「そうか、それならいい。むしろ役得だな」
カエデ「そういってもらえるとありがたい。では、当面は毎日頼むぞ」
一樹「毎日?」
カエデ「一度ではうまくいかぬこともあるらしいのだ。だが確認できるまで数日かかる。今回は急いで用意せねばならぬから、確認を待っている暇はないのだ」
受精卵を使った再生医療ということか?
いろいろと気になる点はあるが、その辺は魔法で解決ということだろうか。
一樹「了解した。なら、明日もこの時間でいいか?」
カエデ「分かった」
一樹「なら、今日はあがるか」
カエデ「そうだな。だが腰の辺りがべとべとだぞ。一樹、洗ってくれ」
一樹「かしこまりました、お姫様」




