第2話 隣人
男「街か。俺も考えなかったわけじゃないが、けっこう難しいと思うぜ」
色とりどりの花たちが咲き乱れる美しい花園。
シンプルな造形ながらもおしゃれな白塗りのテーブルセットが据えられている。
かわいらしい小さな椅子には、ラフな普段着に身を包んだ2人の男が腰掛けている。
男「やるってんなら応援はしてやるけどな」
この男の名はシュバルツ。
隣接するテリトリーのダンジョンマスターだ。
どう見ても日本人なのだが、本人曰く「地球での名は捨てた」ということだ。
一樹「お前も難しいと思うか」
シュバルツ「正直言って気はのらねぇな。ダンジョン表層の住人が、ダンジョンコアに手を出さない保障はあるのか?それに、今のところ人間どもの勢力圏は山脈の西側までだが、おまえんとこに街ができれば、東側にやつらの拠点ができるってことだ。下手すりゃ俺のとこまで危うくなる」
丁寧に均された石畳をワゴンが進む音がかすかに響く。
押しているのは大胆なビキニ姿の女の子。
レースのヘッドドレスと、小さな半円形のエプロンがかろうじてメイドと主張している。
シュバルツ「森に手を出すなって言い聞かせるのも大変だよな。『樹なんて勝手にいくらでも生えてくる』『ゴミなんて勝手に土に還る』そんな認識を改めるのに、地球人は何百年かかったよ?」
小気味よい音を立てながら、花柄のかわいらしいカップに紅茶が注がれる。
湯気とともに立ち昇る香りがここちよい・・・はずなのだが、前かがみの姿勢で強調される胸の谷間がどうにも気になる。
一樹「そうだな。森を丸坊主にして公害に苦しむのも、ひょっとしたら人類に必要なステップなのかもしれない。けど、それじゃ時間がかかりすぎる。そのころにはダンジョンコアは死滅しているかもしれない。森を誰かの所有地ってことにして、『ここは俺の土地だから手を出すな』って言うほうがずっと手っ取り早い」
シュバルツ「実際、俺たちは自分とこの森を守りたいだけだしな」
一樹「ああ。そのためには『モンスターの縄張り』から『人間の所有地』にしないといけない」
シュバルツ「そのために街を作り、お前が領主になるってわけか」
シュバルツはカップを摘み上げて紅茶をすする。
俺もカップに手を伸ばしたが、取っ手が小さすぎて指が通らない。
仕方ないので同じように取っ手を摘んで飲んだ。
微かな甘みを含んだ優しい味わいだ。
シュバルツ「そうすると、一番の問題はお前の容姿だな」
思わず紅茶を噴いた。
一樹「ひでぇな。そりゃイケメンとは言わないけどよ」
シュバルツ「いや、悪い。そうじゃなくてさ、黒髪、黒目のことさ」
一樹「こっちじゃ珍しいのか?」
シュバルツ「ああ。それどころか、魔王やその眷属の特徴ってことになってる。この姿で人間と付き合うのは大変だぜ」
一樹「魔王か。そういえば、この辺りは『魔界』なんだよな?魔王の領地ってことか?」
シュバルツ「領地って言うか勢力圏かな?一番強いダンジョンマスターが『魔王』になるわけだが、ダンジョンマスターってのはだいたいが個人主義の引きこもりだからな。別に統治してるわけじゃない」
ビキニのメイドさんが手早くテーブルを拭く。
どうにも胸の谷間が気になってしまう。
一樹「あ、すいません」
メイド「いえ、お気になさらず」
風俗店みたいな格好に不似合いなまぶしい笑顔に思わずうつむくと、再び胸の谷間が視界を埋める。
なんなんだよ、このコンボ!
シュバルツ「開拓団のリーダーが領主になることはたまにあるらしいが、人間どもの国王が黒髪・黒目を領主と認めるかは怪しいな。仮に領主になれても、周囲の森の領有までは認めないだろう」
一樹「魔王領の地方領主って立ち位置は難しいか?」
シュバルツ「それが一番現実的な線だろうな。とりあえず、勝手に名乗る分には問題ないと思うぜ。人間どもと争いになったときに魔王軍に動いてもらえるかは分からんがね」
一樹「人間との争いか・・・。大々的に領有を宣言すれば、やっぱ反発もあるよな」
シュバルツ「間違いない」
一樹「魔王様か、援軍頼めるかな?」
シュバルツ「どうだろうな?さっきも言ったが、ダンジョンマスターってのは基本的にひきこもりだ」
一樹「そうか。どんな人なんだ?」
シュバルツ「ノワールって女だ。日本人だよ」
一樹「えっと、俺もブラックとか名乗ったほうがいいのか?」
シュバルツ「ははっ、好きにすればいい」
メイド「どうぞ」
メイドさんがナッツの練りこまれたクッキーを持ってくる。
焼き立てなのか、いい香りがたまらない。
一樹「いただきます」
うまい。
こっちへ来てから初めて人間らしいものを食べた。
まるでおいしさが全身に染み渡るようだ。
いや、気のせいではない。
ダンジョンコアから魔力を受け取ったときとよく似た感覚。
一樹「すごいな。魔力増幅効果付のクッキーか」
シュバルツ「いや、ただのクッキーさ。そんだけ喜んでもらえたなら研究させた甲斐があるってもんだ」
一樹「ああ、実際すごいうれしいよ。けど、この魔力はなんなんだ?」
なにやら会話がかみ合っていないような?
シュバルツ「聞いてないのか?俺たちの体では喜びや怒りに反応して魔力が生成される。通常なら『魔力パス』を通してダンジョンコアに送られるんだが、お前は今『魔力パス』が伸びきってるから体に停滞してるのさ」
一樹「そうだったのか」
ダンジョンマスターは『魔力パス』を通じてダンジョンから魔力の供給を受けられる。
これによりダンジョン内では常人の数倍の身体能力を得られるのだ。
マスター側も食事でいくらか魔力を生成できるとは聞いていたが、感情の件は知らなかった。
女「ご歓談中失礼いたします」
合成音を思わせる、どこか無機的な硬さを含む声がした。
入ってきた女性の姿にまたしても紅茶をふきそうに何とかこらえてむせた。
水着と言えるのかもあやしいひし形の紐が、かろうじて大事な部分を隠している。
耳があるはずの部分からは帯状のアンテナのようなものが生えている。
さっきのメイドさんとは対照的に表情は硬い。
女「シュバルツ様、冒険者が1組侵入いたしました」
シュバルツ「手ごわそうか?」
女「現在入っている情報を見る限りでは脅威ではありません。3層までで撃退可能と思われます」
シュバルツ「わかった。4層まで進みそうなら教えてくれ」
女「了解いたしました。失礼いたします」
シュバルツ「待て。一樹、うちのナビゲーターアンドロイドだ。スズネと呼んでいる」
スズネ「よろしくお願いいたします」
一樹「よろしくお願いします」
ナビゲーターアンドロイド?
なるみは人型なんちゃらインターフェースとか言ってたが。
シュバルツ「スズネ、冒険者どもの映像を出せ」
スズネ「イエス、マスター」
ブゥォンッという一昔前のSFじみた音ともに、中空に映像が現れる。
4人の若い男女が洞窟の中で小さい人型の何かと戦っているようだ。
たしか召喚アプリにも似たようなのがいた気がする。
シュバルツ「1層目はゴブリンだ。食い物で誘導して住み着かせた。武器はふつう石斧や石槍なんだが、こいつらには鉄の武器を与えてある」
画面上の戦いは冒険者が優勢のようだが、表情からはあまり余裕が感じられない。
ゴブリンは俺の知るファンタジーでは雑魚キャラだったが、この世界では違うのか?
それとも、鉄の武器の効果だろうか?
シュバルツ「スズネ、2層を映せ」
スズネ「イエス、マスター」
さっきより少し高い音ともに画面が切り替わる。
薄暗い洞窟には、ぱっと見る限りでは何も居ないようだ。
シュバルツ「2層目と3層目は大ねずみに毒蛇、スライムとコウモリだな。たまに動物の死体を投げ込んでおけばねずみとスライムが住み着く。ねずみを狙って蛇も住み着く。コウモリは勝手に住み着いた。ついでに毒蜘蛛タイプのガーディアンもこっそり忍ばせてある」
改めて洞窟をみると、足元はでこぼこで、壁面にも小さな横穴がいくつもあるようだ。
そこら中に毒蛇や毒蜘蛛が潜む中を進むのはかなりのストレスだろう。
一樹「なかなか嫌な構成だな。蜘蛛の毒は強いのかい?」
シュバルツ「いや、1週間ほど腫れて痛がゆいだけだな。致死毒は4層以降だ」
一樹「なるほど、手加減はしてるわけだ」
シュバルツ「3層までは手土産代わりにちょこちょこアイテムも置いているが、4層以降はアイテムなしでひたすら致死トラップと強敵のオンパレードさ。警告は4層まで、5層以降はガチで殺しに入る」
アイテムを渡すことで「一定の成果」を与え、冒険者が撤退しやすい空気を作ろうということだろうか。
シュバルツ「今のところ最高記録は6層目到達までだな」
一樹「6層目か。ちなみに何層目まであるんだ?」
シュバルツ「そいつは防衛機密だな」
一樹「そりゃそうか、悪い」
シュバルツ「いいさ」
一樹「・・・なあ、脅かして追い返すんじゃ駄目なのかな」
シュバルツ「短期間ならそれでもいいかもな。ただ、死人が出なけりゃすぐになめられるようになる。覚悟決めたほうがいいぜ」
一樹「・・・・・。」
シュバルツ「やつらはこっちを殺しに来てるんだ。遠慮することぁねえよ」
一樹「・・・そうだな」
シュバルツ「・・・・。一樹、土産をやる。ついて来い」
一樹「いや、いいよ。いろいろと情報ももらったしね。参考になった。それで十分さ」
シュバルツ「いいから受け取っておけ。一応見知った相手だしな、あっさり死なれても寝覚めが悪い」
一樹「やっぱり危険なのか?」
シュバルツ「ああ。冒険者どもに、場合によっては周りのダンジョンマスター。後はこの辺だと鬼族やエルフなんかも危険だな」
エルフって危険なのか?
シュバルツ「しかし、新人マスターのお前はまだ大した防備も調えられてないだろ?」
一樹「返す言葉もない」
シュバルツ「というわけで、先輩の俺がちょいと面倒みてやろうじゃないの」
一樹「悪いな。けど、正直助かる。こっちのダンジョンが軌道に乗ったらちゃんと返すよ」
シュバルツ「気にすんな。スズネ、第3倉庫だ」
スズネ「イエス、マスター。一樹様、ご案内いたします」
一樹「お願いします」
ビキニのメイドさんたちに見送られながら花園を出る。
先導するスズネさんの服(?)は、ウエストの両脇に輪っかがついている。
そこからおしりに向けてV時に帯(紐?)が伸びている形だ。
なんとも目のやり場に困る。
程無くして、エレベーターらしきドアに着いた。
両脇に控えているのはビキニアーマーに身を包んだ衛兵だ。
スズネがドアの前に立つと、特に操作をすることもなくドアが開いた。
スズネ「どうぞ」
促されるままに小部屋に入ると、エレベーターは下降をはじめる。
一樹「なんというか。えらい趣味的な格好させてるんだな」
シュバルツ「そうだな。まあ、人形相手に遠慮する必要もないだろ?」
一樹「人形か」
シュバルツ「ああ。お前も遠慮なく見ていいんだぜ?」
一樹「そ、そうか」
シュバルツ「・・・・魔王様にゃずいぶん嫌われちまったみたいだけどな」
一樹「はは、そりゃあ、そうだろう」
シュバルツ「昔のことさ。今は女の来客用に、普通のエプロンドレスなんかも用意はしてある」
一樹「できれば今度から俺のときもそっちでお願いしたい」
シュバルツ「面倒だから却下」
チンッという聞き慣れた音とともにエレベーターが止まる。
ドアが開くと、少し開けた空間があり、正面には大きな両開きの扉が2つ見える。
それぞれの扉の両脇には、やはりビキニアーマーの衛兵が立っている。
等間隔に並ぶ4人の衛兵は、よくみるとまったく同じ顔をしている。
スズネ「こちらです」
向かって右側の扉に向かうと、両脇の衛兵が扉を開いた。
シュバルツ「とりあえず金かな。冒険者どもの忘れ物だ。全部やるよ」
一樹「いや、さすがに現金はもらえないよ」
シュバルツ「気にすんな。どうせ俺は使う機会もないんだ。けど、お前には必要だろ」
一樹「まあ、そうだな」
街を作るためにこの地の人間と関わっていくなら、現金は確かに必要だ。
シュバルツ「あとは、この辺の剣かな。ゴブリンが住み着いたら与えてやるといい。なまくらだが地味に役に立つ」
一樹「なるほど、それも助かる」
シュバルツ「あとでお前んとこ届けてやるよ。そっちはまだ運ばせる配下も居ないだろうからな」
一樹「至れり尽くせりだな」
シュバルツ「よし、次は第2倉庫だ」
第2倉庫は、すぐ隣の扉だった。
第1倉庫はまた別のフロアということか。
シュバルツ「まずは宝石かな。装飾品もそうだが、魔道具を作るのに必要だ。街を作るっていうなら『翻訳の腕輪』が必要だろう」
そういえば、異世界だって言うのにこっちに来てからずっと日本語だ。
一樹「ノワールさんも日本人って話だったな」
シュバルツ「ああ。けっこう美人だぜ」
一樹「俺もお前も日本人、魔王様も日本人。ダンジョンマスターってのはみんな日本人なのか?」
シュバルツ「いや、金髪の男も一人居たよ。言葉が分からなかったからそれっきり会ってないけどな。まあ、さっきも言ったがダンジョンマスターってのは引きこもりが多い。顔も知らんやつがほとんどさ」
一樹「それでも、わざわざよその宇宙から連れてくるって割には偏ってるよな」
シュバルツ「都合がいいんだろ、いろいろとな」
一樹「それはどういう・・・」
シュバルツ「『翻訳の腕輪』の素材はこれでいいはずだ。ナビゲーターに渡すといい」
一樹「そうか、ありがとう」
『翻訳の腕輪』は金髪のダンジョンマスターには使えなかったのだろうか?
シュバルツ「剣と小銭は明日にでも届けてやる」
一樹「悪いな、本当に助かる」
シュバルツ「気にすんなって!お前んとこがやられたら次は俺が危ないんだ。せいぜい丈夫な盾になってもらわなきゃな」
一樹「それが本音かよ!」
シュバルツ「ははっ。人間どもにぶち殺されなぇように、せいぜいがんばりな」
一樹「ああ、お前もな」
シュバルツ「おう!スズネ、出口まで案内してやってくれ」
スズネ「イエス、マスター。一樹様、ご案内いたします」
一樹「お願いします。じゃあな、シュバルツ。またな!」
シュバルツ「またな!」
俺はここ数日、ずっとダンジョンの『領域』拡張を続けてきた。
その結果、俺たちのテリトリーはシュバルツのテリトリーと隣接している。
スズネさんはその境界線のところまで案内してくれる。
さっきは直視できなかったスズネさんのおしりを、ぼんやりと眺めてみた。
一樹「『人形』に『人間ども』か。どうも、慣れないな」




