第30話 後日談 紅茶の魔女の優雅なる窓際ライフ
――数年後。
魔法大国シュトラ王国。
長く続いた先の大戦争から、十五年あまり。
咲き誇る平和を謳歌しているシュトラに、鐘が鳴る。
りんごん、りんごん、鐘が鳴る。
今日は特別な日だ。
王国中から集まった王侯貴族が着飾って、街の誰もが浮かれている。
――新しきシュトラ女王、ステラ・ミラ・エスタシオの即位式である。
「おはようございます、女王陛下」
シュトラ王国の誇る宮廷魔導師団を代表して、魔導師が女王陛下に朝の挨拶を申し上げる。
バリアン・メラ・ドゥランダル。
かつて、まだ少女だったステラに求婚を画策したのは遠い昔。
いまだ仕事一筋で、浮いた噂のひとつもないカタブツである。
背後に、四神の名を冠する宮廷魔導師団の各班、青龍班、朱雀班、白虎班、玄武班の長を従えて悠然と立っている。
それに応えて、新たな女王となる乙女は微笑んで挨拶をする。
「ええ。おはよう、【爆焔の魔導師】」
「青龍班班長、ディル・マックィンが申し上げます! 本日の式典の準備は半刻後に始まりますので、それまでには必ずお部屋にお戻りを」
「わかったわ、ありがとう。【子守唄の魔導師】」
「何かあればすぐにお声掛けを。本日は城中に近衛兵団と朱雀班の魔導師が控えております」
「ええ、ありがとう」
若きシュトラの新女王、ステラは微笑んで魔導師たちを送り出す。
ステラの朝は、これから始まる。
薔薇と百合の咲き誇る、シュトラ城の美しき中庭。
生垣で編まれた香り高い迷路。
その、奥の奥。
迷路の外れ。
片隅にひっそりと置かれている、小さなティーテーブル。
そこが、ステラの秘密の場所だ。
りんごん、りんごん、鐘が鳴る。
新しき女王の道に、紅き薔薇の咲き誇らんことを。
祝福の鐘が、鳴り響く。
ステラは駆ける。
彼女の待つ、あの中庭へ。
「レミィ!」
「あらあら、おはよーございます。女王陛下」
ステラは愛しい背中に抱き着く。
朝の挨拶だ。
紅茶色の髪に鼻をうずめて、「おはよう」と囁く。
ティーポットを持って溜息をつく彼女は、シュトラ王国宮廷魔導師団【紅茶の魔女】、レミィ・プルルス。
この国一番の戦闘力を有する魔導師――ではあるものの、本人はそれをひた隠しにし【窓際族同盟】を気取っている。
彼女の魔法ができること、それは『紅茶をおいしく淹れる』。
ただ、それだけ。
絶品の紅茶や薬草茶を片手に、王侯貴族を相手取り、日々のお茶会を取り仕切っている。
……まぁ、他にも漢方茶を使っての解毒に王族の体調管理、紅茶を操っての王城の防衛、やたらとキナ臭い広い人脈を駆使した諜報活動などなどなど。
同じ【窓際族同盟】のひとり、中庭に綺麗な花々を咲き誇らせる魔法を使う【庭園の聖女】アリシアとともに、シュトラの繁栄の陰に日向に活躍している女傑である。
「まぁ! レミィのいじわる。『女王陛下』だなんて、他人行儀すぎるわ」
「いやいや、事実でしょ。今日はあなたの即位式なんですよ?」
「でも、いつもみたいに『おてんば姫』とか『じゃじゃ馬姫』とか呼んでほしい」
「もう姫じゃあないでしょうに」
「でも、いつまでも私はレミィの姫でいたいのだけれど?」
「もう、どっかの魔本使いみたいなこと言わないでくださいよ……今は良いかもしれませんけど、いい年して『紅茶姫』とか呼ばれるのけっこうキツいんですけど?」
「あら、レミィだってお姫さまよ?」
だって、照れ顔がこんなに可愛い。
長年変わらぬマイペースで、くすくすと愉快そうに笑うステラ。
すでに、レミィと同じくらいの背丈になり、身体にも優美な凹凸が生まれている。
美しい銀髪は、今日の式典のために毎晩月光にあてて、よくよく梳いてある。
どこからどう見ても完璧な淑女、そして、レミィの完璧なストーカーである。
事実、レミィがこのシュトラ城にもどってからというもの、ステラは毎朝毎晩レミィに付きまとっている。
「ねぇ、キスしてよ」
「は、はぁ!? いや、まだそういうのは早……」
「ずっと待ったわ。私は今日で成人するし、シュトラの女王になるの。わたしに親愛のキスを頂戴? 女王陛下の命令よ」
「ぐっ!? さっき姫って言ったじゃない、あなたそうやって都合のいいときだけ権威をふりかざして……」
「暴君っぽいかしら? でも、あなたにだけなのよ、レミィ?」
「……あぁ、もう!」
ちゅ、と軽い音をたててレミィはステラにキスをする。親友で、君主で、隣人への親愛のキス。
ステラは、嬉しそうに、けれどもちょっとだけ不満そうにキスされた唇を優美な指で撫でる。
「……式典が終わったら、大人のキスをしてね?」
「そーゆーのどこで覚えてくるんですかっ! この不良姫っ!」
「ふふふ、姫って言ってくれた」
「あっ」
「あら、もう行かなくちゃ。式典の準備に遅れてしまうわ」
それじゃあね、とステラは駆けだす。
なんだかんだ言っても、彼女は臣下に迷惑をかけたりはしないのだ。
「……まったく、あのお姫さまは」
まるで少女のように駆けていく背中を見送って、レミィは溜息をつく。
あの子には、敵わない。
まるで、平和の象徴のような、太陽のような女性である。
それは彼女が少女だったころから、少しも変わることはない。
「うーふーふー、見ちゃった見ちゃった~♡」
「げっ、アリシアいつの間に!?」
「あら、ここは中庭。【庭園の聖女】のテリトリーよぉ?」
アリシアの肩には、世にも珍しい魔法生物トビネズミがペットのようにくつろいで「ぷぅぷぅ」と歌っている。
「キスしてるの見ちゃった♪」
「……内緒にしてよ」
「あらぁ、女同士だって全然いいんじゃない? そういう時代だわ?」
「そういうんじゃなくて、ただ恥ずかしいだけっ! 別にステラとはそういうんじゃないし、あの子が妙に押せ押せなだけ!」
頬を真っ赤に染めているレミィに、アリシアは愉快そうに笑い転げている。
いやはや、まったく。
レミィは空を見上げる。
抜けるような青空。まったくもって、平和な空。
「平和だねぇ」
「ええ、平和ね。私たちが思い描いていた、窓際魔導師生活そのものってかんじ」
「……あの子が、女王様なんてね」
「ええ。でも、きっとこの平和には、それが一番ふさわしいわ~」
ヴァニラの香りの紅茶を淹れて、アリシアとふたりして無言で飲んだ。
1杯、2杯……3杯目をカップに注いだとき、城の塔から鐘の音が鳴り響く。
りんごん、りんごん、りんごんごん。
鐘は鳴る、鐘は鳴る。
平和な治世を願う鐘。
女王の誕生を祝う鐘。
「……始まったのね、戴冠式」
「あぁ、そうみたい」
【紅茶の魔女】は、ティーポットを手に取る。
彼女はおいしい紅茶を淹れる、それだけの魔法使い。
けれども、彼女は紅茶であればなんでも意のままに操れる最強の宮廷魔導師である。
ティーポットから、紅茶が吹きあがる。
それは空へと舞い上がり、紅茶は水の粒になり。
青空に、大きな虹をかけた。
シュトラ王国の新しい女王陛下の誕生を祝う、大きな虹。
わぁっ、と。
城の外を埋め尽くしている民衆から、歓声があがる。
ああ、ステラ女王陛下は神に祝福されている――と。
虹が空に輝く。
いつまでも、いつまでも輝く。
断固として出世を拒み続けている……けれどもステラのそばからは決して離れぬ女。
優雅なる窓際族ライフを送るレミィから愛しい女王陛下に送る――平和で美しい、【紅茶の魔女】からの贈り物である。
『紅茶の魔女の優雅なる窓際ライフ』(終)
* * *
『紅茶の魔女の優雅なる窓際ライフ』、これにて完結でございます。
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