魔との闘い
「なんであの人が…あんなことを…」
「あんなに立派な人が何で人生を台無しにするようなことを…」
「信じていたのに…」
それらの言葉が世間を駆け巡る背景には誰しもが避けては通れない人間という
社会的動物の「宿命」があることを認める必要がある。
その「宿命」とは、
「魔が差す」という古くから使われている言葉に該当する。
一般的な意味は、悪「魔」が別の所から人の心の中へ「差」し入り、通常人が世間
一般的な規則や慣習に反する衝動的な言動をしてしまうようなことである。
しかし、一太郎にとってこの悪魔が別の所から突然差し込むものではないことを知っている。
かつて新卒で入った会社の上司から言われた言葉がある。
「悪「魔」は常に人の後ろに在るのである」
「そして、常にこの悪「魔」は、人の中に差し入る瞬間を狙っている」
「そう、その瞬間を…心のキスを…いや隙を」
「だから、認め意識しなければならないこの悪「魔」の存在を常に」
それは、数々の人間の荒天模様を最前線の現場で経験してきた人の言葉であり、
重みが違う。
しかし、人間は本来、感性的理性的動物であるという真実を世間及び教育が人間は、
理性的動物であるとして抑圧してきた社会の中では、「感情」や「欲」に忠実に従うことはまさに悪
であるというレッテルが固定化しているのだから自らその本来的な「感情」や「欲」の存在を認める
ことはある種の否定的、嘔吐的、破壊的境地の苦しみを味わうことになる可能性がある。
でも認めることから始めなくてはならない。
それが、社会の仕組みを創る側に立とういう志がある者であれば当然…
ましてや真の政治家になる者であれば…
一太郎の理想に過ぎないし、この表面跋扈社会の中ではそのような志ある者は忌み嫌わ
れ、政治家にはなれないのも事実なのかもしれないし、
世の中には、理性が働かない、魔が差すという意味を持たない原始感性的動物もいることも
認めざるを得ない葛藤はやはり付きまとう。
………………
「ギター上手ですね。子ども達も興味津々で。とにかく頑張って下さい。応援してます♡」
一太郎が、中街台駅でワンコ達との大合唱会?を終えた後、園児らしき集団を率いる四街道めゆ似の
女性が上目遣い、ウルウルな瞳で近づき、ソーシャルディスタンスを超えて吐息のように囁いた。
その瞬間、一太郎の背後からあの悪「魔」が、スゥーと一太郎象に入ろうとしてきた。
すかさずその瞬間、
「ガチーガチン」
一太郎の※スキャンダル防止自動スイッチが発動した。
「ありがとうございます。子ども達の未来のために頑張ります。もちろん、ノースキャンダルで!」
そっけなく爽やかに切り返した一太郎。
「あっ。はい…」
めゆ似の女性は、少し残念そうな表情で一太郎に手を振り続ける子ども達を連れて去って行った。
それはお昼前の駅にあるファーストフード店マクラナイトに昼食を買う列ができ始めた頃のことだった。
※スキャンダル防止自動スイッチ
一太郎の必殺技(魔が差すことに対抗するための魔法とも言われる特殊能力)
<次号>
大本営




