街頭演説(前編)
「街頭演説に必要な標旗に関する規程
第4条 標旗は、聴衆の見やすいように演説中常に掲げておかなければならない」
午後のことである。
一太郎は、小さい頃からよく利用していて馴染みある中街台駅に向かった。
理由は街頭演説をするためである。
この街頭演説は、選挙運動の要で立候補者にとっては最大のアピールとなることは言うまでもない。
特に主要な駅前は、平日であれば通勤通学で行き交う人々も多く、立候補者達にとっての主戦場となるので、朝や夕方以降は熾烈な陣取り合戦が火花を散らす。
各陣営のスタッフは、早朝であれば5時くらい、夕方であれば午前中からまるでお花見の時のように場所取りを競う合うのである。
そして、選挙運動最終日にあってはもっとも激しく、疲れと緊張もあって陣営同士の醜い言い争いに発展することもあるし、前日夜から場所取りに動く陣営もいるほどである。
まぁ、それくらい舞台裏ではこの街頭演説の場所取りというのはナーバス的要素を含んだものなのである。
「よし誰もいない」
一太郎は、他に手伝ってくれるスタッフもいないので夕方に向けて他の陣営よりも少し早く街頭演説を始める。
もちろん、マイクは激安の殿堂ヤンキードーテイで購入したカラオケ用マイクである。
このマイクはなかなかの優れもので充電式であり、Bluetoothと連動できてBGMも流せるので一太郎の愛用グッズである。
常に自前マイクをもっている者など、なかなかいないだろう。
いたら変人である。
ということは一太郎は変人。間違いない…
午後2時ごろ、まだまだ行き交う人々はまばらである。
シニア世代の人々が何やらもの珍しそうに一太郎の方を見ながら通り過ぎていく。
「えっと。皆さん、どうもこんにちは!この度、未来市議会議員に立候補いたしました都筑一太郎と申します。無所属、何のしがらみもありません。30代。独身の童~。おっとと(汗)責任世代。この閉塞感漂う利権社会に真っ向から挑んでいく覚悟です。たとえ、地盤、鞄、看板がなくても、資金がなくても政治の道に挑むことができる社会、本来の民主主義を体現するために立候補を決めました。都筑、都筑、都筑、一太郎をどうぞよろしくお願いいたします」
声が通るのが一太郎の強みだが、やはりなかなか立ち止まる人はいない。
ましてや配るチラシもない。
それでも諦めない。
様々な経験から疲れも感じなく、永遠と声が出せる一太郎。
トイレもいかない。水も飲まない。そしてモテない。
ある意味、強靭(狂人)の極みである。
元気があって活動的でモテない。
唯一の救いは圧倒的に子ども達に人気があることであり、通り過ぎる子ども達が一太郎を見て指を差し、近づいて来ようとするのである。
ただ、やはりママ達に制止されてしまうため、一太郎のもとには辿り着かない。
「子ども選挙ならトップ当選だな(笑)」
「未来を生きるのは子ども達だろ。大人は責任取らないというか、取れない。だから既得権益など無くなるわけがない」
と心の中で呟いた。
次号
街頭演説(中編)