ウグイスとカラス
ウグイスは女性。カラスは男性。
選挙では選挙カーに乗車して立候補者の名前を連呼したり、街行く人々、停車中には前後左右の車にまで呼び掛ける女神としてウグイスが活躍する。
また、同じように選挙カーに乗って広報する男性をカラスといい、こちらも長い選挙戦では交代制ので必要になってくる。
あくまでもウグイスが主役なのはいうまでもない。
公職選挙法
(自動車等の乗車制限)
第百四十一条の二 前条第一項の規定により選挙運動のために使用される自動車又は船舶に乗車又は乗船する者は、公職の候補者(衆議院比例代表選出議員の選挙における候補者で当該選挙と同時に行われる衆議院小選挙区選出議員の選挙における候補者である者以外のものを除く。次項において同じ。)、運転手(自動車一台につき一人に限る。同項において同じ。)及び船員を除き、自動車一台又は船舶一隻について、四人を超えてはならない。
最近は、騒音等選挙カーに対する苦情等も多いため、あえて使用しない候補者も増えているが、やはりマイクを使い、選挙区内を隈なく回ることができるという点やウグイス嬢の華はやはり定番であり、注目を集めることも事実なので公費負担も考慮し、できる限り活用した方が有利であることは確かである。
このウグイスであるが、誰でもそう簡単にできるわけではない。
一日中、車内でマイクを持ち、候補者の特徴や訴えたい政策をしっかりと伝えるという役割を担い、しかも窓から手を振りながらこなさなければならないことからも激務であり、やはりプロの技が必要なのである。
保育園や幼稚園の前はもちろん、学校関係の前では一旦広報を控える等の配慮も欠かせない。
まぁ、だからこそこのプロを雇う上でも報酬の面で人脈がものを言うのであるが、それがない候補者は妻を含む親族か友人にお願いするしかない。
激務の割に報酬は上限日額1万5千ということがネックであるという意見もあるが、一般的に日当1万を超える仕事は、日雇いバイトの中でもかなりきついことを考慮すればかなり恵まれている気もする。
その辺は、この世界に関わる者の庶民感覚の欠如をあらわしているのかもしれない。
思えば、違法を違法とも認めない者が公職につくなど、法治国家として恥べきなのに、慣例などで当たり前でないことが当たり前になる怖さがこの世界にはあるのかもしれない。
権力にしがみつくとか、あぐらをかくとか、現代の政治不信の根源は正にこの傾向が国民に対して顕著になったことにあるのかもしれないし、情報社会による情報のへのアクセスチャンネルが増えたことも原因であるかもしれない。
ただ、政治不信と言っても、数多の政治活動によって世界の歴史は創られてきた一方で、腐敗や汚職も歴史の一部を創ってきたことも事実であり、真っ当な政治家だけでは、むしろ国民は面白みがないとして不満をもらすかもしれない。
何が言いたいかというとノースキャンダルの一太郎はそういう点では向いてないのかもしれないということだ。
「勝つものは必然的に勝つ」
「負ける者は必然的に負ける」
「勝つものが負けるのは、スキャンダルや偶然」
「負ける者はノースキャンダルでも負ける」
これが今の政治、選挙の世界なのかもしれない。
断定できないのは、やはり奇跡とかというものやカリスマという存在が出現した過去(歴史)が事実としてあるからということと、庶民の希望や生きるための淡い望みや期待であるとも言える。
一太郎は、とにかく走っていた。
人を見かけるとすかさず、止まり…。
「つづき いちたろう 無所属…」
ひたすらその繰り返しを続けた。
その動きは、機敏でまるで軍隊の動きそのものであったが、現代においては
滑稽な姿として映っており、候補者である手作りのタスキと標旗がなければただの不審者認定必至の様相であった。
しばらくして、一太郎が少し休むために自動販売機で大好きなエナジードリンク「レッドブルマ」を購入した時だった。
「港北たくと、港北たくと、平和党公認、希望区に希望を創ります」
とてもセクシーかつ色気満点の声を響き渡させ、ワゴン車の選挙カーが近づいて来た。
一太郎は、その色気ある声に一瞬あれが反応したが、すぐに真剣な表情で選挙カーの方を見た。
「なんか聞いたことある声だな。まぁ一礼するのが、礼儀だよな」
向かってくる選挙カーが一太郎の前を通り過ぎようとするとき、
「ありがとうございます。1週間、共に力を尽くし、頑張りましょう。」
セクシー色気ムンムンの声が一太郎の耳から脳内に染み込むようにインプットされた。
反射的に礼とあれを直り、そのウグイスの姿を見ると、
なんということでしょう。
一太郎が大好きなあのフリーアナウンサーの「中あおみ」そのものであった
そして、助手席にはあの港北たくとがいかにも上から目線の笑顔でいやらしく指先を動かしながら、一太郎に手を振っていた。
もはや一太郎には、その姿はセクシー男優にしか見えない。
「あおみちゃん…」
一太郎は、愕然とした。それもそのはず。テレビやSNSを見てファンになった中あおみは一太郎のとっての癒しの女神であり、いつか自分も活躍して応援してもらいたいという淡い想いを持ちながら生きてきたからである。
レッドブルマをちびちび飲みながら、一太郎は近くの「涙坂公園」にトボトボ歩き出した。
「そうだよね。確かにイケメンだし、権力もあるし財力もあるし…勝ち組は勝ち組を選ぶ」
自然と溢れる涙を堪えるために空を見上げた時、一太郎にふとある言葉が想起された。
「苦しいときこそ上り坂」
浪人時代に、尊敬する講師の口癖だった言葉である。
「ずっと一人で道を選んできて今がある。レールなどなかった」
「回り道でも常に上を目指して、そして社会に貢献できるために歩んできた」
一太郎は、立ち上がり、道路方向に歩き出した。
「つづき いちたろう。希望区に夢のつづきを永遠に」
まるで女性の声のように
「いちたろう つづき 希望区のナンバーワン つづき いちたろう」
まるでDJの男性声のように
実は一太郎には浪人時代にひとりカラオケで鍛えた声量とともに声域も広がっていたため、
女性声と男性声が出せるようになっていたのである。
まさにウグイス入らずの候補者の誕生の瞬間であった。
男性声のカラス役と女性声のウグイス役を交互に、走っては止まり、走っては止まり、続けた。徐々に行き交う人々が一太郎に見て興味深々な表情を向け出した。
それはランチタイム前のどことなくたまごスープの匂いが漂う頃だった。
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