標旗
「街頭演説に必要な標旗に関する規程」には、
(掲示)
第4条 標旗は、聴衆の見やすいように演説中常に掲げておかなければならない。
と規定している。
つまりは、選挙中において、立候補者はこの標旗がない場所では演説ができないということである。
通常、選挙においては、立候補者は、街頭演説だけでなく、選挙カーと使った遊説、桃太郎(支援者等を引き連れて商店街等を歩く)、個人演説会といった綿密なスケジュールが組まれており、一つの場所に留まることがない。
だから立候補者の居場所だけでなく、標旗がどこにあるかということを常に把握していなければ、いざ必要な時(有権者が多く集まっている場所(駅等)に急遽、立候補者を呼ぶとき)に違う場所にあるということもありえてしまう。
選挙カーに積んだままとか、選挙中というのは忙しいことが常であるから、実際に起こり得てしまうのである(通常は、標旗係というのをつける)
幸い、一太郎は、一人であるため、標旗は常に自分の下にある。
実際、標旗には、
「令和4月10日 執行 未来市議会選挙
(党派) 街頭演説
第 号 未来市選挙管理委員会 」
と記載がある。
一太郎は、書類提出後に選挙管理委員会から交付された標旗等を持ち、希望区役所近くの夢見がち公園に向かった。
春休み中の小学生らしき子ども達が野球をしている片隅で標旗を広げ、100円ショップのダイナソーで購入した黒のインキと筆をリュックから取り出した。
「こんな時に子ども時代に習っていた書道が役に立つなんて…」
一太郎は、砂利の地面に正座して一度深呼吸をして力強く、
「(党派)無所属 都筑 一太郎 」
「第4号」
と書いた。
その瞬間、
「ボール取ってくださ~い」
という声が聞えた。
一太郎が声の先に首を向けると軟式ボールが一太郎の方へ転がってきた。
一太郎は、立ち上がり、ボールを持ち前の華麗なフィールディングスタイルを駆使して両手で掴み、すかさずセットポジションから50メートルぐらい先の子ども達の方に少し手加減をしつつも、投げ返した。
ボールは低い軌道で少年のキャッチャーミットに収まった。
「おじさん、すげぇ~。ありがとうございます」
「ピッチャは常に孤独のマウンドを経験する。それでも己のまっすぐを信じて立ち向かう。たとえそれが、打たれる運命だとしても逃げない」
という心の声が自然と漏れた。
一太郎は、子ども達に向かってピースサインをして、インキと筆をリュックにしまい、標旗をもって歩き出した。
「野球は何が起こるかわからない。選挙だって…」
公園を出る途中、幼稚園児らしき子ども達が標旗をもった一太郎を見て興味深々に近づいて来た。
一太郎はなぜか、子どもに好かれる。あと動物に。
子どもが
「何それ。変なの」
一太郎は、
「変な人に近づいてはいけません。私は宇宙人です」
ますます、子ども達は興味津々に近寄ってくる。
困った様子をしている一太郎のもと子どもの母親らしき色気ムンムンの奥様が近づいて来た。
「お仕事中に申し訳ございません。ほら、みんな邪魔しないの」
子ども達は急におとなしくなり、美人奥様に連れられ、数人の奥様方集団の元へ連れて行かれた。
一太郎は、ほっとしたと同時に色々な意味で力が湧いて来た。
「未来ある子ども達のために頑張る。そしてあの奥様方の未来のために」
それは春の陽射しが少し目に染みる日の午前のことだった。
次号
ウグイスとカラス




