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箱庭から出る方法

 家庭内暴力が続く。

 めちゃくちゃ痛いが、それは僕がミューズにそう仕向けたからなのだから仕方がない。

 「僕はミューズのペットじゃない」とか、そんなこと言われればそりゃ母親は怒るって。

 しかも今までも暴力を振るわれていたとか、酷い仕打ちを受けていたとか、そういうことは全く、本当にまるでなく、愛情たっぷりに育ててきて貰っているのだから。

 ただ、外に出たいという僕の我儘。

 その我儘が招いた結果だから。

 ハーモニーがミューズに言う。


「ミューズ、そろそろ終わりにしておいて。見てらんない。いくら死ぬ寸前になれば全回復する自動回復オートリカバリーを夏希にかけてあるといっても、そんなのが発動するの見たくないわよ私。きっともう夏希だって分かってくれたはずよ。ねえ夏希。そうでしょう?殴ってるミューズの方が痛いって、夏希も分かっているでしょう?もう終わりにしましょう。今日ここでのことは忘れましょう。夏希もちょっとだけ我儘を言ってみたかっただけ。男の子だものそんなのしょうがないわよ。夏希は女3人に囲まれているのだから、男の子らしいこと教えてくれる人がいなかったものね。男の子はどうしょうもない心の衝動があるっていうの私は知っているから、それは本当に申し訳ないと思う。ごめんなさい」


 心の衝動か。

 そうだ。そうだね。

 外に出たいというのは心の叫び。衝動。

 男ってのはそういう風にできているのか。

 女は平和で安定した生活を好むのかな?ミューズ達のように。

 好きな人と一緒に平和に暮らせればそれが最善で、それ以上望むことは何もない。

 そういう風にできているのか。

 いやそれは偏見かもしれない。

 単にこれは僕自身の話だ。

 それ以上でもなければそれ以下でもない。


 ……じゃあ僕は、外に出て男として生きよう。

 人間の男として、血湧き肉躍る体験をしてみたい。

 正直に言っちゃえば、ミューズ達じゃない女の子とだって会ってみたい話をしてみたい。

 それはしょうがないじゃない。

 それこそ男の子なんだから!

 言いたくないけど、ずっとこのままここにいればミューズ、ハーモニー、フォルテの誰かと結婚する未来しか見えないんだよ!

 さすがに母親であるミューズと、ってことはないだろうが……いやないよね?

 だってあの3人は僕をずっとここから出さない気で、しかもたまに夏希に子供が生まれたら~とかいう話をするからね。

 それって3人のうちの誰かと子供作るってことじゃない。

 ハッキリ言って、その気は全くない。

 当たり前だよそんなの。

 確かに3人とも多分、超がつく美少女ではあるんだろうけど、生まれた時から一緒でしかもほとんど3人が母親みたいな生活してきてそんなことになる未来は想像すらできない。

 いやだいやだいやだ。

 大好きだけどいやだ。

 いや、大好きだからいやだ。


 というわけで、さっきハーモニーが話した内容で重要なのは「自動回復オートリカバリー」だ。


 ここ何年か、ここから出る方法はないかと考え続けて、恐らくは唯一の希望がこれ。

 自動回復オートリカバリでなぜ箱庭から出られるのか。

 それは、この庭は「物なら出られる」からだ。

 単純明快なこのルールを使わせてもらう。

 僕は生きている限り、絶対にここから出ることはできない。

 僕は物にならないければこの箱庭から出ることはできない。

 つまり、死ねばいいんだ。


「ミューズ。分かった。分かったから……!」


「分かってくれた?分かったくれたのね!!」


 ミューズが僕を開放する。

 家庭内暴力が収まる。

 

「ありがとう夏希!ハーモニー、フォルテ!聞いた?夏希が分かってくれたって!このまま私達と一緒にここで暮らすって!暮らすって!!」


 ミューズが泣きながらハーモニー達に報告する。

 泣きながら、というかミューズは家庭内暴力執行中にもう号泣してたんだけど。

 夏希が諦めるまで殴るのをやめない!状態で。

 正直、美少女台無しだし。


 ……僕の体力は、もう考えるのがやっとという状態だ。

 ミューズは僕に自動回復オートリカバリーがあることを前提に、結構な暴力ママっぷりを発揮してくれた。

 世界が違えばお縄になるレベルまで。

 

 さて、ここから先はタイミングが全て。

 数秒のタイミングの違いが全てを決定する。

 ここまでは、ミューズ達の性格を考えてまぁいけるだろうな、とは思っていたけど、ここからは自分以外に頼れない上に一発勝負というかなりリスキーな賭けだ。


 掌に魔力を集中させる。

 ミューズ達に教わった魔法の技術。


 選ぶべきは風の魔法。

 空気の塊を撃ち出す、最も基本的な風魔法。

 女神の神の業そのものである魔法に比べればそれこそ児戯に等しいのだが、これで十分。


 だってこの魔法はミューズ達を倒すためではないのだから。


「あれ、どうしたの夏希。魔力なんて使って。珍しい。あっ!私に仕返し?いいよ~仕返しどんと来い!痛かったもんね~本当にごめんね夏希。もうなんというか、本当にごめんね。いいよ魔法使っても殴っても叢雲で切っても。半殺しにしてちょうだい!何時間でも何日でも夏希の気が済むまでやって。夏希が出て行かないって決めてくれたんだから、もうそんなのは何でもないんだよ!あ、そうだハーモニーとフォルテにもやっていいよ~。いいよね?」


「もちろんいいわよ」


「気が済むまでやってくれていい」


「いいって!当たり前だけどね!さ、夏希。リベンジタイムだよ!私達は手も足も魔法も出さないから好きにして!」


 魔力形成、OK。

 後は風の塊をイメージして魔力を具現化すればいいだけ。

 

 身体は瀕死。

 後ちょっと何かの攻撃があれば僕は間違いなく死ねる。

 

「じゃ、魔法、撃つよ」


「どーんときて!」


 大きさは僕の背丈くらい。

 特性はスピード重視。

 威力はそれほど必要ない。

 その風の塊を作って……


 自分に撃ち込んだ。


「は?」


「え?」


「む?」


 撃ち込んだ瞬間、風の塊は僕の身体を吹き飛ばす。

 吹き飛ばすというよりも、風の塊に吸い付いたまま身体が猛烈に移動させられると言ったほうが正しいかもしれない。

 威力を抑え、スピードと持続時間を重視した風魔法はそのまま僕の身体を箱庭の境目まで強制的に移動させる。

 意識が途切れる。

 大丈夫だろうか。

 このまま……僕の身体は機能を停止してくれるだろうか。

 つまり、死ねるだろうか。


 最後の意識の中で、遠くでミューズ達が大声で何かを叫んでいるのが聞こえた。

 いくら女神の身体能力でも、風魔法そのもののスピードに追いつくのは不可能のはず。


 そして、僕は「身体機能が停止したモノ」の状態で、箱庭の境を超えた。


 生まれて初めて箱庭から出た歓喜の瞬間、僕は死体だった。


 

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