話し合い
1日の労務を終え、宿泊所に戻る。
現場長のお陰で、複数人が泊まれる広めの部屋に僕とミューズ、叢雲で一緒に暮らせることになっている。
ベッドはちゃんと3つあるし、机を置くスペースもある。
労務者は食堂で食事をするので炊事をすることはできないが、お湯を沸かすくらいは魔法で何とかなるので、結構快適に過ごすことができている。
そこに、僕達は4人で机を挟んで座っている。
……そう、4人だ。
「……なんでエリスまでいるわけ?」
ミューズが問いかける。
「あら、私が来ちゃいけない? ここトリネロは私の都市よ。どこに私が行こうと自由よ」
「何でこの部屋に来る必要があるの! ここは私と夏希と叢雲で住んでる場所なの!」
「この前、夏希が神殿から帰る時に『私が行くから』って言ったわよ。だから私が来たの。何の問題もないでしょう?」
「用事が無ければ来る必要ないでしょ! 何なのその友達のところに遊びに来ました~みたいな感じは!」
「私は夏希のお婆ちゃんよ? まぁちょっと代は遡るけど。遊びに来たっていいじゃない」
「ちょっとどころじゃないでしょ! 何代遡るのか数えるのもアホらしいくらいに昔の話でしょエリスが子供達の母親だったのは!」
「うるさいわね。お茶くらい出しなさいよギャーギャー騒ぐ前に」
「ギャーギャーって何よ! あんたが来たからでしょ! 夏希をあんな目に合わせた癖に!」
「それはもう夏希と和解しているの。ねえ夏希。私たちもう仲直りしたわよね?」
エリスが僕に言う。
「え、まぁ……そうかな」
「ほらみなさいミューズ。夏希はもう私を許してくれるって」
「夏希が許しても私が許さないよ! あんなに夏希を蹴りまくって!」
「あなたに許して貰わなくても、夏希に許してもらえれば私はそれでいいのだけど?」
「ムキー!!!」
ダメだ、一晩中続くパターンだこれ。
「えーっと、ミューズ、叢雲、エリス。とりあえず今夜は、今後どうするかっていう話し合いをしたいと思ってるんだけど……いいかな?」
「もちろんだよ」
「とっとと始めようぞ。この女神2人に喋らせておいたら何も進まんぞ」
「ええ、始めましょう。夏希にとって大切な話ですものね」
話し合いをすること自体に異論はないようだ。
さて、好き放題に話したんではまとまる話もまとまらない。
まずは1人ずつに意見を聞いてみよう。
「ミューズ。まずミューズの意見を聞きたい。僕はこの前エリスとの戦いの中で、『3つの迷宮、3つの塔、1つの城』を壊すことを決意したんだ。そこまではいいよね?」
「うん、分かっているよ」
「これは、今後僕の子供にも子供達としての運命を背負わせたくないという思いもあってのこだから、もう決定事項だと思って欲しい。話し合いたいのは、『どうすればいいか』だ。正直、僕は庭から出てきて間もないからこの世界の一般常識すら満足に知らない。そこで、みんなに色々と教えて貰いながら今後のことを決めたいんだ」
「うん、そうだね。夏希はまだ色んなことを知らないから、ママが色々教えてあげるよ。それでね、迷宮の攻略だけど……無理だね」
「え、無理?」
「うん、無理」
「でも僕はこの前、レベルアップした燕返しも使えるようになったし……」
「ダメ、無理。夏希はこの前使った燕返しをいつでもどこでも出せる? どんな状況からでも? 残り体力が1しか残っていない時にも出せる? それに大切なことだけど、あの燕返しを使った後に、普通に行動できる? 次の敵に対処はできる? 攻撃は燕返しで何とかなるとして、夏希のHPはいくつあるのかな? 少し強いモンスターにやられたら、一撃で死んじゃうんじゃない? それと、1人で迷宮を探索する気? 荷物はどうするの? 疲れた時の回復は? 休む場所は? 魔法じゃないと倒すのが著しく難しいモンスターも出るよ? 罠の設置は見破れる? 水の中を進まなきゃならない階層が迷宮にはあるけど、そこはどうやって突破する? 炎が渦巻いてる階層もある、街が丸ごと入っているかのような階層もある。どうやって夏希1人で迷宮を突破するの?」
ミューズが一気にまくし立てる。
……迷宮って、ただ階段で降りていくだけじゃないのか……
「ミューズ、一気に言い過ぎじゃ。主様が混乱するわい。それと、一番大切な、前提条件を主様は知らんじゃろ」
「前提条件?」
「そうじゃ。女神は、迷宮にも塔にも城にも入れん。それが今でも1つたりとも攻略できんでいる最大の理由じゃ」
「女神は入れないの???」
「入れん。理由はいくつか考えられておるが、決定的なことは分からん。子供達による封印の影響だとか、中にいる強大な存在が女神の侵入を阻んでいるとか、元々そう作られているからだとか……結論としては、『理由は分からないけどとにかく女神は入れない』、ということじゃ」
「そうだったんだ……」
「私たち女神が入れれば、子供達にこんな宿命をこんなに長い時間に渡って背負わせてないよ」
「そうか、そうだよね……」
「…………入れたとしても、私たち女神が勝てるという保証はどこにもないけどね。それだけ強大な存在があそこには巣食ってるから。それは過去の探索者の報告からも間違いがない」
そこにエリスが割って入る。
「女神が入れたとしても、恐らくは踏破はできなかったでしょうね。夏希がこの前使った燕返しだけど、あれは私の子供達が使っていた技ということは話したわよね。あの子は私よりも遥かに強かったわよ? それでも、迷宮の奥底のあいつを討伐することはできなかった。3つある迷宮の1つすらも攻略できなかったのよ」
「紫電を自由に使える人ですら攻略できなかった……?」
「そう。夏希が今後たゆまぬ鍛錬を1日も欠かさずに続けて、それでも到達できるかどうか分からない技量を私の子供達は持っていたわ。それでも、迷宮1つすら攻略できなかった」
「……」
自分の甘さが嫌になる。
正直、ミューズたち女神に協力してもらって、それで僕も今後更に燕返しを磨いていけば何とかなるかな?とか考えていたのだ。
それが前提から崩される。
ミューズたち女神の協力は迷宮でも塔でも城でも得られない。
燕返しも万能ではない。
攻撃力は確かにあるが、それだけなのだ。
他にも対処しなければならないことが迷宮には山ほどある。
それに……一番重要なのは、過去に燕返しを使っていた、僕より遥かに技量の勝る子供達ですら攻略できなかったという事実だ。
僕が考え込んでいると、ミューズが優しく声をかけてくる。
「夏希。私はあなたの決めたことを尊重する。そう決めたからね。無理やりに私たちの庇護下に置くことはしない。だけど……だけどね、迷宮も塔も城も、そんな簡単に攻略できるものじゃない。そして、私は夏希に死んで欲しくない。封印や世界がどうこう言っているんじゃないの。本当に、夏希にいなくなって欲しくないの」
「だけど、僕は……」
「さて、それでは現実的な対処の方法を考えましょうか。」
エリスが話をまとめるように声を上げた。
「今、夏希が迷宮に挑んでもそれはただの自殺。蛮勇にすらならない。ここまでは夏希も理解してくれたかしら?」
「うん、理解したよエリス」
「では準備が必要になるわ。夏希の技量を上げる準備、それにその他にも対処しなければならないことがいくらでもある」
「うん、そうだね」
「学びなさい。鍛えなさい。それが可能な場所がここトリネロにはあるから」
「え?」
「学院に入りなさい。もちろん、完全な学生になれと言っているわけではないわ。けど、学べるところは学院で学びなさい」
「学院……」
「そう。物を教えるところよ。トリネロの学院は学者を育てるというよりも、戦士団や探索者のための学習所みたいな側面があるから」
「戦士団や探索者の……」
労務場では戦士団や探索者の方のお世話をすることも多かった。
食事を運んだりとかの雑用だったけど。
間近で見ているから、彼らのレベルの高さは重々承知している。
そうか。
彼らは学院で学んで実力を身に付けたのか……
「迷宮守護の戦士団は貴族の男子にとってはステイタスだから、かなりレベルが高い人材が集まるの。つまり、学院にはそういった人間が集まる。トリネロ公のカルロもかつて学院で学んでいたわ。そこで切磋琢磨しなさい。まずは学院でトップに立ちなさい。それが出来なければ迷宮攻略なんて夢物語よ。まずはそれを見せてちょうだい」
「学院、学院か……そうだね、それがいい。いきなり迷宮に挑むなんて無謀なことはしない方がいいよ。エリスにしてはいい提案だわ。夏希、そうしましょう。ママも行くから」
「はい?」
「儂ももちろん行く。そもそも儂は女神でないから迷宮へも主様と一緒に潜れるがの。学院で一緒に学ぼうぞ主様」
「うん、よろしくね叢雲」
「ちょっと! またママと叢雲の扱いが違う! 何でママには『はい?』なの!! おかしい!!!」
「いやごめんミューズ。学院に母親と一緒に行くというのが普通なのかどうか僕には分からなくて……なんか普通じゃないような予感がしたから」
「普通とかそういうのどうでもいいでしょ! ママだって教えてあげられることあるんだから!」
「うん……うん、確かにそうだね。ミューズにも教えて貰うことはたくさんあるはずだ。ごめんミューズ。僕からお願いするよ。学院に一緒に行って、一緒に学んで、そして僕に色々と教えてくれる?」
「もちろんよ!」
僕とミューズと叢雲、3人で学院で学ぶ……
凄いことになった。
学院という存在ですら僕にとって未知なことなのに。
「さて、それじゃあ私が紹介状を書くから、それを持って学院に行きなさい。今は入学の時期ではないのだけど、何とかなるはずだから。夏希、あなたの性格からして正式に入学試験を受けたいとか言い出すでしょうけど……そこは我慢なさい。今は、そうすることよりもコネを使ってでも早く、1日でも早く前に進むことが重要でしょう?」
「はい……そうですね。よろしくお願いします」
エリスには僕の考えを見透かされていたようだ。
できれば正式に入学したい……したいけど、エリスの言う通り1日でも早く前に進むことが重要だ。
だけど、それでもその前に終わらせておきたいことがある。
「労務場での仕事は、最後までやらせて下さい。後少しで滞在許可証が貰えるんです。自分の力だけで何かを成し遂げたという結果が欲しいんです。中途半端にすると、これから先も何か途中で放り投げる癖がついてしまいそうで……」
「分かったわ。好きになさい」
「ありがとうエリス。何から何まで」
「私はあなたのお婆ちゃんなのだから、世話をするのは当然よ。それに……久しくいなかったから……本気で迷宮を攻略しようという子供達は。よく決めたわね夏希」
「僕の場合は無知故に、というのもあるかと思います。さっきミューズが教えてくれたことすら僕は知りませんでしたから。だから、この先困難があって、それでも僕が折れなかった時にまた褒めて下さい」
「あなたには味方がいるわ。母親であるミューズはもちろんのこと、叢雲や私、それにハーモニーとフォルテももちろんそう。あなた1人で抱え込まないようにしなさい。1人ではすぐに限界がくる。頼って頼られて、そうやって前に進みなさい」
「はい。肝に銘じます」
「ま、あなたが隠そうとしてもそこの鋭い母親がすぐに勘付くでしょうけどね。ねえミューズ?」
「当たり前だよ。それが出来なくて母親はやってられないって。心配ないよ。夏希が悩んでいたらどんな小さい兆候も見逃さないよ。ママとたくさん話をしよう? ね、夏希」
「ありがとうミューズ。頼りにしてるよ」
そこまで聞いていた叢雲が呟く。
「また過保護な保護者が増えたのぅ……」
「もしかして私のことを言っているの? 叢雲。私は過保護というわけではないわよ。ただ、進むべき道の提案をしているだけ」
「過保護じゃよ……エリス、お前ちょっとクールぶってはいるが中身はミューズと大差ないじゃろ。主様に自分の子供達の面影を見てから、正直なところ抱きしめてスリスリしたい気持ちでいっぱいじゃろ」
「な……! そ、そんなこと……!」
「丸分かりじゃ。はぁ。ますます儂がしっかりせんといかんようじゃな。過保護女神2人には任せておれんわい」
ミューズとエリスが口を揃えて反論する。
「「あなたも十分に過保護でしょうが!!」」




