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女神の労働

「あ、女神様! それは私どもがやりますので! そろそろあちらで休憩でも……お茶を用意しますので」


「なーに言ってるの。私だってちゃんと働くから気を使わなくて大丈夫だよ! 魔石はまずは色ごとに分類してあっちの箱に入れとけばいいんだよね?」


「え、ええそうですが……ありがとうございます」


「次は何しよっか? 何でもやるよー」


 労務場でミューズと働き始めて分かったこと。

 それは、ミューズは働き者だということ。

 本人曰く、元々身体を動かすのは好きなタイプらしく、肉体労働も全然苦にならないらしい。

 僕も身体を動かして働くのは好きだし、そこら辺はやっぱり親子なんだなぁと思う。


 それに、女神だから力が強い。

 もうなんというか、馬より牛より強い。

 分かってはいたことなんだけど、建物くらいある大きな岩を「これ少し邪魔だよね~」と言いながら位置をズラしていたのを見て、やっぱ人間とは違うんだなと思った。

 あれは僕が何年修行しても無理。うん、絶対無理。

 僕はミューズとも戦ったことがあるわけだけど、あれって本気の何百分の一だったの? って今になると思うよ。


 働き者なのも力持ちなのも良いことだし実際に労務場の効率は上がっているわけだけど、僕として困るのは……


「夏希! 今の夏希の仕事は何? 私も一緒にやるよー。私の仕事は一段落ついたからね!」


「大丈夫だよミューズ。僕の分は僕がやるから。少しずつやれば片付くからね」


「一緒にやればすぐに終わるじゃん!」


「大丈夫だって! ミューズは少し休んでいなよ! 食堂にでも行ってお茶飲んで叢雲と話してきなよ!」


「なんで夏希がここにいるのに叢雲に会わなきゃいけないのよ。意味わかんないよ」


「もう! いいからあっち行ってよ!」


「なによそれー。せっかくママが一緒にお仕事しようって言ってるのにー。ブー」


「ブーじゃないよ! 僕の仕事なんだから僕がやるの! 当たり前なの! 母親に手伝ってもらうような年じゃないよ!」


「せっかく一緒に働けるようになったのに! これじゃ意味がないよ!」


「意味はあるよ! 働くこと自体に意味はあるからね! さ、話してる暇はないからあっち行って行って!」


「ブーブー」


 これだ。

 ミューズはやっぱりこれなのだ。

 予想していたこととはいえ、やっぱりこうなったのだ。

 暇さえあれば僕のところに来て仕事を一生にやろうとする。

 ミューズ自身の仕事はきっちりと終わらせてあるわけだし、しかも女神なので周りは注意などできるはずもない。

 僕が追い払わなければずーっと一緒にいるつもりなのだ、この女神は。

 そりゃミューズが手伝ってくれれば仕事は早く終わるわけだけど、僕にだって小さいとはいえ仕事を任された責任とプライドというものがあるのだ。

 それに、母親に手伝ってもらって早く終わりました! なんて恥ずかしくてたまんないって。


「夏希。気苦労が絶えないようだな」


「あ、現場長。お疲れ様です」


 現場長のアルドさんが来た。

 僕は晴れて労務を始めてから1ヶ月経ち、名前で呼んで貰えるようになったのだ。

 今までは新入りとしか呼ばれなかったからね。

 そういうのは素直に嬉しいよ。

 なんか認められたみたいで。


「ミューズ様は夏希にベッタリだなぁ。親子だからな。しょうがない……のか? うん……まぁ女神様は人間とは違うだろうし……」


「やっぱりそうですよね? 普通の人間の親子は、子供が15歳くらいになればあそこまでベッタリしませんよね? ミューズに聞いても『親子だからどこでもそうだよ』って言うんですよ。絶対に嘘だと思ってたんですけど、やっぱり嘘ですよね?」


「ん、あー……そこら辺はノーコメントということにしといてくれ。後でミューズ様に怒られたくないからな。ま、でもあれだ、ミューズ様はよく働いて下さるからな、労務場としても大助かりよ。感謝してるぜ」


 現場長はミューズのことを名前で呼ぶようになった。

 ここにはエリスもいるから女神様、では分かりにくい時があるからね。

 

「労務者達にも気さくに声をかけて下さるしな。最初はみんなビビって緊張しちまってたが、今じゃ普通にミューズ様と喋ってるからな。むしろ人気者だ。普通は女神様とこんな風に接することなんてあり得ないからな、みんなの嬉しいんだろう。それになんと言ってもあの容姿だしな……」


「そうですね。皆さんとミューズが打ち解けてくれてホッとしていますよ。正直、女神が普通に人の中で働けるのか心配でしたからね」


「エリス様とは大分タイプが違うみたいだなミューズ様は。女神様と言っても色々ってことか」


「そうですね。僕が知っている他の2人の女神も、やっぱりミューズとはタイプが違いますよ。人間と一緒ですよそこら辺は」


「考えてみりゃ当たり前ってことか。そりゃそうだよな。……それとな、ミューズ様がありがたいのは、女神様でお前の母親ってことだな」


「? どういうことですか?」


「いやな、こんな男ばっかの職場に綺麗な女なんか入ったら、普通はロクなことにならないんだよ。男はみんな気になっちまって仕事の効率は落ちるしな。以前、魔石鑑定の専門家の女が一週間ばかり滞在したことがあったんだが、そんな感じだった。ミューズ様のが100倍綺麗だけど、それでもだぜ?」


「ああ、そういう……」


「その点ミューズ様はそういう心配がないからな。まず女神様だから男どもは手出そうなんてこれっぽっちも考えないし、しかも子持ちだ。労務場の雰囲気が良くなるだけで、女がいることによるデメリットがない。ありがたいことだぜ」


「女神で子持ちだと、男性としてはそういう気持ちにはなりませんよね、普通」


「そういうこった。それにお前にベットリのところ見てりゃ尚更だよ」


「ハハ、確かにそうですよね」


「お前は幸せものだな。あんな優しい女神様が母親で」


「……それなりに苦労もありますけどね……」


「いいじゃねえか! 少しくらいの苦労は! お前も男なら母親に心配かけるんじゃねえぞ!」


「ええ、そうですね。ミューズは確かに強いですけど、脆い一面もありますから……僕がしっかりしていきますよ」


「おうおう、いい心がけだぜ。さて、その仕事が終わったら飯に行ってこい。ミューズ様も一緒にな。少しゆっくりしてきてもいいぜ。ミューズ様のお陰で仕事が予定より早く進捗してるからな」


「分かりました。ありがとうございます」


「それじゃ、また後でな!」


 ……現場長は本当にいい人だ。

 粗野のようでいて、細かな心遣いが出来る人だ。

 僕が初めて、成長してああいう人間になりたいと思った人だ。

 人生経験を積めば、僕もああなれるのだろうか?

 剣や魔法の腕は、修行を積めば裏切ることなく成長していくけど、人間としての成長というのはどうすればいいのだろう。

 せめて今は尊敬できる人を見て、少しでも真似できるところは真似していこう。

 さて、まずは目の前に仕事だ。

 きっちり終わらせよう。


「夏希。現場長が食事に行ってきていいってさ。仕事は終わりそう?」


「うん、もうこれで終わる……よっと、よし終わり。じゃあミューズ行こうか」


「うん! 行こう行こう!」


 いつものように叢雲が働いている食堂に行く。

 基本的に労務者は自炊はしない。

 無料の食事がここで出るからね。

 だから1日3回は少なくともここに来るのだ。

 お腹が減った時は4回来る時もある。

 主に力仕事の重労働に従事する人は1日5回食べることもあるそうだ。


「叢雲! 来たよ!」


「主様! 来たか。ゆっくりしってくれい。今お茶を持ってくるでな」


「ああ、大丈夫。お茶は僕が自分で運ぶよ。叢雲も疲れているでしょう」


「何を言う。主様こそ今の今まで労務をしてきたのじゃろう。いいから座っておれ」


「うん、じゃあお願いするよ。ありがとう叢雲」


 食堂に来れば叢雲に会える。

 それがとても嬉しい。

 労務は正直大変あけど、ここでの食事の時間が僕のオアシスだ。


「……ねえ、夏希。エリスのとこから帰ってきてから、叢雲とやけに仲良くない? いえね、私は夏希と叢雲がトリネロに来るまでのことは知らないのだけど、それでもなんか妙に……急に仲良くなってない?」


「え、えええ、えええそんなこと、ないよ?」


「そうかなー」


「そうだよ!」


「嘘でしょ」


「う、嘘じゃないし!」


 相変わらず鋭いなぁミューズは。

 エリスとの戦いの中で、僕は叢雲を今まで以上に大切に思ったのは……本当のことだ。

 僕が背負わなきゃいけないもの、1人ではきっと恐らく潰れてしまうものを、叢雲は半分背負ってくれると言ってくれた。

 あの時の一言がなければ、もしかすれば僕の心は折れてしまっていたかもしれない。

 たった一言の言葉が僕を救ってくれたんだ。

 たった一言、それでもそれが心から出たものであれば。

 

「ママには何でも全部話さなくちゃダメだよ?」


「う、うん……分かってるよ」


 分かってないけどね。

 ナイーブなんだよ僕は!

 

「叢雲ちゃん! 丁度ピークが過ぎたから、叢雲ちゃんも夏希ちゃんとミューズ様と一緒に食事をしておいで!」


「分かりました。では休憩に入ります」


 叢雲も一緒にご飯を食べられるようだ。

 嬉しいな。

 ミューズが叢雲に話しかける。


「叢雲もここでの仕事に随分と馴染んでいるみたいね。私もなんとかやっているし……女神と刀が労務とかなかなか珍しいのだろうけど、結構上手くやっていけそうね私たち」


「そうじゃな。儂は結構楽しくやっておるよ。働くというのも悪くないもんじゃ」


「私はすっごく楽しい。すっごく、よ。庭にいるよりもずっといい。夏希と一緒に働いて、一緒にご飯を食べて、一緒の部屋に帰って……正直最高よ。最高の生活」


「主様をずっとあの狭っ苦しい庭に閉じ込めておこうとしたくせにな」


「う、うう……それを言われると弱いんだけどさ」


「ま、儂も同じ気持ちじゃからそれはいいとしよう。……さて、少し前の儂だったら、主様とこんな生活をしながら日々を過ごし、それで主様の生涯を見届けることができたらそれでいいと考えたおったわけじゃが……事情が変わった。それはミューズ、お前も分かっておるな?」


「……うん、分かっているよ」


「今後の方針を決めるぞ。今夜、話し合いをする」


「分かった」


 労務場での生活は、正直充実したものだ。

 もちろん仕事でヘマをすれば怒られるし、身体だって疲れる。怪我をすることもある。

 でも充実したものだ。


 ……だけど、決めてしまったからね。

 背負うものができてしまった。

 少しずつでも、そちらも進めていかないといけない。


 ここ労務場から見える地下迷宮ダンジョンの入り口……

 あれを何とかしなきゃいけない。

 エリスとの約束だ。


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