みんな一緒に
エリスの神殿から、僕達は3人で労務場へ向かっている。
エリスは神殿に住んでもいいって言ってくれたけどね。
それにしても無事に帰って来られて良かった。
最後はエリスと和解した形になったけど、もしかしたら酷いことになっていた可能性だってあったんだからね。
「えーっと、夏希。本当にまだ労務場で働くつもり? エリスに頼るまでもなく、多分私が話を通せば滞在許可証も市民権もここの公爵は許可を出すよ? 特例ってことで」
「うん、僕は労務場に戻るよミューズ。なにせ仕事途中でエリスに攫われてしまったからね。やっと仕事に少し慣れてきたところだったんだ。途中で投げ出せないよ」
「うーん、夏希がそう言うんならいいんだけど……でも……」
「ミューズ、主様が自分で働く場所を決めたんじゃ。母親がああだこうだ言うことじゃないわい。もし心配なら自分で見張っていれば良かろう。お前もトリネロに留まるつもりなのじゃろう?」
「ええ、もちろんそうよ。夏希がトリネロにいるってんなら私だってここに住むわ」
「じゃあそれでええじゃろ。なあ主様?」
「うん、ミューズがここに住むなら一緒にいればいいよ。でも住む場所が問題なんだよね。トリネロじゃ、滞在許可証を貰えるまでは部屋を借りることができないからね。今は僕と叢雲は別の宿泊所にご厄介になっているんだ。とりあえずミューズだけどこかに部屋を借りてそこに住んでてもらうって感じになると思うよ」
「そうなるじゃろうな」
「嫌よそんなの! 何で夏希と再開できたってのにまた別の部屋になんて住まなきゃならないの!」
「いやだってそうするしかないよ」
「じゃあ、私も宿泊所に住む! 部屋なんて借りない!」
「……え? エリスが労務場の宿泊所に……? えーっと……叢雲、それってアリなの?」
「アリかナシかで言ったらアリなんじゃろうが……ミューズ、本気かの? それに、労務場の宿泊所は男女で分かれておるから、どのみち主様と一緒の部屋で寝泊まりはできんぞ?」
「そんなの親子なんだから別にいいじゃない。狭くたって構わないよ? 労務場の現場長はアルドと言ったわよね。私が話を通すから大丈夫。親子で一緒に住みたいっていう希望くらい聞いてくれるでしょう」
「なんじゃそれは! ズルい! ズルいぞミューズ! 母親特権じゃ! 差別じゃ! 儂も主様と同じ部屋に住みたいわい!」
「母親特権って何よ! 母親と子供が一緒に住むことのどこが特権なの! 自然! 自然な流れよ!」
「儂も住む! 主様と一緒の部屋に住む!」
ミューズと叢雲があーだこーだと言い争う。
いや、多分無理だと思う。
だって狭いから。
多分ミューズが想像しているよりもずっと狭いから。
宿泊所は3人が暮らせるような作りになってないからね?
1人用、というか1人でもやっとこだからね?
というか男女別だからね?
叢雲は分かっているはずなんだけどなぁ。
「夏希! 労務場に着いたらまずそこら辺をハッキリさせるからね! 私がアルドと話をする!」
「うむそうじゃな。儂も話に加わるとしよう」
え-……なんか厄介なことになりそうで嫌だなぁ。
僕の立場は新入りだってのに、突然いなくなるわ帰ってきたら母親がなんか言い出すわとか、ちょっと勘弁して欲しいんだけどなぁ……
でも言い出しちゃったからなぁ、もう僕が何言っても無駄だよね、このパターン。
そうこうしているうちに労務場に到着する。
「現場長、突然いなくなってすみませんでした」
「おう新入りか! 戻って来たんだな! エリス様に連れて行かれた時は何事かと思ったが、戻って来たんなら何よりだ!」
「はい、色々ありましたが」
「いいさ! 男なら色々あるってもんよ! 仕事にはすぐに戻れるのか?」
「はい、すぐにでも戻れます……と言いたいのですが、現場長にちょっと相談があるのですが……」
「おうなんだ? 言ってみろ」
「えーっと……詳しいことはあの2人に聞いて頂きたいのですが……」
「あの2人?」
ミューズと叢雲を指差す。
「叢雲ちゃんと……女神様、だよな」
「ええ、そうなんです」
「確かあの女神様は、新入りの母親だってこの前会った時におっしゃってた気がするんだが……」
「あ、現場長はもうミューズと面識があるんでしたっけ。そうなんです、あれ、僕の母親なんですよ」
「……なんかよく分からんが、本人達が言うのなら本当なんだろうな……」
ミューズが現場長と僕のところに歩み寄る。
「アルド、約束通り夏希を連れ帰ってきたよ」
「ええ女神様。ありがとうございます。見たところ怪我もないようで安心致しました」
「当然よ……と言いたいところだけど、怪我はしたんだよね……回復魔法で誤魔化したけど」
「そうでしたか。ですがこうして戻ってこれたのですから」
「そうね、戻って来れたのだから良しとしましょう。さてそれでアルド、あなたに相談があるのだけど聞いてもらえる?」
「なんなりと」
「私、夏希と一緒に住むことにしたから。でも夏希は滞在許可証がないから部屋を借りられないの。だから、ここの宿泊所に私も一緒に住むことになったの。もちろん同じ部屋でね」
僕は心の中で突っ込まざるを得ない。
それ相談じゃないよ!
決定事項を伝えてるだけだよ!
「……は? 女神様がここの宿泊所に……ですか?」
「ええそうよ。狭くても構わない。ベッドの1つで大丈夫。私と夏希は親子だからね」
「え……はあ……え?」
「現場長! 儂も一緒に住むぞ! 主様と同じ部屋じゃ! 最初からこうしておれば良かったわい!」
「え? 叢雲ちゃんまで何を!」
「アルドは別に何もしなくていいよ。ただ許可をくれればいいだけ。簡単でしょう。あ、もちろん宿泊所を使う以上は私も労務をするよ」
「め、女神様が労務を?? いえそれは!!」
「泊めてもらうのだから当たり前でしょ。夏希と一緒に働くってのも面白そうだしね。叢雲は食堂で働いているんだよね。私はどっちかというと肉体労働の方が得意だから、そういう仕事に回してくれる?」
「女神様が肉体労働? それで労務場の宿泊所に寝泊まり? そ、そ、それは! 私の一存で決められることでは……!」
「アルドがここの責任者でしょ。あなたが許可を出せばそれでいいよ。後で問題にもさせないから安心して。必要ならトリネロ公にも話を通すけど……そこまでするほどの話じゃないでしょう?」
「カルロ様に? 労務場の現場でのことをカルロ様になど……! いや、女神様が関わることだから……相談した方がいいの……だろうか……?」
「大丈夫だから。変なことにはならないから、安心なさい」
「は、はぁ……」
「じゃ、今日から私も夏希と一緒に働いて、一緒の部屋に住むから。そういうことで宜しく頼むよアルド」
「…………分かりました。ですが、さすがに今新入りが泊まっている部屋に3人でというわけにはいきません。もう少し広めの部屋がありますのでそこへお泊まり下さい。本来は複数人の労務者を泊める部屋なのですが、今は使っておりませんので」
「分かったよ、ありがとうアルド」
話がまとまったようだ……
まとまったの?これ。
強引すぎるよミューズ!
部屋が広くなったのはちょっと嬉しいけど!
とそこへ食堂長が走り寄ってきた。
「叢雲ちゃん! 戻ってきたんだね!」
「食堂長。突然仕事を放棄してしまい申し訳ありませんでした」
叢雲は相変わらず食堂長には敬語だ。
「戻って来てくれたんならそれでいいよ! 女神様が連れ帰ってきてくれるって言うから安心はしていたんだけど……本当に良かった!」
「3週間働いただけの私を心配してもらって、本当にありがたい。またすぐにでも仕事に復帰できますので」
「うん! 待ってるからね叢雲ちゃん! それと……女神様、ありがとうございました。約束通り連れ帰ってきて頂いて感謝しております」
「いや別にいいんだよ。私が連れ戻したかったからそうしただけだしね。それと、私もこの労務場で働くことになったから宜しくね。食堂には毎日ご飯を食べに行くからね! おいしいご飯を期待しているよ!」
「え、え……え? 女神様がこの労務場で働く……? おいアルド、本当なのかい?」
食堂長が現場長に尋ねる。
こういう反応になるのが当たり前だよなぁ。
「ああ、本当だ。女神様がここで働いて下さることになった。泊まる場所も宿泊所だ」
「宿泊所に女神様がお泊りになる?? アルド、あんた本気で言っているのかい」
「本当だとも。女神様がそうご希望だ。ああそうだカーラ、食堂で働いている女を何人か宿泊所に派遣して、複数人部屋の掃除をさせてくれ。隅から隅までな。そこの部屋に女神様と新入りを叢雲ちゃんが泊まるからな。俺のとこは男ばっかりだからな、綺麗に掃除なんかできるやつはいないんでな」
「ああ……それは構わないけど……大変なことになったねぇ」
本当だよ。
大変なことだよ。
まさかミューズと僕が一緒の職場で働くことになるなんて、ついこないだまで想像もしなかったよ。
というか恥ずかしいよ!
母親と職場が一緒って……これって人間だと普通なのかな?
少なくとも僕はちょっと恥ずかしい!
ミューズは肉体労働希望らしいけど、それって僕と同じ現場で働くことになるし、周りはみんな男の人ばっかりだよ!
そんな中でミューズがいたら間違いなく目立つし、それが僕の母親だとか……しかも女神だとか……ああ、考えただけで顔から火が出る!
絶対に働いている最中にも僕を甘やかして色々するだろうし!
何だろうこの感情は!
母親と働いたって別にいいはずなのに、なぜか恥ずかしい!
ううー……
恥ずかしい!
「主様、また一緒じゃな」
叢雲が声をかけてくる。
そうだ、叢雲も一緒に住めるんだ。
それは素直に嬉しい。
心から。
エリスとの戦いの中で僕が決心をしようとした時……叢雲は、自分も半分背負ってくれると言った。
僕1人では潰されてしまうほどの決心を、叢雲がいてくれたお陰ですることができた。
僕は叢雲が大好きだ。
ずっと一緒にいたい。
一緒に暮らせるのなら、僕の人生最後の時までいたい。
「夏希、なんか夏希の心の中で私と叢雲の扱いに差があるような気がするんだけど……私の気のせいかな?」
鋭すぎる!
心を読む術技でも会得しているんだろうかミューズは!
でもその通りだから困る!
いやミューズは僕のためにトリネロまで来てくれたんだし、心から心配してくれたし、もちろん感謝しているけども!
「そ、そんなことないよ! ミューズと一緒にいれるようになって嬉しいよ!」
「ふーん、ならいいけど……ママには隠し事とかしちゃダメだからね?」
「わ、わ、分かってるよ!」
「ママと一緒だと恥ずかしいとか思っちゃダメだからね?」
「読心術!」
……色々心配はあるけど、僕はミューズと叢雲と一緒に暮らすことになる。
ひとつ屋根の下。
家族だから、それが一番自然なのだろう。
庭から逃げてきたけどね!
でも、ミューズはハーモニーとフォルテを話し合って、僕のことを色々と考えてくれていたらしい。
ただひたすらに庭に縛り付けるのではなく、僕の話を聞いてくれて、それで話し合うことができるようになった。
それはとても嬉しい。
話した結果が僕の望むものでなかったとしても、家族と話して、意見を聞いて、自分の意見も言って……そういう関係になれたことが嬉しい。
それってとっても人間の家族っぽいからね。
さ、また労務を頑張ろう。
ご飯を食べる為に、屋根のある部屋で寝るために、頑張るんだ。




