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エリスの話

「夏希!」


 ミューズが僕に駆け寄る。

 僕とエリスの戦闘が終了した時点で、戦士団はミューズに封術をかけるのをやめていた。


「怪我は! 怪我を見せなさい! ああ、夏希……こんなに痛くして!」


「そりゃまぁ、女神と戦闘したからね。怪我くらいはしょうがないよ」


「しょうがなくない! 人間相手に女神がこんなことするなんて! エリス!! 今度は私が相手よ!!」


 ミューズがエリスに向かって怒鳴る。

 こうなるとは思っていたけど……止めようか。


「ああ、ごめんなさいね……うん……ごめんなさい。浄化の技まで使ってしまったわ。直撃はしなかったから、後遺症は残らないと思う。でも回復魔法をかけるから……こっちにいらっしゃい、夏希」


「浄化の技は人間相手に使うような技じゃない! 何を考えているのエリス!!」


「ええ、本当にそうね。ごめんなさい。私が全面的に悪かったわ。心から謝罪する。回復魔法だけではなく、私にできることは何でもするわ」


「え、ええ……そうよ、あなたが悪いのよ……なんか調子狂うなぁ」


「さ、夏希。こっちにいらっしゃい。浄化の技も少しはかすっているでしょうし、その前に私が蹴ったところ痛いでしょう」


「あ、はい……」


 エリスに呼ばれ近づくが、ミューズの突っ込みが入る。


「……エリス、あなたなに夏希を名前で呼んでいるのよ」


「何か問題があって? 人を名前で呼ぶくらい当たり前のことじゃない」


「さっきまで名前でなんて呼んでいなかったじゃない」


「さっきまではそうだったわね。でも今は違う。それだけよ」


「なんかムカつく! 夏希にこんな怪我をさせた癖に!」


 エリスがミューズを無視して僕に近づき、回復魔法をかける。

 蹴られまくった部分が回復していく。

 エリスは回復魔法も得意なのだろうか、すぐに完治する。


「傷はすぐに回復するけど、疲労はどうにもならないし、もしかしたら身体の内部に何かしらの異常が残っているかもしれないから、また私に見せに来なさい」


「分かりました」


「……ねえ、夏希」


「はい、なんでしょう」


「私ね、子供がいたの」


「……子供達(カリーナ)、ですよね」


「ええ、そうよ。ずっと、ずっと昔の話だけどね」


「僕とミューズのように、仲が良かったですか?」


「仲は……どうだったかしら。夏希とミューズのような関係ではなかったかもしれないわね。あの子は性格もあなたとは違っていたし」


「そうですか」


「さっき夏希が使った無拍子と紫電……あれは、私の子供達(カリーナ)が使っていた技よ。他にも使っていた子はいたかもしれないけどね」


「そうですか。だからあんなに激昂したんですね」


「なんかね、私の子供達(カリーナ)の技が取られちゃったみたいで……いいえ、違うわね……ただあの子を思い出して気持ちが普通でいられなくなっただけね、きっと」


「愛していたんですね」


「愛して……そうね、うん、そうね……でも、ミューズのように気持ちを出すのは私は苦手だから……あの子にきちんと伝わっていたかは分からないわ。あの子も今のあなたと同じように運命に抗おうとしていたから……それが正しいのか私にも分からなかったし……今も分かっていないのだけど……もっと普通に、母としてあの子を愛してあげれば良かったと今でもたまに思うわ」


「その人の技があったから、今僕はこうしていられるんです。少なくとも僕は感謝していますよ」


「そう。あの子の技をあなたが使って……ね」


「はい、使わせて頂きました。これからもお世話になると思います」


「ねえ。さっき叢雲と話していたわよね。あなたの術技……女神の加護(極)だったかしら。それは、過去の子供達(カリーナ)との記憶の共有ができるものだと」


「そうです」


「ねえ、ねえ……あの子の技を使っていたのなら……あの子の記憶は、あなたは読めるの? ねえ、教えて。あの子の気持ちを教えて! どんな気持ちで生きていたのか、どんな気持ちで人生を終えたのか、後悔はなかったのか、私は母として上手くやれていたのか、私との時間は幸せなものだったのか……お願い! 教えて!」


「……残念ですが、僕の術技はそこまでのことは分からないんです。数万分の一か、数億分の一か……もっと小さな記憶しか読み取れない。さっきは運良く無拍子と紫電の記憶を読み取れましたが……」


「そう……そうなの……」


「でも、僕に無拍子と紫電の記憶を与えてくれた人は、あなたの子供達(カリーナ)に間違いないです。それは分かりました。それに……」


「……それに?」


「その人の記憶は、とても暖かい印象に包まれていましたよ。細かい部分までは分かりませんが、それは間違いないです。少なくとも、後悔にまみれて死んでいったとか……そういうことはなかったんだと思います」


「そう……ありがとう……それで十分だわ……もしかしたら、私との戦いであなたがあの子の記憶を読めたのも、何かの縁だったのかもしれないわね」


「縁、ですか。確かにそうかもしれません。たくさんいる子供達(カリーナ)の中からあなたの子供の記憶がこの場で僕に与えられたのは、何かの縁がなければ説明がつかないかもしれません」


「ふふ、縁……ね。今更あの子との縁が……ね」


「ただの偶然かもしれませんけどね?」


「いいえ、偶然なんかじゃないと思うわ。きっとね…………もしかしたら、あなたとこうして普通に喋れるようになるきっかけをあの子が作ってくれたのかもしれないわね…………さて夏希。あなたはこれからどうするつもり? 迷宮も塔も城もあなたが壊す、その決意は分かったのだけど、まずはどうするつもり?」


「一足飛びに何かを成し遂げられるタイプじゃありませんからね、僕は。まずはここトリネロに留まりますよ。それに、迷宮の攻略だけが僕の人生の全てではありません。そこはハッキリさせておきます。僕の人生の中で解決しなければならない事の一つではありますがね」


「迷宮も塔も城も壊すなんて大きな決心をしておきながら、それが人生の最優先ではないって……夏希、あなたは意外と大物なのかもしれないわね」


「ただの馬鹿かもしれませんけどね」


「フフ……それでもいいわ。馬鹿な子でも可愛いもの。夏希、トリネロに留まるならあなたここに住みなさい。市民権もすぐに発行してあげる。どうせトリネロにいるならどこかに住まなければならないのだもの、それがここなら文句ないでしょう?」


「え、ああ、うーん……確かに住むところが決まるのはありがた……」


 そこに2人の声が割り込んでくる。


「はいそこまで!」

「そこでストップじゃ!」


 ミューズと叢雲だ。

 叢雲はとっくに人の姿に戻っていたようだ。


「なんで夏希とエリスが一緒に住むの! 馬鹿も休み休み言いなさい! 母親である私がいるのだから、私と一緒にいるに決まっているでしょう!」


「エリス、お前図々しすぎじゃ。大方自分の子供達(カリーナ)の面影を主様に見ているのじゃろうが……主様は主様じゃ。他の誰でもないぞ」


 どうやらミューズと叢雲は僕がここに住むのは反対のご様子だ。


「夏希、あなたがトリネロに住みたいのなら私は全然構わないよ。庭に連れ戻すなんてことはしない。だけど、あなたはまだ子供だよ。ママと一緒に部屋を探そう。2人で住めるような部屋を。ああ……もしかしたらハーモニーとフォルテも来るかもしれないから、もう少し広い方がいいかもしれないな……」


「主様、とりあえずここを離れるぞ。エリスに好き勝手させておいたら、そのうち主様を養子にするとか言い出しかねんわ」


「あら、それもいいかもしれないわね」


「黙っとれエリス!!」


 まずはミューズと叢雲と一緒にここを離れて方が良さそうだ。

 絶対にケンカになる予感だよ!

 それに、労務場での仕事がまだ途中なんだった。

 エリスは市民権を発行してくれると言うけど、僕はそれに甘えるつもりはない。

 最初に決めた通り、労務をこなして滞在許可証を貰おう。

 それから部屋を探そう。

 それまでは労務場での宿泊所にご厄介になろう。

 さっきは無料で神殿に住めるっていう誘惑にちょっと負けそうになったけどね! 

 だって凄い豪華で快適そうだからね、ここ。


 エリスがああ言ってくれたのは僕が子供達(カリーナ)だから。

 だけど、僕は人間として生きたくて庭から飛び出してきたんだ。

 自分のできるところまでは自分でやろう。

 どうにもならなくなったら、エリスに頼るのもいいかもしれない。

 考えてみたら、エリスは僕の遠い遠いご先祖様なんだしね、ひいひいひいひいひい……………………お婆ちゃんってことになるのかな?

 見た目は僕と同じくらいの年齢なのにね!


 さ、労務場に帰ろう。

 現場長に突然仕事を放棄したことを謝らなくちゃ。

 

「それじゃエリス、バイバイ。また今度遊びに来るよ!」


 お婆ちゃんにかけるようなセリフをエリスに言う。


「え、ああ……そうね……そうね! いつでも来なさい夏希! 待ってるから! というか私が行くから!」


「いつでも来て! エリスは僕のお婆ちゃんだからね!」


「お婆ちゃんって言わないで! 確かにそうだけど!」


 僕は笑いながら、神殿を後にした。

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