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「いつまでここにいれば良いのですか? 労務場での仕事があるのでそろそろ戻りたいのですが」


 椅子に腰掛け紅茶を飲むエリスに話しかける。

 労務場の食堂から、僕はエリスに連れてこられてずっとここにいる。

 神殿……というのだろうか? 

 恐らくはエリスの為に用意された建造物。

 その一室にいる。


「労務場にはもう戻らなくていいわ。あなたはここにずっといればいいの」


「そういうわけにはいきません。現場長には何も話していませんし、何より新入りが突然仕事を放棄など許されることではないでしょう」


「心配いらないわ」


「労務を続けていれば、滞在許可証が貰えるんです。僕と叢雲はそのために頑張っているんですよ」


「……あなた分かってて言っているでしょう。もうその必要はないの。心配はいらないわ」


「…………」


「滞在許可証も市民権も必要ない。あなたはずっとトリネロにいられるわ。私がそうするから。もちろんカルロにもきちんと話は通すわよ。不法滞在ではなく、正規の手続きでこの都市にいられるようにね」


「……叢雲はどこですか? 叢雲も食堂での仕事があるのですが」


「あなたはもう叢雲のことを考えなくていいわ。守り刀として叢雲はとても良くやってくれたみたいね。あなたが死なずに今ここにいられるのは叢雲のお陰でしょう。まぁあなたが自由にやっているのを許していた時点で守り刀失格ではあるのだけど。でもどちらにせよ仕事は終わり。あなたはここで私が保護するのだから」


「叢雲に会わせて下さい」


「必要ないと言っているでしょう」


「必要とかそういう話じゃありません。僕と叢雲は2人で頑張って生きていくんです。ずっとこの都市にいるか他の場所に行くのかはまだ分かりませんが、叢雲と離れることは僕は考えていません」


「いいえ、必要・不必要の話よ。叢雲はあなたを守る存在。つまり守る必要がないのなら叢雲はあなたと一緒にいる意味がないの。だからあなたはもう叢雲と会う必要がない」


「……叢雲はどこにいるんですか」


「地下にある部屋にいるわ。少なくともあなたが生きているうちは会うことはないでしょうけど。叢雲は序列一位の刀だけど、刀剣である以上は使い手がいなければ何もできないのだから、あなたも変な期待はしないことね」


「……あなたは一体何なんだ」


「何なんだ、とはどういう意味かしら。私は女神よ。あなたの母親と同じ、ね」


「あなたがミューズと同じ存在だとは思えない」


「それはあなたの目が曇っているのでしょう。女神という存在を考えたのならば、ミューズよりも私の方がより女神らしいわ」


「女神らしい? あなたが? 僕にはとてもそうは思えない。ミューズはもっと優しくて人間味があった」


「それはミューズが女神らしくないと言っているのと同じよ。女神が人間味があってどうするというの」


「言っている意味が分からない。女神に人間味があって何がいけないんですか」


「あなた、女神を何だと思っているの? 人間に優しくしてくれる存在だとでも思っているの?」


「少なくともミューズは僕には優しかった。やり方がちょっと極端だったけど、それでも全ては愛情があってのことだった」


「繰り返しになるけど、それはミューズが女神らしくないからよ。女神はそういう存在ではないのだから」


「じゃあ女神って何なんですか」


「世界を守る存在。それ以上でもそれ以下でもない」


「世界? スケールが大きくなりましたね」


「その言葉の通りなのだもの。大きいも小さいもないわ。私達女神は世界の守り手。それだけよ」


「話が抽象的過ぎて何が何だか分からない。世界を何から守っていると言うんですか。犯罪組織などの悪い人間からですか? それとも為政者の横暴から? まさか自然災害からですか?」


「そんなことは人間同士で解決すればいいわ。私達が守っているのは人間も含めた世界全体。あなたミューズから何も聞いていないの?」


「ミューズもハーモニーもフォルテもそういう話はしませんでしたから」


「あの3人にも困ったものね。……もしかしたらそれが愛情のつもりだったのかしらね」


「犯罪からでも為政者からでも自然災害からでもない。あなた達女神は何から世界を守っているというんですか。世界を守るとか言われても僕には全然ピンとこない。そしてそれは僕と何の関係があるんですか。あなたが僕をここに連れてきたのと何か関係があるんですか。何も知らないままずっとここにいろ、しかもあなたと子供を作れと言われて納得なんてできるはずがないでしょう」


「叢雲からも何も聞いていないのね」


「何も聞いていません。叢雲は僕が人間として生きてそれで死ぬならそれが一番いいと、そういうようなことを言っていましたからね」


「はぁ。本当に壊れてしまったのね叢雲は」


「僕は叢雲が壊れたなんてとても思えない。叢雲はとても思慮深くて優しくて、僕にとって大切なパートナーです」


「いいえ壊れてしまったのよ。叢雲がやろうとしていたのは、あなた1人だけを大切にして世界なんてどうでも良くなってもいいということだもの」


「また世界ですか。なんですか世界って。話が大きすぎて何かを誤魔化されているとしか思えない」


「世界は世界。そうね。何も知らないあなたにとっては抽象的に聞こえるかもしれないわね。分かっているのならとても具体的に聞こえるはずなんだけど」


「じゃあ聞かせて下さいよ、世界の話ってやつを。あなた達女神が何から世界を守っているのかの話を」


「簡単よ。私達は、七都市にある地下迷宮、塔、城という3つの存在から世界を守っているの。あなたも迷宮ダンジョンの労務場で働いていたのだからその存在が何なのかは分かるでしょう」


「…………?? 迷宮と塔、城から世界を守る???」


「そうよ」


「……迷宮から漏れ出てくるモンスターは確かに脅威だと思います。思いますけど……あなた達女神の存在理由が、そのためにある、と?」


「迷宮から出てくるモンスター? ああ、あんなものはただのイレギュラーというか、オマケみたいなものよ。現に戦士団が守っている限り何も問題は起きていないでしょう。たまに商業区や居住区の方にモンスターが行ってしまうこともあるけど、それだけ。すぐに討伐されるわ」


「じゃあなおさら意味が分からない。迷宮から漏れ出てくるモンスターが大した問題でないのなら、なぜ迷宮、塔、城が世界にとっての脅威に? いや脅威だとしても、あなた達女神がそれから世界を守るっていうのはどういうことなんですか」


「今の迷宮の姿は本来のものではないの。本来の地下迷宮は、世界を滅ぼす厄災を常に振りまくもの。人間の力では太刀打ちできない程の厄災をね」


「今の地下迷宮が本来の姿ではない……?」


「そう。だからたまにモンスターが漏れ出てくる程度で済んでいる。人間の力でも討伐可能な程度のモンスターでね」


「…………」


「そして、なぜ地下迷宮が本来の姿ではないのか? あの程度で済んでいるのか? それがあなたの存在理由よ」


「僕が地下迷宮と関係が……?」


「あなたは、封印のキー。地下迷宮と塔、城が本来の姿に戻ってしまわないようにするための鍵よ。あなたの父も祖父も、曽祖父も、ずっとそのために存在してきた。そして私達女神は、ずっとあなた達と婚姻をして、子を成してきた」


「え、なに? ちょっと待って……」


「私達女神は、あなた達と子を作り封印を途絶えさせないようにするために存在する。子を作る前にあなた達が死んでしまわないように守るために存在するの。だから私はあなたが外で自由に暮らしているのを見つけて、すぐに保護した。叢雲が壊れてしまったと言ったのはこのせいよ。叢雲は女神ではないけど、あなたを守る為の存在というのは同じ。その叢雲が、あなたを危険に晒していたのだから、壊れたと思われてもしょうがないでしょう」


「はいーーーーーーーー?」

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