はじめての労働
「おい新入り! この魔石の入った箱そっちに運んどけって言っただろ!」
「はいすみません! すぐにやります!」
「おい新入り! 道具は使ったら元の場所にすぐに戻せ! 次に使うやつが困るだろう!」
「すみません! すぐに戻します! 次からは気を付けます!」
「おい新入り! 探索隊の皆様が戻っていらしたぞ! 冷たい水と椅子を用意して差し上げろ!」
「はいすぐに!」
「おい新入り! 探索隊の方にちょっとした摘めるものも用意だ! 気を利かせろ! 水だけ渡してどうしようってんだ!」
「はい! 軽食を食堂の方に作って貰ってきます!」
都市に入って3週間。
僕は完全に労務者になっていた。
新入りとして。
仕事内容は、完全に雑用。
掃除から何から、言われれば何でもやるのだ。
身分証を持たない僕が都市に入って課されたのがこの労務だ。
一定期間の労務を滞りなく終えれば、滞在許可証という名の身分証を発行して貰えることになっている。
僕が最初に着いた都市、トリネロ。
トリネロの滞在許可証を。
市民権を証明する身分証はとても貰えないが、都市の滞在許可証があれば他の都市や街に行っても身分証として問題なく通用するとのことだ。
叢雲も働いてくれている。
僕のような力仕事が多い現場ではなく、食堂に配置されることが多いようだ。
文句を言うかと思ったが、「こういうのも新鮮で楽しいものじゃ。ずっと刀でいるよりはマシというものじゃ」と言ってくれた。
ありがたいことだ。
僕の甲斐性なしのせいで叢雲まで働いているというのに。
その叢雲が今日配置されて働いているはずの食堂に向かう。
探索者の方に出す軽食を作ってもらうのだ。
「すみません! 何か簡単な軽食を作って頂けますか? 探索隊の方にお出ししたいのです」
「おぉ主様か。働いておるようじゃの。待っておれ。食堂長に言って何か作ってもらうとしよう」
「叢雲も頑張っているみたいだね。お疲れ様。うん、何か作って貰ってきてくれるかな」
「パンに肉を挟んだものでよかろう。あれならすぐに出来るでな。ちょっと待っておれ」
「ありがとう叢雲」
バタバタと叢雲が厨房に向かう。
厨房から食堂長がヌっと顔を出してきた。
「夏希君、ご苦労だね。今作るからちょっとそこの椅子に座って待っていておくれ」
「はい、ご面倒かけます。ではここで待たせて頂きます」
「探索隊の連中は軽食と言ってもたんまりと食うからね。ちょっと時間がかかるかもしれない。叢雲ちゃんと話してなさい。叢雲ちゃん!作るのはこっちでやるから少し休憩にしておいで」
「はい食堂長、ありがとうございます」
食堂長は、年齢50歳くらいだろうか。
気のいい女将さんというイメージの女性だ。
この食堂で働き始めて30年になるという。
この近辺の労務者の中でも大ベテランだ。
僕と叢雲のことを気に入ってくれているようで、よくしてもらっている。
ありがたいことだ。
叢雲も食堂長にはきちんとした敬語だ。
「今日は特に忙しいね。僕のいる現場もてんてこまいだよ」
「今日は探索隊の投入が多かったからの。しょうがないわい。食堂の方も今さっきやっと一段落ついたところじゃ。これからまた皿洗いがたんまりと待っておるわい」
「僕も軽食を持って行ったらすぐに探索隊の人達が持ち帰ってきた荷物を整理して運ばないと……重たいものが少ないといいけど」
「ふふふ……儂も主様も、なんというか働くのが段々と板についてきたの。案外と主様はこういう生活が向いておるんじゃないか?」
「そうかもしれないね。多分、僕は肉体労働って結構向いているんだと思う。気持ちがいいよね」
「主様が望むならずっと続けてもええんじゃぞ? 滞在許可証が貰えれば都市内に部屋を借りることもできるようになるでの。今は労務者用の宿泊所じゃから寝る時も儂と主様は離れ離れじゃが、部屋を借りられればまた一緒に生活できるようになるでの」
「うん、それもいいかもしれない」
「それにこのまま5年も真面目に働ければもしかすれば市民権も貰えるかもしれんの。食堂長が言うにはそのくらいで貰えるもんらしい。そうなれば部屋を借りるだけではなくて、金さえ用意できれば不動産の所有も可能になるでの。……まぁそれまでここで労務を続ける者は稀という話じゃが」
「夢が広がるね!」
最初は奴隷のようにひたすら働かされる可能性も考慮していたのだけど、ここでの労務者の扱いはそれ程酷いものではなかった。
犯罪を犯した者が奴隷落ちしての扱いとは明確に区別されているようだ。
それに、こうして労務者として働いていることによって、この街の仕組みがだんだんと分かってきた。
この都市トリネロは、迷宮都市だ。
七都市は地下迷宮が3つ、塔が3つ、城が1つという構成。
合計で7つで七都市。
そのうちの地下迷宮の1つがここ都市トリネロに存在するのだ。
名称は迷宮トリネロ。
そのままだ。
というか、迷宮の名前が先にあって、後から都市の名前が付けられたという経緯らしい。
考えてみれば迷宮からモンスターを出さない為に都市が作られたのだから、その順序なのは当たり前なのかもしれない。
迷宮周りには様々な仕事があって、僕はそこでの労務をしているのだ。
「迷宮を守る戦士団がいるのは叢雲から聞いていたけど、迷宮に潜る探索者がいるとは思わなかったよ」
「迷宮からはモンスターが出るが、迷宮から得られる物もまた多いからの。迷宮からしか採掘できない金属や、稀に出る剣や槍、防具などはどれも一線級の代物ばかりじゃ。都市が発展しておるのも、迷宮からの恩恵という考え方もできるの」
「そのお陰で僕達はこうして働けているんだから、ありがたいことだよ」
「そうかもしれんの。仕事があって食事ができるというのはありがたいことじゃ」
「うん。本当にそう思うよ」
「儂は、主様が探索者を見て『僕も探索者になってみたい!』とか言い出さないかヒヤヒヤしておったわい。だがどうじゃら杞憂のようじゃの。主様はこうして汗水垂らして働くのが嫌いではないらしいでの」
「そういう気持ちがなかったと言ったら嘘になるけど、探索者の人達の強さを見たら……ねえ。高レベルモンスターが出る迷宮トリネロで探索者をするというのは、本当に凄いことだよ。僕では全然力不足だ」
「ええんじゃええんじゃ。それでええんじゃ。こうして主様と働いておれるだけで儂は幸せじゃ。こうしてこのまま頑張って、小さい部屋でも借りて一緒に過ごして、主様の身体が弱ってきたら儂が世話して、それで一生を終えてくれたらそれ以上の幸せはない。迷宮に潜ってどうするというのじゃ。迷宮からは確かに色んな物を持ってこれるが、儂以上の武器など迷宮最奥部に行っても存在せんのだしの」
「うん。そうだね。叢雲は序列一位の刀剣だし……それに何より、叢雲以上に大切なものは僕にはないからね。序列とか関係なしにね。迷宮になんてあるわけがないよ」
「むふ……むふふふ……主様も分かってきたようじゃのぅ。そうじゃ儂以上の女なんぞ存在せんぞ。ぬふ、ぬふふぐふふふ……」
「なんか笑顔があまり人に見せられない崩れ方をしているけど……でもそうだね。叢雲は大切だよ」
僕と叢雲が休憩時間を楽しんでいると、食堂長から声がかかった。
「夏希君! 軽食ができたよ。探索隊の連中も腹すかせているだろうから早く持っていっておあげ! 叢雲ちゃん、悪いけど皿洗いお願いできるかい?」
「はい食堂長ありがとうございます。では頂いていきます。それじゃ叢雲、また後でね」
「うむ。しっかり働くんじゃぞ」
食堂長から受け取った軽食が入った紙袋を持って、急いで持ち場に戻る。
皿に出してから配った方がいいだろうか?
いや、探索隊の皆さんはお腹がすいているだろうし、このまま手渡しの方が時間がかからなくていいだろう。
パンに肉を挟んだものだから、手掴みでそのまま食べられるし。
そんなことを考えながら持ち場に戻ると、何やら騒々しい。
新しい探索隊が戻ってきたのだろうか?
だとしたら出遅れた。
早く仕事をしないと。
「現場長。軽食を持ってきましたが、何か忙しいようですね。何か優先的にすることはありますか?」
「おう新入りか。それどころじゃねえ。公爵様と女神様が視察においでになるってよ。抜き打ち視察だ。飯はとりあえずいいから、現場周りを片付けろ。できるだけ見栄え良くな」
お偉いさんの視察か。
それは大変だ。
現場長が慌てるのも分かる。
公爵様は、ここトリネロを治める大貴族。
公爵様自らが現場へ視察においでになるとは。
トリネロを治める貴族ということは、それは即ち七貴族ということ。
この世界における最高権力者のうちの1人ということだ。
叢雲に聞いてはいたけど、こんなに早くに見ることができるとは思わなかった。
……それにしても、公爵様と女神様?
女神?
ミューズと同じ女神。
僕の母親と同じ女神。
なんだろうか。
鼓動が早くなった。




