昼食
上着だけ着替えて、玄関へ向かう。
今日は暖かいから、半袖に薄めの上着を羽織る感じで十分だと思う。
靴は少し長めに歩くことになっても痛くなりにくい柔らかい革製のものにしてある。
「早かったね! 準備はもういいの?」
玄関に着くと、母親で女神のミューズが尋ねてきた。
「僕の着替えなんてすぐに済むって。分かってるでしょ」
「それはそうだけど~。私と早く会いたくなって急いでくれたのかと思ってね!」
「うん。お腹すいたから早くご飯を食べたいかな」
「また照れて! そういうお年頃なの? 大丈夫よ今はママしかいないから。抱っこしよっか?」
「うん照れた照れたよ。さ、じゃあ行こうか。いつもの丘の上にあるテーブルで食べるんでしょ。それと抱っこは見た目的にどうなのってこの前言ったでしょ。僕とミューズは同じくらいの年格好なんだからね」
「もうー……うんそうだよ。丘の上だよ」
「それはそうと、ちゃんとサンドイッチたくさん作った? またこの前みたいに足りなくてあの2人に文句言われても知らないよ?」
「大丈夫! 今日はたくさん作ったよ! 30個くらいあるからいくら夏希やあの2人が食べても平気だよ!」
「なら大丈夫だね。じゃ行こうか」
食事はいつも4人でする。
僕とミューズ、そしてもう2人……2人と言ってもいいのだろうか。
女神がもうお二方だ。
2柱? いや、2人でいいだろう。
いいと思う。多分。
僕達はその4人でこの箱庭に住んでいるのだ。
僕とミューズと、もう2人の女神であるハーモニーとフォルテ。
僕が物心ついた頃には当たり前のように4人での生活がそこにあった。
母親であるミューズは当たり前としても、ハーモニーもフォルテもいつも一緒だった。
何で女神3人は一緒にいるのと聞いたことがあるけど、女神仲間だからとしか言わない。
女神仲間なのは分かるけど、何で僕の子育てまで3人でしてるの? と聞いてみたこともあるけれど、やっぱり女神仲間だから、という返答しか返ってこなかった。
むしろ何で3人で子育てするのが変なの? と不思議がっていた。
共同で子育て? 何かの野生生物? と思ったこともあるけど、なんかそれが当たり前みたいになっていたので僕も特に反抗はしなかったし、それに良い面、というか助かる時もたくさんあった。
とにかく3人は僕に対して過保護なのだ。
僕が転びそうになれば目にも留まら速さで飛んできて身体を支えてくれるし、ちょっと困ったことがあれば何でも話を聞いてくれるし、解決してくれる。
少し寂しそうにしていればすぐに3人のうちの誰かが抱きしめてくれるし、僕の話はどんなつまらないことでも真剣に聞いてくれる。
この箱庭で暮らしている分には大層な困ったことというのもあまり起こらないのだけれど、それでも食べる物が少し味が薄ければすぐに味を整え直して持ってきてくれるし、雨が降れば自分が下着一枚になっても服を僕の上に掲げてくれる。
うん。過保護過ぎる過保護だ。
そんな過保護すぎる3人に囲まれて、僕は今までずっとここで育ってきた。
僕のためなら何だってするよ、そう言われ続けながら。
あなたは世界なの、あなたの命は世界より重いの、そう言われ続けながら。
「着いたよ~。あ、もうハーモニーとフォルテがいるよ!」
ミューズがよく通る声で僕に言う。
「いつもは僕たちのほうが早いのに、珍しいね。おーい、ハーモニー!フォルテ!」
「遅かったじゃない。今日は天気が良いからあなた達も早く来るかと思って急いじゃったわよ」
「問題ない。夏希が丘を登ってくるのを楽しみにしていた。こういう時間こそが大切」
ハーモニーとフォルテが僕を見て話かけてくる。
ハーモニーもフォルテもいつも通りの女神の装いだ。
ハーモニーは、一言で言うなら白い。
ほぼ真っ白にほんの少しだけ赤みがかったドレスを来て、髪の毛は透き通るような金色。
金色というか、ほとんどが白なんだけどほんの少し金色が混じっている、とても綺麗な色だ。
そのシルクのような髪の毛は束ねることなく、そのまま腰の辺りまで伸びている。
特に髪型を工夫しなくてもそれだけで十分に美しいのだから、元がいいのだろう。
対して、フォルテは黒い。
女神なのに黒い。
黒と濃い紺色でできあがったドレスを着ていて、そして髪の毛も黒い。
その黒い髪の毛を、ハーモニー同様に腰まで下ろしている。
ミューズとハーモニーはどことなく親しみやすい印象なのに対して、フォルテは見た目だけだとちょっと怖いかもしれない。
実際は過保護女神で怖くもなんともないんだけどね。
見た目だけの話ね。
色だけを言うなら、ミューズは赤、ハーモニーは白、フォルテは黒という風になる。
遠くから見てもすぐに分かるのだ。
便利でいいね!
ちなみに、ミューズもハーモニーもフォルテも、全員なぜかスカートが短い。
1年中同じ服装なので寒い時もあると思うのだけど、常にスカートは短い。
1回、寒い時は下にタイツとか履いたら?って言ったことがあるんだけど、全力で拒否された。
夏希だってこの方がいいでしょ? 可愛いでしょ? とか言ってくるし。
母親のスカートが短くて喜ぶのは……一般的にはそういうのもあるのだろうか?
僕にはちょっと分からない感覚だけど。
スカートが長くても短くても、極端なこと言えばどんな服を着ていても、この3人の女神は美しいのだと……思う。
思うというのは、比較する対象が近くにいないから。
というわけで、4人一緒の昼食が始まる。
今日も始まる。
いつも通りの食事。
4人での食事。
ここで、今日この場で、僕は箱庭を出たいということをこの3人に初めて話すのだ。