庭
数え切れないほど繰り返してきた3女神+僕での4人の昼食。
小さい頃は、一生続くのだと何も不思議に思うことなく信じていたのだと思う。
だってミューズは僕の母親だし、ハーモニーとフォルテはミューズと同じ女神。そこに僕がいるのが当たり前だと思っていて、変わることなんて少しも考えなかった。
「夏希もあと少しで16歳か~。本当に早いわね。少し前まで寝返りができた!とか喜んでいた気がするのにね」
ミューズが僕に話しかける。
「それはさすがに昔の話すぎない?寝返りができたのって0歳の頃でしょ。僕にとってははるか過去の話なんだけど。というか覚えてるわけないし」
「そんなことないよ!寝返りができたのもつかまり立ちができたのも、ついこないだ、うん本当に昨日のことみたいだよ!寝返りの時なんて、うおりゃーって感じで本当に頑張っていて、可愛かったなぁ」
「やめてよそういう話するの……ちょっと恥ずかしいよ。僕だって一応思春期なんだよ」
「うん。思春期なんだよね~。はぁほんと早いわ。このままのペースでいくと明日か明後日には20歳になっちゃうんじゃない?」
それはいくら何でもペースが早すぎる。1年後には老衰で亡くなってしまう。
そういえば僕が老衰で死んでしまう頃にはこの3女神はどうなっているんだろう?まぁ女神なんだから、多分今のままなのだろう。
ということは、今の容姿のままのミューズとハーモニーとフォルテがお爺ちゃんになった僕と一緒にいるのだろうか?いやいやいや、なんか想像したくないなぁそれ。
「夏希が赤ちゃんだった頃のことをまるで昨日のことのように思い出すのはミューズだけではないぞ。ハーモニーも私も同じ気持ちだ」
フォルテがミューズに同意する。
「0歳だった頃は、夏希はハーモニーと私にもとても懐いていて可愛かった……私のおっぱいを吸おうとしたりもしたぞ。出なくて泣いてしまった。1歳くらいになると、ママであるミューズが1番大好きになってしまったがな。あの時はちょっと悲しかった」
「本当にちょっとやめて。本当にやめて!!」
「ふふ。夏希はそれだけこの3人に愛されて育ってきたということだ。もちろんこれからもそうだ。ずっとそうだぞ」
「ずっと」。この言葉が今日も出た。4人で会話する時には頻繁に出る言葉。「ずっと」。
この言葉が出る度に違和感を感じるようになったのはいつからだっただろう。多分ここ2,3年くらいのことだろうと思う。
「ずっと」って何?僕が誰かと結婚するまで?それとも死んじゃうまで?そもそも僕は誰かと結婚するのだろうか。できるのだろうか。だって僕は3女神以外と会ったこともない。他の人間と会ったことがない。
だから、他の人間と結婚するというビジョンが思い浮かばない。
なら誰と結婚する?この3人にうちの誰かと?馬鹿らしい。そんなことはあり得ない。ミューズは母親だし、ハーモニーとフォルテも僕にとっては似たようなものだ。いくら見た目の容姿が僕と似たような10代半ばくらいの美少女だとしても、そういう対象としては見られない。
でも、「ずっと」が本当に言葉通りの意味で実現したとすれば、この3人のうち誰かと結婚するしかない。もし結婚するなら、の話だが。
では結婚しないとしたらどうなる。僕は一生誰とも恋愛も結婚も、心ときめく体験もないまま年老い、そして3女神に看取られて死んでゆく。
それは割と簡単に予想できる未来だ。
「ずっと……なんだ」
僕は思わずボソっと口からそんな台詞を出してしまう。すぐにハーモニーが返してくる。
「当たり前じゃない。ずっとよ。見晴らしのいい綺麗な丘でご飯を食べて、夜になればみんなで寝て……今は私とフォルテは夏希と別の家だからちょっと残念だけど……また次の日に明るくなればみんなで集まって。それがずっとよ」
「そうなんだね」
「あら、何?もしかして夏希はハーモニーとフォルテはいらないと思ってる?ママと一緒ならそれでいいって?まぁそれでも私は全然構わないわよ!朝昼晩、親子でずっと一緒にいましょう!」
「ちょっと待て。それだけはちょっと聞き捨てできんな。夏希がミューズとだけ一緒で、私たちはどうなってしまうというのだ。バカも休み休み言って欲しいものだ」
ミューズとフォルテが言い合う。
「まぁまぁ。何でもいいじゃない。夏希が誰と一緒だろうが、ここのお庭で4人一緒なのは変わらないわけだし。他の誰も入って来れないのだもの。ここのお庭には4人だけ。それだけは変わらないわ」
ハーモニーが話をまとめようとする。そう。庭。ハーモニーが今話した、庭。それが僕の世界の全てだ。
僕は生まれてからこの庭から出たことがない。
一度も、だ。
庭と言っても、そこそこは広い。丘があるくらいだし、川も流れている。
広さとすれば、1辺の長さが2,3kmある四角形と言えば分かりやすいだろうか。正確に測ったことはないけど、多分それくらいだろうと思う。
ここで、ご飯を食べるのも運動するのも本を読むのも、全てをやってきた。
3人の女神と僕とだけの庭。そのためだけに存在すると思われる庭。
女神曰く、ずっとこれからも4人の生活が続くという庭。
ずっと、だ。
「ずっと変わらないってのは、やっぱりもう決まっていることなんだね。ミューズとハーモニーとフォルテと僕で、誰か他にはいないんだよね」
「そりゃそうよ。誰かって、誰がこの庭に入ってくるっていうのよ。誰も入ってこれないし、誰も出られないわよ。あ、いや私たちは一応神様だから出ることもできるけど、人間である夏希は出ることはできないわよ」
「おいミューズ。変に誤解を招くようなことを言うもんじゃないぞ。私達が出られて夏希は出られないと言えば、私達が夏希を置いてこの庭から出ていってしまうみたいじゃないか」
「フォルテの言う通りよ。あり得ないことを言葉にするのは関心しないわね。夏希をこの庭に残して私達が別のところに行くなんて、絶対にないんだから」
「うーゴメンゴメン。悪かったわ。そうね。そんなあり得ないことを言うもんじゃないわね。私もハーモニーもフォルテもこの庭から出ていくことはないし、夏希はそもそも出られない。だからこれからもずっと一緒。言うまでもないことだけどこれでいいでしょ」
「うん、それでいい」
「ほんとに言うまでもないことだけどね」
話が終わる。
今までと変わらない生活が今度も保証されるという結論で、この話が終わる。
でも、今日はここで終わらさない。
「じゃあさ、僕が1人でこの庭から出て、ミューズ達が残るという可能性はないの?」
空気が色ごと変わるというのを、僕は初めて体験した。




