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モンスターを後ろから襲おう。無理なら逃げよう

「おったぞ」


「いるね」


 僕と叢雲が隠れている草むらから50メートル程のところにツノウサギがピョコピョコと耳を動かしながら草を食べている。

 叢雲と話し合った通りとにかく戦いの経験が必要な僕は、「絶対に負けない」ことが必要となるため、後ろから不意打ちをかけるのだ。

 叢雲は既に刀へ形を戻して僕の手に握られている。

 不意打ちして一太刀で勝負がつけばそれで良し、ツノウサギが気付いて戦闘になったら、石を投げても草を投げてもいいからとにかく勝つ。

 そして一番大切なこと。

 それは、ちょっとでも無理だなと思ったら必ず逃げることだ。

 実際に形勢が不利になってから逃げたのでは遅い場合がある。

 だから、戦闘しながら何かしらの違和感を感じたらすぐに逃げる。

 これが今の僕の戦闘の絶対ルール。

 ミューズ達がいない今、僕を守ってくれる人はいないのだ。


「そーっと、そーっとじゃ。草の音を立てるでないぞ」


「うん、そーっと、そーっと……」


 匍匐前進のような形でツノウサギに近付く。

 草を食べるのに夢中でこちらには気づいていない。

 いけるか?


「いくと決めた時には躊躇なくいくんじゃぞ」


「分かった。もう3メートルくらい近付いたら飛び出すよ。お願い叢雲」


「了解じゃ。抜かるでないぞ」


 よし、今だ。

 多分この距離がベスト。

 一足と少しでツノウサギに肉薄できて、これ以上近付けば気付かれてしまうという距離。

 位置はツノウサギの背中側という、これ以上は望めないポジション。


「はっ!!」


 伏せていた体を一気に起こし足に力を入れる。

 叢雲を両手に握る。

 何とか一太刀目で決めたい。


 ズブッ!!


 肉をえぐる感触が僕に伝わる。

 ツノウサギは何が起きたか分からないという表情で一瞬僕の方を向いたが、すぐに目から光がなくなる。

 

「よし!勝った!!」


「見事じゃ主様!今のはいい飛び出しじゃったぞ!ツノウサギは主様が近づいたことにすら気づいておらんかったわ!」


「ありがとう叢雲。上手くいったよね今のは。なんというか、飛び出す時のタイミングと叢雲を振るうタイミングが凄く合っていた感じがしたよ」


「そうじゃな。今のは良かった。剣技というものはな、振るうのが上手いだけでも足が速いだけでもダメなんじゃ。両方が必要じゃ。太刀の届く範囲でお互いが斬り合うなんていう状況は、実戦ではまずないと思っていい。走って斬りつける、という動作が必ず必要になる。口で言うのは簡単じゃがこれがなかなか難しくての。振るうのが上手い者でも走ってからでは太刀に乱れが出たり、足が速い者でもいざ振るうとなるとモタモタしてしまったりするもんなんじゃ」


「そっか、そうだよね。僕は今まで剣の練習をする時って、目の前に相手がいることを想定してしかやってこなかったんだ。考えてみればそんな状況ってほとんど起きないよね。だって斬られれば死んでしまうんだもの。お互い距離を取って様子を見ながら、隙を見て斬り込んで……ということになるよね」


「その通りじゃ。そしてその感覚というものは、相手がいない練習ではなかなか身に付かんのじゃ。相手がツノウサギだろうが不意打ちだろうが何でもいいから実戦でそのタイミングを覚えていくしかない。ちなみに今のは運が良かっただけじゃ。ただ、『運がよく上手くいった時の感覚』ってのが重要での、これを覚えることによって剣士は上達していくんじゃ。生まれながらにその感覚を持ち合わせている天才と言われる者もいるにはいるが、主様にはそれがないからの。今の感覚を忘れないように心の中に保存しておくのじゃ」


「分かった。運が良かったとはいえ、1回目の戦闘で勝てて本当に良かった。今の感覚を忘れないようにすればいいんだね」


「さて、では感覚を忘れんうちにどんどんモンスターに不意打ちをするのじゃ!草むらに隠れるぞ主様!」


「おー!不意打ち頑張ろう!!」


 僕達はツノウサギ相手にコソコソと近づき、不意打ちで攻撃するという行動を繰り返す。

 さっきの戦闘のように運良くツノウサギに気付かれることなく攻撃できる時もあれば、匍匐前進している最中に気付かれてしまって蹴りまくられることもあった。

 もちろん逃げた。


 それにしても気付かれないケースと気付かれてしまうケース、何が違うんだろう。

 地形や草の生え方は場所によって全部違うから、そのせいだと言ってしまえば確かにそうなのだろう。

 でもそれだけじゃない気がする。

 気付かれずに攻撃できる時は、なんというか匍匐前進から飛び出して叢雲を振るうまでがスムーズにできている気がするのだ。


「あんまり考えすぎるのも毒じゃからな主様。考えるのは大切じゃが、幸い今は実戦経験をいくらでも積めるのじゃ。慣れじゃ慣れ。場馴れして何か掴むのがいいぞ」


「そうだね叢雲。考えたってしょうがない。とにかくツノウサギを倒そう」


 考えるのは後にしよう。

 夜になれば考える時間はいくらでもある。

 今は体を使った経験を貯めるほうがいい。


 それにしても、ツノウサギばかりが出てくれるのがありがたい。

 庭から出て初めて遭遇したモンスターだけど、それからこれまでツノウサギしか出現していないのだ。

 不意打ちでチマチマと戦ってちょっとずつ経験を貯める作戦にとっては理想的だ。

 このまま後10匹か20匹のツノウサギを相手にすればもしかすればレベルアップなんかも夢では……

 なんて考えていたら、叢雲が僕に小声で話しかけてきた。


「主様、伏せるのじゃ。出たぞ。ゴブリンじゃ」


 言われて僕は叢雲が指差した方向を見る。

 距離はおよそ200メートル程あるだろうか。

 僕の目には人型の何か、くらいしか分からないが叢雲にはハッキリと見えているようだ。


「……ヤバい?」


「少なくともツノウサギよりも格上のモンスターじゃ。人型モンスターとしては最弱の部類じゃがな」


「ツノウサギ相手に蹴られまくって逃げることもある僕とは、どっちが強い?」


「ゴブリン次第じゃ。あやつらも人間と同様、経験によって強さは変動する。皆が皆同じ強さというわけではない。だがこうしてモンスターとして生き残っているということは、ある程度の経験を積んでいるということじゃな。種としての限界が低いから、いくら経験を積んだところで知れてはおるが」


「……そっか。このモンスターが出る場所で生きていられるということは今まで生き延びてきたということだものね。経験という意味では間違いなく僕よりも上だ。どうする?ゴブリンはまだ気づいていないみたいだし、逃げようか」


「いや、これはもしかしたらチャンスかもしれんな」


「チャンス?」


「ゴブリンというのはな、本来は集団で行動するものなのじゃ。賢いリーダーがいれば斥候まで用意して戦闘に臨むこともある。じゃがな、あやつは今一匹しかおらんじゃろ。もしあのゴブリンが経験を積んでいるゴブリンの中では強者だとしても、一匹ではまるで力が発揮できんのじゃ。集団戦闘でこそ強さを発揮する、それがあやつらの種の特性なのじゃ。ここで人型モンスターであるゴブリンと戦って勝利しておけば、主様の良い経験になる。なにせ一匹で単独行動しているゴブリンなどはレアケースなのじゃからな」


「なるほど…………いく?」


「正直迷っておる。このままツノウサギを相手にして経験を貯めるのが確実ではある。じゃが、ツノウサギがこのままずっと出現し続けるとは限らんわけじゃろ。突然ツノウサギ以外のモンスターと戦闘になる可能性は高い。だったら今、単独行動しているゴブリンを相手にして経験を積んだ方がいいとも思うんじゃ」


「……ツノウサギばかり相手にできたのはただの偶然。他のモンスターと急に戦闘になることだってあり得る。だったら今、単独行動でしかもこっちに気づいていないゴブリンと戦闘しておいた方がいいってわけだね」


「そういうことじゃ」


「よし、いこう」


「いいのか?」


「安全だけを求めるなら庭から出ていないよ。それに叢雲の言う通りだ。このままツノウサギだけが出現してくれかどうかなんて分からない。ここはいくべき所だと僕は思う」


「よし、やるぞ主様。ゴブリンは、粗末な物とはいえ剣を持っておる。そこに気をつけるんじゃ。ウサギの蹴りと違って斬りつけられれば場所によっては致命傷になるぞ」


「了解だよ叢雲」

 

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