爺と商人
兄上から那古屋城の書斎に呼ばれ、最近さらにうつけの格好がすごくなり荒縄にひょうたんや火種等をさげまげは茶筅でくくりつけている。上総介と名乗り始めた兄上からさて何を言われるのか、
「兄上、小十郎まいりました」
兄上は何かを書きものをしながら、振り向きもせず
「ちご遅いぞ!眠そうな顔をしおって、犬でもけしかけるぞ」
ちょくちょく短気な犬千代を私が気持ちよく寝ているときにけしかけたたき起こしに来ており私はため息をひとつつくと、
「末森城に信行様に呼ばれ、土田御前さまのお小言を頂戴し夜遅くに帰ってきましたし、布団にもう一度入りたいのですが。」
兄上のせいだと言う事をにおわせたが気にした様子も無く、
「また勘十郎に呼ばれたか、母上と二人でお小言とはよほど暇よのうちご」
兄上は笑いながらこちらを振り返ると、
「その方の母、中根氏が水野信元の側室に入ることが決まった。まだ数年先だが、」
私の母は土田御前にとって夫信秀がもう居ないので目障りでしかなくとうとう外に追い出すことにしたようで、近い将来他家へと嫁に入りなかなか会えなくなるということを考え泣きそうになる。
「そこでその方の爺である津の中根に色々頼みたいこともありこの書状を渡してまいれ」
と、書状が飛んでくる。
シュパーッと白羽取りでもできればいいが、もののみごとに書状のかどが自分のおでこにあたり涙目になりながら、
「あぅ、兄上ひどいです」
そう言ったがふんと鼻息をつきながら兄上は、
「俺はその頃にはそのくらいは避けていたぞ、ちごは最近泣かんと思うたがやはりちごだな」
そうつまらなそうに私を見ているので私はふてくされながら、
「ひどいです、市に泣きついて兄上にいじめられたと言います」
そう言うと大のお気に入りである市の名前で返したので、
「ほぅ市に泣きつく?その前に泣けなくしてしまおうかのお、ち・ご」
そう語尾を強めながら何時ものごとく市の名前が出たときの兄上の顔、本気ですよね泣いていいですかと言うくらいに恐い。
「もう言いません。そのかわりに今度津の爺が堺に船を回すのに乗せてもらえるのですが、そこで鉄砲を購入したくおこずかいをいただければ頑張ります。」
そう言うと兄上は少し面白い顔をして、
「何を頑張るか知らんが、その書状のなかに鉄砲の購入依頼も書いてある100丁ほど、それ以上であればなおよし、自分の分がほしくばその金額でそれ以上貰えれば、ちごのものにしていいぞ」
挑戦的な眼差しで私を見た兄上は、そのまま机に向かうと書状を書きはじめ、私は静かに退席する。
書状を懐にいれ勘定方の平手の爺に会い、
「兄上から鉄砲を購入して来いといわれたのでいただけませんでしょうか」
そういわれ少しだけ間をおいて、
「すぐに手形をしたためましょう」
この間は話を通してなかったなと兄上の相変わらずな行動だが爺もなれているのかすぐに準備をしてくれ手形をもらいそのまま津へ馬で走り始めた。
名古屋から蟹江を通り海へ出るとさらに南へ津に向かって馬を走らせていく。
その日の夕方には津へ入り、そのまま中根屋に入ると久しぶりに番頭の伊之助が番台で座っており私は緊張しなくてよくなったのがうれしいのが顔に出るのを自覚しながら、
「爺は在宅か、織田上総介様からの手紙を持ってきたのだが」
そう言うと立ち上がって私に丁寧に挨拶をすると、
「文右衛門様はご在宅でございます、小十郎様が来るだろうから茶室にお通ししろと」
私は嬉しそうに、
「勝手知ったる実家だ入るね。」
と番頭台の横を抜け、一番奥にある茶室に向かった。
奥に向かうと丁度部屋から母上の母である多喜に会えたので、
「ばあちゃん元気にしてるかな、尾張の兄上からの仕事できたんだけど相手をしたいんだけど爺の船ですぐに堺に行く予定だから」
そう言うと嬉しそうに優しい母と同じ若い頃はかなりの美人だったと爺がのろけているばちゃんから、
「おやまあ小十郎殿お仕事ですかそれはそれは尾張からお疲れさまでした、できればばあばにも向こうの話を聞かせてほしいな」
と、孫の私がいるとは思えない母上の元とも言える美貌でほほえまれ、
「母上も水野どのに輿入れの前に一度こちらに来るみたいだからその時に改めて話すよ」
と、夕飯でねと言って茶室のふすまを開けると、爺がにこにこしながら
「小十郎ようきた、そこへ座り信長様からの手紙を見せておくれ」
そう言い爺はお茶をすすめながら手紙の内容を確認すると、
「小十郎は信長様からなんと言われてきたんだい?」
と言われ、苦いお茶をいただきながら、
「鉄砲がほしいのだけれども100丁以上であれば端数は貰えるからね。」
そう嬉しそうに伝えると、
「そうですか、それでは明日にでも堺に向かい小十郎には商いをしてもらわないといけませんね。」
そう言いながどうするのかもう決めている様子で、
「それなんだけど、伊勢屋さんによってその手形ぶんで木綿を買って堺で売りたいんだけどいいかな。」
爺は頷き今頃なら木綿も堺では品薄であり高く売れると教えてくれさらに、
「それはいいですが小十郎様が私から買えばもっと安く多くできますが」
そう聞かれたのだが
「爺は別に商いをすればいいし、これはあくまで織田家としての商いだからね。」
そう胸を張って言うと爺は嬉しそうに、
「将軍様と三好長慶との戦いが小康状態に入り相場的にはさらに上がり始めると思われますな。」
私は急ぎ立ち上がりながら、
「よし、今から伊勢屋に今からいってくるよ、商いが成立すれば河岸の倉に運んでもらうように頼むから」
そう言うと爺も立ち上がり、
「伊之助に伊勢屋へ走らせよう庄右衛門に知らせないともう店じまいの刻ですからね」
と、丁稚よび伊勢屋へ番頭を走らせるように言い含めた。
茶室から急ぎ津の町の河口に近い所に構える伊勢屋へ向かい馬で走り始め、
十分ほど表通りを行くと左側に、周りの商家よりも大きな店構えの伊勢屋の看板が見えてくる。
伊勢屋は津でも一番の商人であり爺の店よりもさらに大きく商売上手だと爺から前々から教えられていた。
店の中へ入ると木綿を使った着物を来た爺さんと、番台に座っている四十位の番頭が待っており、
「御初に御目にかかる、織田小十郎と申す」
そういつも以上に丁寧に挨拶をすると、
「伊勢屋の篠山信衛門ともうします、尾張の若様が遠路はるばるどのようなご用件でしょうか」
そう伊勢屋はこちらを値踏みをして、いかにもあの伊勢商人と言う面構えでこちらへ進み出てきたので、
「無論、伊勢屋に来て世間話をするつもりもなく、そちらの木綿を購入したくよろしくお願い致します」
そう言うと直ぐに、
「小十郎様の実家でご購入された方がよろしいかと」
「確かに中根でも商いはしておりますが、今回は織田家として購入したく参りました」
そうはっきり言い切ると、
「わかりました、先ずはここではなんですから茶室にでもいかがでしょうか」
今度は礼儀作法を見ようかという伊勢屋の考えに頷き伊勢屋の後に茶室へ移動する。
すでに湯は沸いており元々通すことを前提にの話であったことがうかがえ、
「まずはお話の前に茶を」
そう言うと伊勢屋はお茶をたてはじめ、なれた手つきで私に進めてくる。
母上と爺に教えられた通りの作法で頂き伊勢屋へ戻すと、
「ほぅさすがは織田家、いや中根ですかな、幼きけれどなかなか」
そう伊勢屋は優しく頷くので、
「ありがとうございます、当主の信長からの手ほどき(野立だけど気持ちよさは一番)にございますれば、伊勢屋殿にもいずれ一度機会がありましたら」
そう兄上からと伝えると、
「ほう尾張のおおうつけ・・・いや織田殿のお手前楽しみにしておきます」
やはり兄上がうつけであるとは知れ渡っているようで私は少し意地悪をと思い
「兄上は世間ではおおうつけ、伊勢屋からみてどうでしょうな」
そう返すと、
「いやはや申し訳ございません、商売をするのが商人でありうわさは市中にお任せします。それでは商いのお話に入らせていただきましょう
と、全く申し訳ないとも思わぬ顔できり出してくる。
「津の木綿を購入したく、いかほどお売り願えますか」
「木綿は今年は豊作ですが織田殿がどれだけ必要になりますでしょうか」
そう端的に切り出してきたので、
「いま手元にあるのはこれで、いかほど購入できますか」
そう言いながら懐から織田家の手形を取りだし伊勢屋にみせる。
「織田家の証文ですな、しかしこの値段ほどの価値はありますかな」
そう目を細め手形にかいてある金額を見る。
「伊勢屋にはこれは価値はないと言うことでしょうか」
逆に返すと、
「いえいえ、しかしながら戦に負ければこの価値は無くなり私は大損です」
そう暗にうつけが国を守りきれるのかと言われているもので、
「そうですね、それでは伊勢屋殿が織田家の御用商人になりませんか、そうすればなぜ木綿を購入するか、そしてそれを持ちいかに戦い抜くかを解きましょう」
そう伊勢屋の商人魂に問いかけてみる。
表情と同じに伊勢屋は、
「ほー、御用達ですかたしかに面白い話ですがさほどは魅力には」
そうきっぱり言われたが、
「織田家の方針は関所撤廃し品物の流通をよくし、六角氏がひいた楽市楽座を進めていくつもりです」
そう言うと少しだけ興味を持ち始めたか、
「それはたしかに魅力的な話です、しかしながらまだ織田家は小さいですがそれでは効果はでないかと」
私は頷き、
「たしかにそうですね、それを解決する一つが木綿の購入です、今は堺への回航が近畿の争乱により難しいとお聞きしました。そこを堺衆との鉄砲の購入の話により、紀伊の雑賀や根来などに今回だけ紀州沖通行できることになりまして、どうせなら人気の伊勢の木綿を持っていけば鉄砲も余分に購入できるかと、これが手に入れば尾張の平定も容易になると考えております」
そう言われそこまで話がついているとは思ってなかったようで伊勢屋は、
「そこまで段取りをなされているならわかりましたお売りしましょう、そのかわり先ほどのお話、よろしくお願いします」
すぐに伊勢屋は番頭をよび手配を済まし、手形を受けとると手紙をしたためるので待ってくれといいつつ茶室から書斎移動していく。
私はすぐに表に出て私を待っていた伊之助に、木綿を明日朝に積み込むように伊勢屋の番頭さんと話をしてくださいと伝え茶室に戻ると、しばらくして伊勢屋が手紙を持ってきて、
「これは今井宗久にあてた手紙です、鉄砲もですが硝石などの火薬も融通していただけると思います。」
そう言われ私は頭をさげ
「それはありがとうございます、明日積み次第すぐに向かいたいと思います。」
「うまく行くことを期待しておきます、そして無事尾張に戻るときご一緒させていただき、お茶の手並みでも振る舞って頂きましょう。」
「わかりました、それでは明日木綿楽しみにお待ちしておきます。」
そう言い伊勢屋から中根に戻ると、眠い目を擦りながら爺達と夕食を共にとりながら今日の話をすると、
「小十郎よ伊之助に話は聞いた、かなりの結果だようだかこれからが大変だぞ」
そう優しく爺から言われ
「はい、兄上や自分のためにも頑張りたいと思います。それと途中、九鬼や根来などの船の関所があちますが・・・」
自分の話しが飛び、爺の話がさらに遠くにとびそのまま寝てしまう小十郎であり、中根の爺は夕飯を食べ始めたが途中で寝てしまった小十郎を寝床に運んでいった。