悲しみ
父上が亡くなった。まだまだ働き盛りとも言える四十をまわったばかりなのに、私はまだ六歳でしかなく歴史で尾張の虎といわれた信秀が亡くなったのがいつかなんて覚えてなかったがこれからの生活が不安になる。
その朝も何時もと同じように兄の信長にいきなり馬に乗せられると、領内を目的があるのかないのかわからないが引きずり回され半泣きが入って笑われながらようやく那古屋の城下町に兄と戻ると、町中でなにか面白そうなものはないかと店の軒先をのぞいて旨そうな物があれば籠から勝手にとって食らいつく兄、そうしていると兄をようやく見つけた使いの者が重臣の平手様からの急な知らせで父が亡くなったと。兄は馬に飛び乗り急に走り私もその後を慌てて追った。
桜の舞散るなかを先に走る兄、その兄信長を追って自分は馬の首に抱きつき馬に振り落とされそうで怖くて泣いているのか、それとも父が亡くなって悲しいのかもわからず泣きながら万松寺へ急ぐ。
兄についていけず遅れに遅れようやく万松寺についた頃には兄の馬だけが門の前におり、私が父の家臣に馬を押さえててもらいあわてて境内に入った時には、入れ替わりに本堂から兄が出てきたところだった。
兄の後ろでは平手が、
「信長様、爺のお願いでございます本堂へお戻りくださいませ、嫡子として信秀様の後を継ぐ者としてお願いでございまする」
平手は必死に食らいつくが、兄は私の横を通りすぎ無言で馬に乗ってそのまま出ていかれてしまう。
平手は力なく立ち尽くし、兄の出ていった方を何時までも見つめていた。
私は平手の前に回り込み、立ち尽くす平手のしわのきざまれた手を取り、
「平手殿申し訳ありませぬ、兄上も急に父が亡くなり悲しみを押さえる事ができず、このような事になってしまいました。」
平手はゆっくりと私を見ると、
「小十郎殿、いつもありがとうございます。しかしながらあのような位牌に灰を投げつけるなどと言うことは誰にも理解されませんでしょうし、何より益々信行殿を押すものたち佐渡や勝家に付け入るすきができてしまうそんなことが悔しいのでございます。」
私は頷きながら、
「わかってますよ兄上も平手殿のおっしゃることは、さあ法要が始まりましょう父のためにもお願い申し上げます。」
そのまま平手殿の手を取り急いで本堂に行こうとすると平手殿が、
「こちらへ、お召し物の着替えを用意しておりますれば、信長様の分は無駄になりましたが小十郎殿のはお使いくだされ。」
と、私の分の紺色に織田木瓜が入っている物に着替え、本堂に急ぎ向かう、本堂に入ると、兄上が投げつけた灰を丁度片付け終え葬式を再開するところであった。
正室である土田御前や信行、そして兄弟と重臣たちの目線を受けながら兄弟の一番端に座る。
改めて視線だけ動かし周囲を見ると、奥の方に私がようやく来たことに安堵した母親の顔が確認でき無言で攻められたようだった。
そして隣に座るひとつ上の兄五郎太(後の信治)が、いつもはおどけた顔でみんなを笑わせているけれどさすがに神妙な面持ちで座っていたがお経をとなえ始めると脇腹を突っついてきて、
「先ほど兄上が来られ父上の位牌に向け投げつけたときの勘十郎にいや重臣の顔はなかった。いつもうじうじ小言を言う佐渡の爺は驚きの後苦虫を噛んだような顔をしてたしなかなか見ものだったぞ」
そういつもいたずらをしたあとのおどけた表情で私にささやく。
「五郎太兄は佐渡殿ににいつも小言をくろうてよほど嬉しいのですね、でもそれを顔に出せば勘十郎殿と佐渡殿からさらにきつい小言を食らうことにもなるから、気をつけてくださいな」
そう言うと五郎太は少し考えてから
「小十郎もどうせ後で母上から小言は決定だし兄上の代わりにな。」
ちらりと嬉しそうな顔をしたがすぐに神妙な顔に戻る五郎太を横目で見ながら、ため息を小さくし考え始めた。
最近特に兄である信長はなかなかつかまらず土田御前様からのお小言は最近私に、そして母上にもなんだよな最悪だが終わったらすぐに兄上のところへ急ごうそう思いながらお坊さんの背中を見て、大人しく目立たぬように父上に手を合わせ面倒に巻き込まれるのを回避できないか考えながら終わるのを待った。
数刻が過ぎ、ようやく葬式も終わりさあ兄上のもとへ行こうと早々に立ち上がり門の方へ急ぐと後ろから
「小十郎どこへ行く、母上のおよびだ、こい」
そう後ろから声をかけられ、私は少しため息をつきながら呼ばれた方に振り向き、
「信行殿、兄上に呼ばれているので急いでおります後日改めてではなりませんでしょうか」
そう言う私を嫌っていることを隠そうとせず信行は、
「その兄の事についてもあり、母上からのお呼びだし早々にこい」
そう睨み付けながら言われたので、
「わかりました、すぐに参ります」
そう逃亡を一時諦めると、別棟の控えの間に行く。途中ニヤニヤとこちらを見ている五郎太を見つけ私は近より小声で、
「五郎太、お願い平手殿につれていかれたと伝えて」
そう手を合わせてお願いすると、
「わかったよ、まあ平手の爺が来るまでお小言をもらってくればいいさ」
笑いながら本堂へと戻っていった。
私は、その姿を見送るでもなく早々に控えの間に急ぎ部屋の前で平伏すると、
「土田御前さま、小十郎にございます。」
そのまま動かずじっとしていると土田御前の甲高い声で、
「信長はどこにおる、父上の葬儀であのようなうつけな振る舞い当主としてこれから織田家を守り立てていかねばならないのに、小十郎近くにいてなにようもできないとはその方庶子とはいえ信秀の息子か、所詮は商人の母を持つ下餞なものよ」
そう言われいつも以上に激昂している土田御前に、私は独り言で、
「めっちゃ怒ってると言うか一応まだ六歳なんですけど、早く平手の爺はやく。」
そうつぶやき平伏した状態で、
「誠に申し訳ありませぬ、兄上にはついていくのに精一杯でなにもできなく土田御前にはご心配をおかけして申し訳ありません。」
そう顔をあげずに言うと、
「そうじゃ信行を見なさい兄信長の代わりに葬儀を立派に勤め、うつけと呼ばれる兄とは違い、礼節を大切にしている。これこそ織田家の当主と言うものではありませぬか、そう思いませぬか小十郎」
そう言われなにも言い返せず黙って顔を伏せたままでいると、廊下を歩く音と共に私の隣に平伏した平手の爺。
「監物にございます。土田御前様には葬式がつつがなく終わり、お疲れと思いますれば小十郎殿については、よういって聞かしますればご容赦のほどにお願い致しまする。」
と、織田家次席家老としての重みを見せ一言二言小言をもらい、土田御前の前より私を連れ出してくれた。
「平手ありがとう、これから兄上のところにすぐ行くよ。」
そう礼を言うと、
「いえいえ、それでは信長様に当主としてのお話もしたいのでお城に早めに来てほしいとつたえてくだされ」
私は頷き、
「わかりました、兄上にお伝えします。」
そう言って正装を脱ぎ渡して何時ものぼろに着替えると急ぎ馬に乗り兄上がいると思われる那古屋のお城に向かった。
疲れていたが馬に振り落とされずにどうにか城に到着し、兄上を探すと小性となったばかりの犬千代(元服後は前田利家)がおり何時ものごとく拾阿弥となにか言い争いをしていたので、
「すまない犬千代、兄上はどこにおられるか」
そう言うと怒りの顔をこちらに向けて
「ふん小十郎か、殿なら櫓の上におられるが一向に降りてこん、行こうとしたらこいつに止められ言い合いになっていたところだ」
そう私に吐き捨てるように言うので、
「わかりました、犬千代どのありがとうございます、私がまず兄上に報告にいきますのでもうしばらくお待ちください」
そう言うと争いを止め、
「わかった、適当にどこかにいるから呼べよ」
という間もなくしびれを切らして走っていってしまった。
「拾阿弥ありがとう。犬千代の短気で兄上を怒らせるとこだったよ悪いけど私が上った後誰もあげないでね。」
そう言うと急いで櫓に上り一番上では兄上が目の前に広がる平野を見つめていた。
「兄上、ではなく当主だから信長様とお呼びした方が良いのでしょうか。」
そう背中を見ながらおそるおそる聞くと、
「小十郎か今まで通りで良いしそしてご苦労」
こちらを見ずに城下の町やその向こうに広がる田んぼを見ながら気を使ってくれる。
「しかしみなおどろいてましたね、兄上のうつけ者がと何も知らずに一方的な言い様にはため息です」
「父上は亡くなるのが早すぎたあと10年は戦えたものを病に負けるとは、父上がいなくなれば今川がが狙ってこよう、その重圧に耐えられない佐渡等の重臣はおどおどするだけだ」
「実際現状では重臣の力も大きいため統一した行動が取れないのも事実です」
「あいかわらず年をとったものいいだな、勝ちを取るという若い力がかけておるしそのため母上から小言を食らう役割なのだからな、母上に言われたであろう」
「大丈夫でございます。平手殿にも助けられたので大丈夫です。それと平手殿から話ししたいことがあるともうされていましたので」
そう言うと背を向けた状態で、
「爺心配性も相変わらずだな、ところでちご(稚児)よ当主になった私に何を望む。」
「戦いのない世で寝て過ごせれば幸せになれますが、いい加減稚児はお止めください兄上お願いします。」
そうそう呼ばれると泣きたくなる気分をおさえていると、
「ちごはまだ六歳、相変わらすよく泣くしまさしく稚児でないか、戦功でもたてたなら一考しよう、そしてそのあかつきにはこきつかうぞ。」
そう言って振り向くと笑いながら櫓を降りていく兄上であった。




