終.赤誠の友
大亮国屈指の名家、譚一族の捕縛の報は、宮中に激震を走らせた。
宰相・譚 敬徳と姪の雪婉はなおも無実を訴えていたが、敬徳の息子の青澄の自供もあり、長くはもたなかった。青澄は父の命令を受け、皇帝の身近に自分の息のかかった女官を忍び込ませたり、妻の実家に毒草を手配させたりしたとのことで、その際の証拠を全て提出したのだ。
譚氏の凶行の動機はやはり、自分の脅威になりうる姜郎中を葬るためだったという。自分の言うことを聞かない若き皇帝への、警告と調教のつもりもあったそうだ。藩妃の犯行に見せかけたのは、伯父に協力を申し出られた雪婉の望みだった。
皇帝の暗殺未遂という重罪とあって、本人たちの極刑はもちろんのこと、族滅は避けられない。外廷の不正にも広く関わっていた譚氏だ、関係者たちは震えながら捜査の行く末を見守っている。
それらの知らせを、元祐は二月近くぶりに顔を合わせた智晶から聞かされた。宸明殿の、いつもの智晶の執務室でのことだ。
高濃度の毒草茶と酒を短時間で摂取した智晶は、一歩間違えれば生命の危険もあったと聞く。それを数日で公務に復帰するなど、言語道断だった。
「……お前に言われたくない」
ぶすくれた様子で、腕組みをした智晶が元祐を睨め付ける。拷問で消耗した身体で無理をした記憶はあるので、元祐も黙って目を逸らした。
不衛生な獄で傷口が膿み、あの後元祐は酷い高熱にうなされた。爪の剥がされた指先には今も、白い包帯が巻かれている。一月の間、付きっきりで看病をしてくれた侍女の明芳には、幾度も泣かれてしまった。
智晶との間に横たわるぎこちない距離感に、元祐は居心地の悪さを拭えずにいる。掛ける言葉に迷っていると、不意に智晶が不器用に笑った。
「――でも、これで実績が出来たな。皇帝暗殺未遂事件の解決ならば、申し分ないだろう」
元祐は思わず息を飲み、智晶の冷ややかな美貌を凝視する。あの夏の日、自分の側近にならないかと持ち掛けた智晶に、元祐は「資格がない」と断った。
彼が何を言わんとしているのか理解し、元祐の顔がにわかに青ざめる。智晶は不思議そうな眼差しで、その顔色の変化を見上げていた。
「なんだ? 『何の手柄も挙げていない者を急に引き上げては、朝廷はますます乱れる』だったか。今ならば、誰も……」
「――あのなぁ」
ドスの効いた声を上げ、元祐は有り得ない行動に出た。
机越しに身を乗り出し、五爪の龍の躍る赤袍の胸倉を掴み上げる。驚きに目を瞠る智晶の顔を至近距離で睨み付け、元祐は地を這う声音で続けた。
「……お前はいつも俺に、『俺の気持ちが分からないのか』だのなんだのと言ってるが、そっちこそどうなんだ? 元はと言えば、俺が譚宰相に疑われたのが原因なんだよ、お前が毒を盛られたのは。自分のせいで友人が危ない目に遭ったと気付いて、罪悪感で死にそうな中やっと解決してみれば、手柄だぁ? それで昇進して喜ぶおめでたいヤツがどこにいるんだよ」
一息でまくし立てた元祐に、智晶はひたすら目を瞬かせている。彼はしばらく無言で元祐を見上げていたが、やがて口を開いてポツリと零した。
「……お前、人格変わってないか?」
元祐はようやく我に返り、慌てて両手を離し、床に額づいた。自分がとんでもない不敬を働いたと気付き、だらだらと全身に嫌な汗が伝う。
(やってしまった──!)
自分の首だけで済むのだろうかと涙目になる元祐だったが、クツクツと響く小さな笑い声に、恐る恐る顔を上げた。
視線の先、重厚な執務机に遮られてよく見えないが、智晶は肩を震わせて笑っているようだ。彼は目に涙さえ滲ませていて、いつも冷たく見える氷雪色の頬が赤く染っている。
一頻り笑ったあと、智晶は机に片肘を着いた。
「そうか。――そうか」
噛み締めるようなその言葉に、元祐の頬もまた真っ赤に染まる。
しばし無言で目を逸らしあっていた二人は、やがて目線を合わせ、同時に吹き出した。
何がおかしいのかも分からなくなるほど笑い続けた末、智晶は大きく息を吐く。
「……喉が乾いた。忠延に何か飲み物を持ってこさせてくれ」
「……茶と酒以外でよろしいですか?」
元祐はニヤリと笑い、深々と頭を下げて部屋を出ていった。
これにて終幕です。
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