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「あなたが望んだのよ。いつか、現実じゃない世界へ行き幸せになりたいって」


 ミーアの言葉が胸に刺さる。

 確かに願った。小学生の時、こんな世界があるなら行ってみたいとネット小説の異世界もののジャンルにはまった。そしてお姫様として幸せになる物語を何度も空想していた。


「悪役令嬢を断罪してあなたは幸せになるのよ!」

「違う! ……ううん、そうね。私はそう望んでいたと思う」


 悪役令嬢のいじわるな様子を考えるとクラスでいじめられた時を思い出した。だから断罪劇で彼女が落ちぶれる様を想像するのはとてもすっとする気分だった。


「じゃあ、認めるの。セーラ・シトルリン公爵令嬢はアンナ・グレイルをいじめていた」

「いいえ、彼女は私の大事な友達よ」


 私は首を横に振った。


「私の嫌な部分をたくさん見たのに、私に呆れてもよかったのに、私を見捨てないで私を助けてくれた。大事な友達だった」


 私はセーラの方を見つめた。目じりがあつくなってくる。

 今の今まで気づかなかった。

 何と鈍感だったのだ。

 あんなに似ていたのに。


「けいちゃん、だよね」


 私の呼び声に、セーラは目を丸く開く。こくりと頷く。


「みやちゃん」


 私と彼女は近づいて手を握ろうとするが、それを邪魔する男がいた。

 アントワーヌ王子であった。


「セーラ! マリーから離れろ」


 ここまで来てまだ悪役令嬢からヒロインを守る王子であろうとするのか。

 まるで壊れた人形のようで怖い。

 いや、そうさせているのはミーア。もう一人の私なのだ。


「もうやめて。私はあなたのことなんて何とも思っていないの」

「おお、可愛そうなマリー」


 全く話にならない。ミーアを何とかしないといけない。


「ミーア。もう一人の私。もうやめなさい。私はこんな物語のヒロインになっても幸せじゃないわ」

「そんなことない。だってあなたは願っていた。私は願っていたもの!」


 ミーアも話にならない。

 小学生の頃の私の姿だ。


「私は幸せになるの!」

「わかったわ」


 セーラはほほ笑んだ。


「私が断罪されればいいのね」


 悪役令嬢が断罪された後はどうなるか。

 どんどん転落していき、あの綺麗な髪は切られて修道院へと入れられる。

 兄を使ってヒロインにそうしようとした罪で。

 誰からも見向きもされず孤独な人生を過ごす。ヒロインの幸せなエンディングとは対照的に。


「そんなのダメ」


 私は無我夢中で動いていた。この場をどうにか収めないといけない。

 ミーアの方へ走って、ミーアの左頬を叩いた。


「……」


 同時に私の左頬が痛くなった。

 そうか。私とミーアは同じだから。


「痛い、痛い!」

「いい加減にしなさい」


 私はミーアを睨みつけた。そのまなざしが鋭く、ミーアはびくっと震えた。


「いつまでも夢の中でひたっていないでちょうだい。私は大事な友達を犠牲にしてまで幸せになんてなりたくない! けいちゃんを犠牲に絶対したくない」

「ふ、……ぎゃあああああ」


 けたたましい鳴き声。


「酷い。ぶった、ぶったぁ。痛い痛い……ひどいよ」


 あまりに痛々しい泣き声。

 周りは何と反応していいのかわからないとぽかんとしていた。

 私は泣き続けるミーアを抱きしめた。いつか、セーラがやってくれたように優しく。


「叩いて悪かったね。でも、それで幸せになれる訳ないの」

「うぐ……ひっく」

「ねぇ、川本みや。あなたは何がしたいの?」


 応えようとしない。


「私はね、小説を書きたいの。この物語を書いて、この世界の中に入って気づいたわ。自分はもっと勉強しなきゃと」


 異世界の物語でも、地盤がゆるい。物語を、世界を形にするためにはたくさんの本を読んで、歴史を勉強して、きっと何でそんなことを知らなきゃいけないんだということにも手を出して。ようやく引き出しを増やしていくんだ。


「誰かの人生が変わるような……昔けいちゃんが私に読ませてくれたネット小説のような世界があっと変わるようなものを書きたい。すごく大変だと思う。でも、書きたいの」

「それが……今の私の願い?」

「うん。その為にけいちゃんと一緒にまずは中学校を卒業して高校行って、大学にも行きたい」

「帰りたいの?」

「帰りたいよ。お母さんも心配していると思うし」

「そっか……」


 ようやく泣き止んだミーア。ふわっと姿を消してしまった。さっきまで抱きしめていたのに。

 周りが歪んで見える。色んな人が全く動かない。まるでお人形のように。崩れる世界のまま揺らされていく。


「みやちゃん」


 振り向くと唯一私以外動いているセーラ。

 私の描いた悪役令嬢。私の大事な友達のけいちゃん。


 セーラが手を差し伸べると私は思わず手を出した。二人の手が重なって、しっかりと握られる。


 その瞬間、体中が痛かった。


「あ、動いた! 心臓マッサージ、やめて!」


 女の人が必死に私に声をかける。


「大丈夫だよ。救急車がきたから」


 体中痛くて泣きたくなる。同時に右手に誰かがきゅっと握っていた。

 右の方をみるとけいちゃんが泣きながら私を見つめていた。


 私は心肺停止状態になっていて今心拍再開、意識回復した。

 けいちゃんは一瞬だけ気を失っていたらしいけど、すぐに目を覚まして私の手を握ってくれていた。


 一瞬の出来事。でも長い夢をみていたように思える。


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