5
何が起きたのか。
マリーは王子とは全く関わっていない。視界にも入った覚えがない。
「何故私が?」
「セーラにいじめられながらも耐え抜く君に惹かれたのだ」
その言葉に一層唖然とする。
誰が誰をいじめていたというのだ。
今のマリーは小説ようにセーラにいじめられていない。むしろセーラに助けられて学園でうまく立ち回れるようになった。
訂正を求めようとするアントワーヌ王子は制した。
「言わなくてもいい。わかっている」
そういいながらアントワーヌ王子はきっとセーラの方へと睨みつけた。
「セーラよ! お前には愛想ついた。お前はこのいたいけな少女を苛め抜き、自分の引き立て役にと利用した。可哀そうなマリー嬢はそれでも懸命に努力して……私はお前を断じて許すことができない」
アントワーヌ王子の声が響き渡る。
一体何が起きているのだ。
茫然としている合間に数名の令嬢が私の前へと現れる。
「私、みました。セーラ様がマリー嬢にどんな意地悪をしたか」
身に覚えのない話にますます困惑する。
それは小説の中の場面である。
今のマリー、私には全く存在しない記憶だ。
階段から突き落とされた。
それは私が勝手に足をくじいて落ちてしまったのだ。駆け付けたセーラが心配して保健室へと連れて行ってくれた。
教科書を隠された。
私がうっかり移動教室中に紛失しただけである。セーラは一緒に探してくれた。
教養がないと笑われた。
違う。何度やってもできなかった私にセーラはめげずに手を差し伸べて教えてくれた。
何もかも根も葉もない物語だ。
「一体どうしたの。私は……」
そんな目に遭っていない。私はセーラ様に助けられてばかりだったの。
そう言いたいのに口が思うように動かない。声にならない。
一人の令嬢が私のすぐ目の前まで現れた。
「認めなさい。それであなたは幸せになれるの」
聞き覚えのある声に私はぞっとした。
そんなはずはない。
だって。
目の前にいるのは私。
マリー・グレイルではない。
私の前世。川本みやの姿だった。
どうして私の前世の姿、そのままの令嬢が登場しているの。
「あなたは誰?」
「私はミーア・リバレイン。ああ、可愛そうなマリー嬢。恐怖で何も言えないのでしょう」
ミーアはちらりとセーラの方をみた。
セーラは青ざめてミーアの方をじっと見つめる。
どうして何も言わないの。どうして。
セーラなら毅然と否定できるだろう。
「これが、あなたの望みなの?」
ようやく出たセーラの言葉。その声に私は胸の奥が熱くなった。
どうして忘れていたのだろう。
セーラの声は何度も聞いた、大事な声だったのに。
「やめて!」
私は二人の間に回り込んだ。このバカげた断罪劇を止めなければならない。
「どうして邪魔するの?」
ミーアは忌々し気に私を睨んだ。
「これはあなたが幸せになる物語なのよ。川本みや」
「みやちゃん?」
セーラは私の方をみた。
私はミーアに向かって首を横に振った。
「違う、違う」
彼女を犠牲にしてはいけない。
彼女を傷つけてはいけない。
その為に書いたわけじゃないのだ。