60:寂しいがそれどころではない
萎れた花にしか見えない。
オニキスは遠慮なくそう思いながら食事をとる。
目の前に座る彼女、ルリは美しい相貌を泣きそうなほどくしゃりと歪ませ、大きく愛らしいチンチラの様な耳をへたり込ませながらスープをかき混ぜていた。涙を零していないのは奇跡のようにも思えた。
別に今日に限った話ではない。カークと別れてからずっとこの調子でオニキスは最初こそ心配していたが、やがてそれは日常に一部と化した。
数日カークに会えないのは確かにオニキスだって悲しいし寂しい。
だが、目の前のルリのように落ち込み、冒険者業も身につかないほどではない。
冒険者になりたてのオニキスは兎に角学ぶことが多い。寂しがってばかりもいられない。
マリスは良くしてくれているが、なんだか忙しいようであまり頻繁には顔を見せたりはしなかった。
そうして朝食を食べ終わり、オニキスは席を立つ。
「・・・・・・ルリ、食事はした方が良いですよ」
「はい」
返答はあるが何だか空虚で魂が抜かれているみたいだった。
呆れつつもオニキスは食器の乗った盆を持ち、返却すると宿屋から出る。
「今日は・・・・・・薬草採取しましょう」
そう決めつつ冒険者ギルドに足を向ける。
街は良く賑わっている。王都も十分ににぎわっていたが、ロージニアはもっとずっと活気があるように思えた。
それは気のせいではなく、立地が関係するだろう。
他国と隣接している領地の大都市ロージニアには色んな国の人が行きかう。
人々と共に物も運ばれ、金も運ばれる。
市場を抜けるとそれだけで夢がかなったような感覚がして、道を歩くのも楽しい。いや、実際、これは夢がかなったと言えるだろう。
オニキスは上機嫌でギルドに足を踏み入れ、物珍しそうな顔を見せる冒険者たちを無視した。
――耳が珍しいのではなく、どうやら、自分が随分と小さい子どもに見えるらしい
こればかりは、慣れだ。カークが特別過保護なのかと思ったら、違う。
マリスがそう言っていた。「10歳くらいだと思っていた、15歳には見えない」と。
それを聞いた時オニキスは「そんな馬鹿な」と思いっきり肩を落とした。
黒銀の髪を揺らし赤の瞳を依頼ボードに向ける。背が低いのでよく見えない。
空くまで少し待とうかとため息交じりに踵を返したところで、不意に見知った人物が現れた。
「・・・・・・オニキスくん」
「クェルムさん!」
長すぎる三つ編みの桃色の髪。赤い瞳がオニキスを捉えると甘く優しく細められる。
彼は数瞬迷い、困ったような表情を見せるが、酷く騒がしいギルド内の空いてる席を指さし首を傾げた。
「ごめん。ちょっといいかな」
「はい、大丈夫です」
言われるがままに席に座ると彼は目の前に座り、細い指で何処か苛立たし気に数度テーブルを叩くとため息を零した。
「・・・・・・ああ、ごめんね。ちょっと、はあぁ・・・・・・」
心底疲れているような。何かの厄介事に巻き込まれたかのような声色で彼はそう謝罪した。
クェルムは恩人だ。オニキスは慌てて首を振る。
「大丈夫ですよ!気にしないでください」
「はは・・・・・・ありがとうね。実は、お願いがあって来たんだよ」
彼はそれでも躊躇い、掌をテーブルに広げて、何故か苦笑する。
「君、花竜帝国は知ってる?」
「え?それは、はい・・・・・・隣国ですから、知っています」
知っているも何も、ヘトネベア花竜帝国はロイノーネ陽王国の南の大国。知らない方が難しいほど強大な国だ。
何故そんな当たり前のことを問われたのか全く分からず、オニキスは続きを待った。
「君は、君は・・・・・・竜と戦って勝てる?」
「無理ですね」
すっぱりと言い切ると彼は苦笑した様だった。
まずそもそも、竜と戦うこと自体がナンセンスだ。住処を避け、万が一姿が見えたら逃げるのが正しい。
ただ、花竜帝国と竜と戦う事の関連性が見えない。
花竜帝国は100万人とも言われるの軍人を擁する強大な軍を持つ。当然、竜討伐や対処の専門部隊もいるだろう。
内緒で討伐したい竜がいるとしても、それをオニキスに相談するのはあり得ない事だ。
「・・・・・・カークくんは違うらしい」
「はい?」
「蒼竜バオガネーシュは磁竜フェグガヌと友竜関係だ。フェグガヌは遊竜ピジウを嫌ってる・・・・・・しかも、黄金竜ティフォネに喧嘩を売る気らしい。今回の件でそれが浮き彫りになって・・・・・・はぁ・・・・・・それで、安全に戻れないかもしれなくて・・・・・・」
「は、はい?」
オニキスにはクェルムが何を言っているのか一切分からず聞き返したが彼は関係なくぶつぶつと呟き、傾国の美貌に疲れ切った表情を見せた。
「流石に、流石に無視はできない。国を出た身だけど・・・・・・それで、依頼をしたいんだ。いや、多分、あっちから正式に来ると思うけど、先に言っておこうかと思って」
「え?は、はあ」
クェルムは心底困ったと額に手を当ててそれから、眉を下げた。
「アレスはこれくらいは気にしないだろうし、あの方に死んでほしい訳じゃない。彼はちょっと不器用なんだよね・・・・・・まあ、うん。カークくんに伝えて欲しいんだ・・・・・・ゼト様が依頼をするって」
「あ、はい。伝えておきます」
カークはずっと留守だった。カノカノスに行き、帰ってきていない。
オニキスは兎に角、頷いてクェルムを安心させようとした。
「必ず伝えます」
「前金を私からも出しておこう。金貨をうーん・・・・・・相場が分からないなあ」
「それは、本人同士の方が良いのでは?やはり、信用問題にもなってきますし」
「確かに」
クェルムは何度目かのため息を吐いてとうとう机に突っ伏した。




