59:ひとっとび
元あった剣をルレアが処分してくれると言うのでそれに甘え、剣を腰に下げるとなんだか自分が凄い冒険者になったかのような気分になり、カークは思わず笑ってしまう。
「なんか、実感ないなあ。こんな凄い物もらちゃって」
「従属させたのは君だし正当な権利じゃない?なんならもうちょっと剥いでくる?」
気軽に言っているが、それはニティスクアナかショズヘネラの鱗を剥いで癒して剥いで癒して・・・・・・と言う拷問を持ちかけられているようにしか聞こえない。
カークは慌てて首を振った。
「いや!いや!十分だから!」
「そう?」
何処か不満気なメディを何とか宥めてカークは息を吐く。
「それじゃあ、俺はロージニアに戻るよ」
「え?遊んでくれないの?」
「・・・・・・俺、冒険したいんだけど」
ていうか金欲しいし。
今回の件で金を要求しなかったのは、侯爵相手に言い出せる勇気がなかったのだ。
例えば金貨100枚ください!とか言って、鬱陶しいから処刑なんてのはあり得る話だろう。そんなことをする人物とは思わないが、心証が悪くなればカノカノスに永久に立ち入れなくなるかもしれない。
エルデン・グライプであろうがなかろうが、欲をかいて不必要に対立するべきではないのだ。多分。
「ここからロージニアまで何日かかるんだ?さっさと戻らないと、ルリやオニキスにも悪い」
戻って来たルレアが口を開いた。
「ロージニアまでは4日か5日ね。舗装はされてないけど街道もある。それほど困難な道程ではないわ」
まあ、言われてみれば交易をしている都市だ。当然、安全性は高いだろう。
カークは納得して、席を立つ。
「侯爵様に一言いった方が良いよな」
礼儀も分からないし言いたくはないが、これほど世話になっておいて黙って出ていくなど言語道断だ。
「言わないよりは言った方が良いんじゃない?」
ルレアは実家なだけあって他人事だ。メディの助言は当然当てにならない。
カークは痛む胃を押さえながら、ルレアに問う。
「どうやってあったらいい?伝言じゃあ・・・・・・感じ悪いしな」
「分かったわ。いきましょうか」
そう言ってルレアはカークと野次馬のメディを連れて廊下に出て歩く。
行先は分からなかったが、侯爵が間違いなくいる場所だろう。
城内を数分歩き、たどり着いたのは数日前に訪れたあの執務室だった。
ルレアが扉を数度ノックすると中から執事が現れる。
「ルレアです。カークさんをお連れしましたので、侯爵閣下に取り次いで下さい」
「はい」
執事がそう言って部屋に引っ込むと1分ほど時間を空けて扉が開く。
「お待たせいたしました」
重厚な執務机に腰かける侯爵にカークは身を固くしながらぎこちなく頭を下げた。
「ご用件は」
「はい。お忙しい所、お時間を取らせて誠に申し訳ございません。これからロージニアに発とうかと考えまして。侯爵閣下には大変お世話になりました。誠に、誠にありがとうございました」
深く頭を下げたままの言葉に降ってくるのが無礼への罵声や嘲笑でないことを祈っていたが成程、侯爵は相当できた人物であるようだった。
「頭を上げてくれ。君はこの都市の恩人だ。世話は、せめてもの恩返しの一部に過ぎない・・・・・・」
言われるがまま頭を上げると侯爵は上品な微笑みを見せ、柔らかな声色でそう言った。
そして、執事の持つ盆を指して続ける。
「むしろ十分な礼が出来たとは思えない。是非謝礼を受け取ってほしい」
「いえ、既に剣をいただきました、閣下。これ以上は私には過分かと愚考いたします」
再び頭を下げると侯爵は何か考えているのか黙り込み、朗らかに笑った。
「君がそう言うなら、良いが・・・・・・またカノカノスに訪れてくれるのであれば、私にも声を掛けてくれると嬉しい。君のような英雄の話を是非聞きたいものだからな」
「・・・・・・英雄と呼ばれるに相応しい働きをしたく存じます」
“英雄”などという過剰評価は何故発生したのか。あの魔法のせいだ。
カークは涙を堪え、頭を回転させて絞り出した言葉を吐き出す。
「それでは、失礼いたします」
「ああ、こんなことは無礼かもしれないが、気をつけてな」
「はい。お心遣い痛み入ります、閣下」
そう言って、カーク達は部屋から出た。
廊下に出ると途端にカークは緊張をほぐし肩を落とした。
「緊張した」
「真面目だねえ」
メディの呑気な声に若干の羨ましさを感じながらもカークは歩を進める。
「メディはどうするんだ?一緒にロージニアに帰るか?それともカノカノスにしばらく滞在を?」
「んー君がいないならここにいても仕方ないし、帰るよ」
「そうか」
「一緒に帰ろうか」
メディの顔は笑顔で満ちている。不安を感じながら、カークは頷く。
「あ、ああ・・・・・・城下で必需品を買ってきてもいいか?5日は掛かるんだろ?」
「必要ないよ。ぱっと帰るから」
微妙な顔をしようとして、カークはやっと思い出した。
あ、そうか。彼は飛べるんだった。
城の外までやってくるとメディはカークとルレアの手を持つ。
「ま、待ってくれ!ニティスクアナとショズヘネラに挨拶してくるから!」
「えー?わかったよ」
そう言って手を離されカークは早足で2人を探す。
彼女たちは変わらず城壁の外の農村で働いていた。
「ニティスクアナ、ショズヘネラ」
「主」
「カーク様」
「俺はカノカノスからロージニアに帰るから・・・・・・」
何と言ったらいいのか。ここを頼むというのはおかしい。
微妙な沈黙をどう受け取ったのか、2人は頷き、微笑んだ。
「任せてください。この身でどこまでできるかは分かりかねますが、精一杯、守護させていただきます」
「そうだ、主。我々はその為に、此処にいるのだ」
力強く頷く2人の姿に安堵し、カークは心からお礼を言った。
「ありがとう」
「礼には及ばない。当然のことだからな」
「そうです、カーク様」
慰められているようなむず痒さを感じつつ、2人に別れを告げて待たせていたメディに振り返る。
「お待たせ」
「いいよ。んじゃ、いこっか」
ルレアとカークの手を握りメディは浮かび上がり景色を置き去りにする。
速度の割に叩きつける風が無いのはやはり、魔法のおかげだろう。
「ひとっとびさ!」
純白の大翼を伸ばし、メディは青空を飛んで行った。




