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46.眠りとお肉

「お目覚めですか?」


 ぼっとした思考で、またもや見覚えのない天井を見つめていると声をかけられた。

 ゆっくりと体を起こし、声のした方向に目を向ける。

 今度は無骨な石壁ではなく、白く清潔な壁。その前に立つのは、見覚えのある修道女。


 彼女は俺の返事を待たず、水差しから水を容器に入れ俺に差し出す。

 素直にそれを受け取ると、定まらない思考のまま一口飲んだ。

 喉に流れる冷えた液体の流れに、だんだんと意識がはっきりとしてくる。


「……ありがとうございます。あの、どれくらい寝てました?」


 また急に意識を失ったのか。やはり予兆は感じられなかった。

 時間の長さは感じられたが、それは放出する量が少なかったからだろう。

 意識を失う事を考慮して、週末の休みに合わせた。だが、二日以上眠り続けたら学園は休む事になる。


「昨日の夕刻倒られて、今はその翌日の昼です」


 という事は丸一日かかってるわけじゃないのか。砦の時も、似た様な感じだったな。

 グー……、と不意打ちで腹が鳴った。修道女が、あら、と目を丸くした。

 またか!俺は自分の腹に呆れ返った。その音と共に、脱力感に襲われる。すごく、はらがへった。


「すみません、食事ってできる所ありますか?」


 情けない顔で、修道女に尋ねる。


「お持ちしましょうか?量はどれくらい必要ですか?」

「ええと、結構食べるかもしれません……」


 いつもなら遠慮しておかわりは二杯までにしているが、今回は砦の時と同じくいつもより空腹感が凄い。

 修道女は一度ドアから部屋を出ると、すぐに戻って来た。


「宿舎の食堂へご案内します。ここなら普段から出す量も多いと思いますので」


 優しく笑うと、修道女は俺を支えるよう肩と腰に手を添えてくれた。

 怪我や病気じゃなく、空腹でろくに立てないってどうなの俺。


「ありがとうございます。あ、あの名前聞いてもいいですか?」


 本堂で会った時はさっさと立ち去ってしまったので、名を聞くタイミングすらなかった。

 俺を支えて歩きながら、彼女は名前を教えてくれた。


「本堂勤めのカーデと申します」


 カーデさんに支えて貰いながら部屋を出ると、部屋の前にいた騎士が先にたって案内をしてくれた。

 俺が寝ていた部屋は、宿舎内の部屋みたいだ。前を歩く騎士に聞くと、ゲストルームらしい。

 もしかして寝ている間、ずっと部屋の前で警備してくれてたのかな。何だか悪いな。

 謝ると、騎士はとんでもないと笑ってくれた。


 食堂は広く、また賑やかだった。『花冠の館』の食堂と違って、雑多な空気に当たり前だが男臭い。まるで男子運動部の部室の様だ。

 それぞれの座席には、股を大きく開いて豪快に食事を取る面々。そう言えば昼時だったか。

 ほとんど席は埋まって見えたが、俺達の姿を見た騎士達が座席を詰めて、空きを作ってくれた。

 お礼を言いながら、そこに座る。


「ここでお待ちください」


 止める間もなく、カーデさんが配膳カウンターへと向かってしまった。それぐらいは自分でできる。

 そう口を開こうとしたが、彼女の行動の方が早かった。追いかけるのも何なので、大人しく座りながら待つ。

 手持ち無沙汰の俺に、向かいに座る男がスプーン片手に話しかけてきた。


「ここの飯結構いけますよ。ただやっぱ肉が主流だからお嬢さんには辛いかもしれませんね」


 寧ろ当店はいつでもウェルカムです。大歓迎です。

 食事を取る騎士達の皿を見ると、確かに肉が山盛りに積まれていた。

 上から垂れる肉汁に涎が出そうだ。盛り付けの潰した芋も美味しそう。スープに浮かぶ野菜も、味が染み込んでいそうでいい匂いがする。


「肉大好きですから。毎日こんな大量にお肉食べれるんなら、学生寮じゃなくここに住みたいぐらいですよ」

「ははは、何とも豪快なお嬢さんだ」


 談笑していると、カーデさんがトレイを二つ持って戻って来た。

 片方には肉とマッシュポテトの皿、具沢山スープ、パン、水。もう片方にはパンとスープと水のみ。

 俺の前には、フルセットのトレイを置いた。よく見ると、周りの騎士達のものより量が少ない。

 ……通常の量でよかったのに。


「ありがとうございます。あの、カーデさんはそれだけでいいんですか?」

「大丈夫です。多く食べると、動きが鈍りますから」


 修道女ってそんな事まで気を回さないといけないのか。俺一応聖女候補なのに、制限なくばくばく食べちゃってるけど。

 『花冠の館』でも二回までとはいえおかわりするし、カフェテラスでもお菓子食べてるし。


 ちらりと横を見ると、カーデさんは既に食事を始めていた。彼女は小柄だから、それもあるのかもしれない。

 俺もフォークを手に取り、食べ始める。見たとおり、溢れる肉汁に頬の中が幸せで膨らむ。

 パンと一緒に口に入れ、また違う味を喜びと一緒に噛み締める。

 『花冠の館』の料理も美味しいけれど、こちらの味も向こうより濃い目でまた違って美味しい。


「美味しそうに食べますねえ、もしかして足りません?俺の、わけましょうか……なんて」

「いいんですか!」


 冗談めかして言う目の前の彼に、つい前のめりになってしまう。

 男の言うとおり、俺には減らされた食事は満足できなかった。フルでも足りたのかもわからない。

 今はとにかく、お腹が空いていた。


「あ、ああ、お嬢さんがいいなら……どうぞ」


 驚きながらも、目の前の騎士が自分のお皿を差し出してくれた。俺はお言葉に甘えて、そこから肉をちょっと遠慮して二枚貰った。

 本当はもっと欲しいんだけどな。なんて思っていたら顔に出ていたのか、他の騎士達が俺のも食べるかと口々に言ってくれた。

 あっという間に、俺の皿は肉だらけになった。


「ありがとうございます!美味しくいただかせていただきます!」


 乙女の様に手を合わせお礼を言う俺の目は、多分キラキラしていたと思う。

 横でカーデさんが俺を呆然と見ながら食事の手を止めていた。しかしそれにはっと気付くと、ごまかしの咳をつき食事を再開した。

 本当に食べ切れるのか?という疑問の目を横から流すが、それは周りの騎士達も同じだった。


 ふふん、見ていろ食べきってやりましょう。

 手を合わせ再度いただきますをする。追加された肉は、ひょいひょいと俺の口に運ばれていった。

 ついでにパンも分けてもらった。


「ごちそう様でした」


 料理を綺麗に平らげ、お皿はこびりついた肉汁が残るのみだ。備え付けの水差しから水を追加し、ごくりと飲んで一息ついた。

 ふー、と息を吐くと、食べる俺の姿を見守っていた騎士達は何故か拍手をくれた。カーデさんも小さく笑っていた。


「いやあ、本当に全て食べましたね。たいしたものです」


 向かいの騎士が、苦笑しながら手を叩く。大食いで賞賛されるって、聖女としてどうなの。

 ちょっと思ったが、それによってまたいっぱい料理を出して貰えるならいいかもしれない。

 なのでつい、


「これくらい序の口ですよ」


 などと得意気に生意気な口を叩いてしまった。けれど騎士達はどっと笑って、それは頼もしいとまた手を叩いた。

 さて腹ごしらえもしたし、寮に戻ろうかと腰をあげてはたと気付いた。

 ここの食堂は、有料なのだろうか。

 第一騎士団に出される食事だし、決して安いものではないだろう。

 青ざめながら、同時に立つカーデさんにその事を尋ねる。彼女は大丈夫ですと言ってくれた。


「代金は必要ありません。お金を渡されても、料理人も困るでしょう」


 材料費も国から出ているし、給料だって他所以上に貰っているのだからと、彼女は俺を安心させる様笑った。

 良かったと胸を撫で下ろす俺に、騎士達も笑っていた。ここの騎士達はみんな陽気で面白いな。年齢も第三騎士団と違って幅広いし。

 団長があのザーグルだという事を考えると、納得できた。これでこの国トップの精鋭達なのだから凄い。


 お礼を言い、食堂を後にする。道案内をしてくれた騎士が、また先を歩いてくれた。

 部屋に入り、置かれていた学生鞄と制服を抱える。

 部屋を出て戻る胸を伝えると、先に司祭様達のもとへ行きましょうと促された。


 そうだった、昨日の俺が倒れる前の様子とか次の予定とか聞かないといけないんだった。

 美味しくてボリュームのある食事に満足して、何のために来ていたのかをすっかり忘れていた。



 案内された場所は、応接室だった。初めてここに来た時に通された、高級そうなシックなソファが鎮座する部屋だ。

 そのソファに、紅茶片手に焼き菓子を食べながら座る司祭様がお一人。


「ああ、目が覚めましたか。危惧した長い眠りにはならなかった様ですね。あ、どうぞ座ってください」


 部屋にいるのはパラデリオン様だけだった。俺が言葉に従い向かいのソファに腰をかけると、案内してくれた騎士とカーデさんは後ろに回り立った。

 え、座らないんですかとつい聞いたら、この場所で大丈夫ですと返された。

 何か偉い人になった気分で落ち着かない。長居はしないだろうし、仕方ないかと前を向いた。


「国境砦の時と多分同じくらいです、眠ってたの。それで、倒れる前に変わった様子ありましたか?」

「特に疲れも見えませんでしたし、汗もかかれていませんでしたね。長く力を放出していたので、念のためライアールも前に出たようですが」


 客観的にも変化はなしかあ。やっぱ見分けるのは感覚でしかないのかな。

 聞けば、時間や放出量ははかっていてくれたみたいなので、来週また休みに合わせて試しましょうと話になった。

 でも時間は放出量が常に一定を保つわけじゃないから、あまり参考にはならないかな。司祭様も、それはわかっているみたいだし。


 まだ試し始めての初日だし、これからその感覚を掴める様にがんばるかー。


 それから少し次の日程と予定を決めて、宿舎を後にした。

 カーデさんとは宿舎の入り口で別れ、俺のいる部屋を警護し道案内をしてくれた騎士がそのまま『花冠の館』まで送ってくれた。


 戻る騎士の後姿を見ながら、次の週末もあの食事ができるかもしれないと期待に胸が膨らんだ。

 次こそちゃんと普段の量を盛ってもらおう。おかわりも可能だろうか?駄目なら、また次も騎士達から分けてもらえる様考える必要があるな。


 あれ、ちょっと目的変わってない……?

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