43.かわりゆく日常
実地訓練から帰った翌日、俺達は一日休みを貰った。
救護の応援に参加した事もあり、学生の身で頑張ったと休養含めたお休みのご褒美だ。
俺はベッドの上、腕を頭の下に組み寝転がっていた。
ようやく落ち着いて物を考える事ができる。
俺は力の限界の事を考えていた。
国境砦で、俺は魔瘴を浄化する力を放ったあと意識を失った。
聖なる力にも、やっぱ上限値があるのだろうか。
全速力で限界まで走ると、息が切れて体力が無くなりぶっ倒れそうになる。
疲労が全身を覆い、これ以上は無理だと体が悲鳴をあげる。
それは限界ぎりぎり前の警告、ストッパーの類なんだと思う。
痛みと同じで、体が「これ以上は駄目ですよ」って教えてくれてるんだと思っている。
でも国境砦では、俺は事前の予兆も警告も無く、糸がプツリと切れるように意識を手放した。
同じ様に力を放っていたあの場にいた聖女達は、疲労を顔に浮かべていた。
それは単純に長丁場で疲れていただけかもしれないが、力の使いすぎで倒れた人は救護班にもいなかったはずだ。
彼女達にはストッパーがちゃんと機能しているという事だろうか。
うーんと考える。もう一度試してみたいと思った。
だけど意識を失うかもしれない事を考えると、一人ではできない。協力者が必要だ。
国境砦の時は一日眠っていたみたいだけど、次もそうかはわからないし。
もし一人で試して、意識を失って数日とかたっちゃったら、行方不明と思われて騒ぎになってしまうかもしれない。
自室のベッドの上で、とかも考えたけど、ちょっと狭すぎる。
それにいつまでも起きて来ない俺に、寮母さんや友人達が心配するだろう。目が覚めない不自然な眠りに、大騒ぎになるかもしれない。
学校も無断休みしちゃうだろうし。
聖なる力の事、学校では何て教えていたっけかな。そこらへん、説明ってあったっけ?
マリガの言うとおり、授業を目を開けて寝ていた俺の頭にはまったく残っていない。
今度プラウに聞いてみようか。……ナリマー先生には聞いてはいけない気がする。多分机に縛り付けられて、静かな怒りをその瞳に宿らせ、それ以上の講義を聞かされるだろう。
学園を休む事になるかもしれないから、その連絡が滞りなくできる大人がいいだろう。
ってなると、結局またライアールあたりしか浮かばないのだが……。
国境砦でザーグルとの会話を思い出し、それは躊躇する。
あんま俺に会いたくないだろうしなあ。
でも他にっていうと……、あ、パラデリオン様はどうだろう。
ピルドアをつけてくれるくらいだし、多少俺の事を気にしてくれてるって思ってもいいかもしれない。
相談、ちょっとしてみようかな。
「よしっ」
ベッドから降りると、俺は出かける支度をはじめた。
目指す場所は、学園の敷地内にある礼拝堂だ。
あそこにいる司祭様に、パラデリオン様に取り次げないか尋ねてみようと思っているのだ。
学園に行って、本堂への外出届貰ってもいいんだけど、せっかくの休みに学園行くのもなあ。
それに、本堂で聞いてもここで聞いても同じ様な気がするし。
すぐに会えるとは思っていないから、日を取れるかだけお伺いしたいだけだし。
学園行って許可とって本堂行ってって、面倒なだけってのもあるけど。
礼拝堂へ行くと、学生達がお祈りをあげていた。
見知った顔はいないから、学年が違うか離れた組の娘達か。
終わるまで、外で待つ事にした。
ふと視線を感じ、無意味につま先を見ていた視線を上げる。
傍には誰もいない。
だが、心なしか遠めでチラチラと視線をよこす人たちが居るように感じる。
見回すと、幾人かがさっと視線を反らした。
……なんだ?
お祈りが終わり、ぞろぞろと生徒達が礼拝堂を出て行く。
見送りの司祭様が、残っている俺に気付いておや、と首をかしげた。
「今の生徒さんの子ではありませんね。どうされましたか?」
リリシュ曰く爽やかな司祭様は、俺に優しく微笑みかけた。
「すみません、本堂の司祭様と連絡を取る事ってできますか?」
「本堂のですか?どなたでしょう、事によっては時間がかかるかもしれませんが」
「パラデリオン司祭様です」
「ああ、なら大丈夫でしょう。彼の方はとても気さくな方ですから」
それは何となくわかる。ほいほい色んな所に顔出してる気がするし。
失礼な言い方だが、厳格さとは一番かけ離れてる印象だ。
シュルス様みたいに神聖さも正直感じられない。
一言でいうなら、気安い。
でもそれは悪いんじゃなくて、寧ろそれに俺は安心してこう相談できるのだ。
丸い眼鏡の奥の、あの朗らかな笑顔に救われてる人も結構いるんじゃないだろうか。
俺は司祭様にまた伺いますと伝え、礼拝堂を後にした。
傍に見える学園の玄関口を見る。まだみんな授業中だろうか。
俺は休みだから今日は行かない、ふふん。
今度は商店エリアへと向かう。
国境砦でよれよれになった制服のクリーニングを頼みに行くのだ。
ついでにほつれてたら繕って貰おう。
用件をすませ、さあ帰ろうと『花冠の館』へと足を向ける。
整備された道、整理された花壇。今は来るべき冬に向かって、色彩を欠いて見える。
だが俺はこの色も好きだ。
茶色くなった枯葉や落ち葉も、はらりと舞い落ちる姿に哀愁を感じる。
ワビサビというやつだろうか。
まだそこまでじゃないけど、風もだんだん冷たさを含んできていた。
孤児院ではもう冬支度はじめてるかな。あそこボロいから早め早めにしないとね。
暖房器具を、また探しに行かないとな。
……師匠にも何か、送った方がいいのかな。頭含めて寒そうだよな。
でも、渡す手段ないからなあ。パパママ先生達に、託すわけにもいかないだろうし。
今更だけど、師匠って一体何なんだろう。今もあそこにいるんだろうか。
いくら考えても、答えは出なかった。
翌日、登校しようと『花冠の館』から出ると、その日常が急激に変わった。
学園への登校途中、一人の騎士が俺へ声をかけてきたのだ。
なんでしょう?と問うと、騎士は突然跪き己の自己紹介を始める。
え?え?とパニくっていると、その手に手紙を掲げた。受け取ってくださいと目で訴える。
意味がわからないながらも、流されてそのまま受け取る。騎士は笑顔で去っていった。
そんな事が、ひっきりなしに起こった。
ちょっと一人になると、どこから現れたのかイケメン騎士が、一輪の花が添えられた文をスッと渡していくのだ。
……和歌でも詠んでくれるんですか?
人生最大のモテ期だ!……などと浮かれる程馬鹿ではないつもりだ。
最も信頼の置けるリリシュの騎士様情報によると、俺に声をかけた騎士は全て貴族の子息だった。
つまり惚れた腫れたの問題ではなく、これは青田買いだ。貴族による、将来有望な聖女の青田買いなのだ。
自分で将来有望とか言っちゃってる俺も痛いけど。前回の実地訓練に続いて、今回の国境砦での件。
それが決定打になったんだと思う。だって、そうとしか思えないし……。
受け取った手紙、どうしたらいいんだろう?
友人に相談すると、
「放っておけば、いい」
プラゥは興味なさげに言い放った。
リリシュは差出人をいくつか見ながら、
「やだ、これカリメル子爵家の方じゃない。ここは一族揃って女性にだらしないと聞いてるわ。絶対駄目よノイルイー」
どうでもいい情報をくれた。
しかし登下校の度にこんな事が起こると、いちいち足止めくらうし、時間ぎりぎりな起床の俺は遅刻しそうだ。
今は第三騎士団の一部だけだけど、外部の貴族とかまできたらほとほと困る。
悩んだ末放課後、ナリマー先生に相談をする事にした。
「そうね、学業に専念できなくなる可能性もあるわね。わかりました、学園長と本堂へ対応をお願いしてみるわ」
元より勉強に専念できていない身としては、素直にはいと言えないけれど、とりあえず何とかなりそうで安心した。
お礼を言い職員室から出ようとして、そういえば用件がもう一つあった事を思い出した。
「先生、商品券まだ残ってるのでまた町へ行きたいのですけど」
そろそろ暖房器具が早出しされているかもしれない。
外出届の申請書を貰おうと、ナリマー先生の前へ足を戻す。
しかし先生は、椅子に座りながら困った顔で俺を見上げた。
「ごめんなさい、今の貴女にそう簡単に外出届をだしてあげる事ができないの」
「えっ、何でですか?私何かしましたか?」
どういう事だろう。怒られる様な事はしていないはずだ。
まさか勉強不足により単位が危ういから自室に篭って勉強しろとか言うんじゃ……。
俺は泣きそうになりながら先生を見た。彼女は苦笑し、違うのよと肩を竦めた。
「国境砦での件で、貴女は重要人物の一人になったの。だからおいそれと一人で歩かせるわけにはいかなくなったのよ」
「そんな大事になるような事はしてないと思います。マリガとオーシャも同じなんですか?」
「いいえ、貴女だけよ」
何で俺だけなんだ。二人も救護に参加していただろうに。
魔瘴獣と魔瘴の浄化にも参加したからだろうか。
「怪我人の治癒も浄化も、あの場に居た聖女様達はみんなしてましたよ」
「貴女はその他の聖女ができない事をこなしていった。そうよね、ノイルイー」
俺は言葉に詰まった。確かに、マリガが俺の背中を押した場所は、誰も手を付けられない重傷者が横たわる場所だった。
浄化も、俺だけが前に出た。
でもあれは、前と同じく騎士達がいたからできた事だ。
「……わかりました。でも、じゃあもう町へは行けないんですか?」
色々言いたかったが、ナリマー先生を困らせたいわけじゃない。彼女に言ったって、彼女の一存でどうこう変えられるわけじゃないだろう。
俺の落ち込んだ顔に、ナリマー先生は励ますように微笑みかけた。
「護衛をつければ大丈夫よ。ここには騎士団もいるから、彼らに頼めるわ」
結局一人で気ままには出かけられないのか。思わずため息をつきそうになるが、先生の手前こらえる。
暖房器具探しはまた今度にしようと、俺は職員室を後にした。




