42.国境砦 その四
入ってきたのは、白い花が入った花瓶を持ったアール神父だった。
花瓶を水差しの横へ置くと、俺に柔和な笑みを向けた。
その花は、よく見ると花弁に赤いインクのしみのような模様がついていた。
「お加減はいかがかな?ああ、顔色もいいようじゃ」
「ありがとうございます、ぐっすり寝かせて貰いましたので。今日はどうしてこちらに?」
「二、三日前かの、この砦にいたんじゃよ。こんなのでも、一応神官じゃからの」
「そうだったんですか。じゃあ聖都から来るの大変でしたでしょう」
「ほっほ、こんな騒ぎじゃからの、猫の手も借りたいと引っ張り出されたわい。馬車の旅はこの老骨の骨身にしみたしみた」
アール神父はふうと息をつきながら腰を二回叩いた。
お花を持ってきてくれたという事は、お見舞いに来てくれたんだろうか。
アール神父はベッド脇の椅子に腰をかける。
「マフラスはどうだったかの?楽しめたかい?」
「慌しくて、全然見れませんでした。けど、南マフラスのあの賑やかさはまた行ってみたいなと思ってます」
「そうかいそうかい、ここの冬苺は人気じゃからの。他に気になることはあったかい?」
「うーん、特には。来てすぐに魔瘴獣の知らせが来ましたし……。あ、町に来て学園の先輩に会えた事は嬉しかったかな」
「おお、そりゃ良かったのう」
老人はにこにこと笑って聞いてくれている。
そろそろマリガが戻ってくるかなと考えていたら、アール神父が席を立った。
慌しいな、こう見えてじつは忙しいのだろうか。
「あの、お見舞いありがとうございます。お花も……」
「いやいや、お嬢さんはよう働きなすった。ゆっくり養生なさい」
ゆっくりと歩き、部屋から出て行った。
入れ替わるように、マリガとピルドアが入ってくる。
二人とも、手には料理を持っていた。湯気立つスープに俺の腹が騒ぎまくる。
「ピルドア様も来てくれたのですか、そんな大事じゃないのに申し訳ないです」
「いえ、そもそも私は学園まで貴女の傍におりますから。……先程部屋を出た老人は、アール神父ですか?」
「はい、お見舞いに来てくださいました。二、三日前からここに来てたそうですよ」
「そうですか……」
ピルドアは何か考えている様な仕草をしたが、すぐに俺の元へ料理を運んでくれた。
マリガもお盆ごと俺の膝にのせると、飲み物の用意もしてくれた。
お礼を言うと、
「うふふ、毎回この部屋来るたび騎士様従えるとか、ちょっと優越感覚えちゃうわね」
……そうですか。
「ピルドア様もすみません、私のご飯運ばせちゃって」
「気にせずに」
お言葉に甘え、俺は頂きますすると木の匙を握った。
とにかく食べる、どんどん食べる。とてもお腹が空いていたのだ。
マリガはちょっと~乙女でしょ、とか何とか言っていたが、ピルドアは無言で見ていた。
「あらぁ!マフラスの花ね。素敵じゃない、これちょっとお高いのよ」
水差しの横の花瓶に気付くと、マリガが高い声を上げた。
「アール神父がくださったんだけど、そんなに高いの……?」
思わず手が止まる。老人になんてものを買わせてしまったんだ。
頭の中で、必死に謝る。
正直、あの老人はお金に余裕がありそうな身なりには見えなかった。
僧衣は着古されて随分くたびれていたし、年とはいえ痩せてもいた。
「ま、貴女は相応の働きしたんだからいーのよいーのよ、貰っときなさいな」
彼女はあっけらかんと笑う。
そんな高いのならせめて食べれるものに……、とつい失礼な事を考えてしまった。
「ああ、ノイルイー!心配したわよ、大丈夫?どこも悪くないかしら?」
オーシャが駆け寄り、俺の体を心配してくれる。
何だかまともな学友のお見舞いをやっと見た気がした。
オーシャはマフラスから俺の荷物と着替えを持ってきてくれていた。
制服で寝てしまったので、私服に着替える。ピルドアはその間部屋から出ていた。
制服が随分よれよれになってしまったので、戻ったらクリーニング出さないと。
寮に戻れば予備はある。
俺の支度が終わると、四人で砦の門へと向かった。途中、会う騎士会う騎士が深々と礼をとるのが気恥ずかしかった。
ついこちらもぺこぺことお辞儀で返してしまう。ああ、日本人の性よ……。
何故かマリガが得意気だった。いや、彼女も救護で活躍したからいいんだけど……。
出立の準備は既にされていた様で、後は俺達を待つだけだった。
帰りも、行きと同じメンバークピリナ小隊だ。あと姿を見せたピルドア。
……と、思っていたら何故か何人かの騎士が追加されていた。
聞けば第一騎士団の人達らしい。
一つの幌馬車に、過剰な人数の護衛。
「まるで貴族の馬車みたいねえ」
マリガの言うとおりだと思った。
そんな行きとは違う光景に、クピリナ様は全く気にせず大量に買い付けた冬苺の瓶詰めを嬉しそうに眺めては頬ずりしていた。
俺も着いた時に買って置けばよかった……。結局冬苺、ボリエヌ嬢の所でしか食べる事ができなかったし!
「冬苺もっと食べたかったなあ」
俺の泣き言に、クピリナ様ははっとして瓶詰めを抱きしめた。いや、取らないから……。
帰りの幌馬車はガタゴトと平和なまま進み、聖都まで魔瘴にも野盗にも遭遇せず無事に着く事が出来た。
まあ、あんな数の護衛に飛び出るマヌケな野盗なんていないだろうけど。
ただ道中でした野営では、俺にとっては何事もなくはなかった。
何故かやけに俺の周りに騎士が固まっているのだ。
野営の準備時も、食事時も、就寝時もテント外とはいえ複数の気配を傍に感じる。
マイペースなクピリナ様が、おすそわけといっておやつに冬苺を無邪気に分けてくれた時だけは気を緩める事ができた。
それ以外はずっと気の休まるものではなかった。
一体何なんだ、俺はため息をついた。
「おかえりなさい!ノイルイー、無事!?」
「ノイルイー、待ってた」
聖都南口から徒歩で学園敷地の正門へ帰ると、友人二人が迎えてくれた。たった数日なのになんだか懐かしく感じる。
帰る日付はわかるだろうけど、時間は細かくはわからないだろうにずっと待っていてくれたのだろうか。
俺は嬉しくなって二人に抱きついた。
「ただいま!全然大丈夫だよ、この通り元気元気」
二人は良かったと、ぎゅっと抱きしめ返してくれた。
「私達もいるんだけどお」
マリガが肩を竦める。オーシャも苦笑していた。
リリシュは俺を離すと、慌てて詫びる。
「やだごめん、そんなつもりじゃなかったの。二人も無事でよかったわ。魔瘴が出たって聞いて、ほら、この子たまに無茶するから」
プラゥがうんうんと頷いている。マリガとオーシャも「あーわかる」と横へ倣えと頷いた。
信用無いな俺!
「それでは、私達はこれで」
少女達のやり取りにひと段落ついた所に、俺達についてきた四人のうち二人の騎士が言葉を挟んだ。
この二人は第一騎士団の騎士だ。
「あ、わざわざありがとうございました」
俺は頭を下げる。オーシャとマリガもお礼を言った。
真面目そうな騎士二人は、少し口角を上げると「では」と去っていった。
聖都の中で、四人も護衛は正直いらないと思うのだけど。
残った二人は、ピルドアとルバートだ。
プラゥはじっとピルドアを見つめていた。俺は気になって声をかける。
「プラゥ、もしかしてピルドア様と同郷?」
プラゥはピルドアから目を離すと、首を横に振った。
「違う。他にもいるんだと、ちょっと見ただけ」
そういえばピルドアは孤児だと言っていた。聖都での孤児の可能性もあるのか。
流石にそんなプライバシーに突っ込んだこと聞けないけど。
「そうなんだ。今更だけど、第二騎士団のピルドア様に第三騎士団のルバート様。今回ずっと護衛してくださった方達だよ」
友人二人に紹介する。騎士二人は礼をとった。ピルドアは表情を変えず、ルバートは優しく微笑みながら。
リリシュとプラゥも見事なカーテシーで返す。二年目となると、自然と出来ている。
おかしいな、俺も同じ教養の授業受けてるはずだけど。
横目で見ながら真似してみる。
「何やってるのよ、膝でも痛いの?」
「同じ様にお辞儀してるの!」
マリガの言葉に俺は少し泣きたくなった。
ルバートは困った様な顔をし、ピルドアは相変わらずの無表情だ。
『花冠の館』が見えてくると、ピルドアとルバートは足を止めた。
持っていてくれた荷物を俺達へと返してくれる。
「ありがとうございました。荷物まで運んで頂いて」
クピリナ隊聖女の卵三人でお礼を言い、二人の騎士と別れた。
背中を向けると、タッタッと足音が聞こえた。
振り返ると、ルバートが片膝をついていた。
俺達が驚いていると、ルバートは顔を上げ俺を見つめた。
「前回も今回も、貴女の奇跡は素晴らしかった。もし何か私にできる事があればお呼び下さい。何があろうと駆けつけます。勿論、他の皆様方も」
そう言いながら、俺を見つめる目には恍惚とした光が浮かんでいて、少し怖い。
俺は慌ててルバートを立たせると、再度お礼だけ言って別れた。
背中に居心地の悪い視線を感じながら、『花冠の館』の門をくぐった。




