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24.聖女候補の社会見学 その二

 朝一で森へと出発した。

 森は近かったので歩いて行く事になった。

 入り口も中も村人の仕事場となっているからか、舗装がされていて比較的歩きやすかった。

 入り口から道中、コフィル様と司祭様が魔瘴除けを吊るしたり縛り付けたりとして行く。


 村までの道中では見なかった魔瘴が、ここに来て初めてその姿を現した。

 薄く霧のように沸いた黒い靄は、俺達が近付くと逃げるように奥へと消えていった。

 ルクーナとアプリエノは恐々としていたが、俺は興味本位で体を乗り出し、ライアールに襟首を掴まれ引き戻された。

 ちょっと顔を出して覗くくらいいいじゃないか。


 剣の柄に手をのせたままの隊長を先頭に、円を書く様に森の中を進み、魔瘴はどんどん森の中心部へと追い込まれて行く。

 本当は小さいうちに潰しておきたいが、逃げるのだから仕方が無い。

 今回は小さい森だからいいけれど、大きい森だと人手も大規模になりもっと大変らしい。


「各自剣を抜いておけ、魔力の注入も忘れるなよ!警戒はおこたるな!」


 隊長の怒号が響いた。


 行軍を進めると、黒い霧も濃くなり、逃げずに留まりだした。

 その霧から小動物程の大きさの、小さな耳をつけた獣の形が生まれだした。

 魔瘴獣だ。

 魔瘴から湧き出た魔瘴獣は、出る傍からこちらへと向かってくる。


 二人の少女は、悲鳴を上げた。

 しかし騎士団達は剣を構えると、来る魔瘴獣を一突きにしていき消して行った。

 小さい魔瘴獣を出し切った魔瘴も、消滅した様だった。


 再度行軍を進める。

 魔瘴の出る頻度が高くなっていた。

 斥候に出ていたエヴィが戻ると、どうやら中心部にはより一層濃い魔瘴の塊があるとの事だった。


「おかしいな、ここは毎度こんな濃いものはでないはずだぞ」


 狐ほどの大きさになった魔瘴獣を斬り捨て、ギレル隊長が足を止めた。


「確かに、学園の生徒の初の実地訓練にしてはちょっと重いですね」


 パラデリオン様も頷く。

 ルクーナとアプリエノは、二人の言葉に青ざめていた。

 騎士団の面々はそれでも、騒ぎ立てはせず黙ってトップの判断を待っていた。


「どうしましょう司祭様、聖女様。一度引き返しますか?」

「……いや、このまま進みましょう。どちらにしろ、確認は必要です。幸い、徳の高いコフィル様とライアールがいますしね」

「私はパラデリオン様の判断におまかせしますわ」


 どうやらこのまま行軍し、魔瘴の正体を確認するらしい。

 ルクーナとアプリエノは不安そうにしていたが、コフィル様が優しく「大丈夫よ」と諭し、騎士達の「命に代えてもお守りします」という言葉にころっといった。


 沸く間隔がどんどん狭まってくる魔瘴獣を除けながら、行軍は続いた。

 面白い事に、パラデリオン様が持っている杖で、小さい魔瘴獣をバッターの様にぼこんぼこん殴って消していっていたのは見ものだった。

 コフィル様は俺達生徒三人を守る事に専念していた。

 優しい薄い白い光が、俺達の周囲にふわふわと舞っていた。


 こんな事できるんだ。凄いなあ、俺も覚えたい。

 魔瘴獣の大きさも数も増え、俺も光の玉を作り応戦した。

 俺の投げた光の玉は、魔瘴獣を生み出す元の魔瘴に当ると生み出した魔瘴獣ごと霧散した。


「素晴らしい」


 司祭様が歓喜の声を上げてくれた。コフィル様も驚きの声を上げていた。

 いや現状、コフィル様の方が仕事してるから。


 そろそろ中心部に着く頃合だと、ギレル隊長が呟いた。

 木々を抜けると、そこはまるで焼け野原の様な黒く汚れたむき出しの地面と、その真ん中にゆらゆら揺れるでかい黒い霧の柱が立っていた。

 そこを囲む周りの木々も、焼け焦げたように黒い煙を上げていた。


 ごくりと、剣を構える騎士団から唾を飲み込む音が聞こえた。緊張しているのだろう。

 第三騎士団は若い騎士も多いので、めったに強敵と戦う事はないのかもしれない。

 そんな騎士団とそれを率いる隊長の前に、ライアールが出る。

 よく見ると、ライアールの剣は他の騎士のものよりでかかった。腰には短剣も吊り下げている。


「あんな形状は初めて見るが、心当たりはある。でかい魔瘴獣か、下手すると人型になるかもしれん」


 チラッと俺を見た気がしたが、いやいやいや!俺が対峙した魔瘴獣よりもっとこっちのが大きいよ!

 その巨大な魔瘴の柱はゆらゆらしながら、ゆっくりと渦を巻き始めた。


「形が……!」


 騎士団の誰かが叫んだ。

 魔瘴の渦は、予想通り獣の姿になった。

 しかし俺が前に見たときのものより、体は元より裂けた口も生えた耳も、尻尾もでかかった。

 二人の少女の悲鳴が再び響く。


「俺が斬りかかるからギレルは後ろへ回れ!他の連中は三人ばらけて左右に分かれろ、残りは聖女達を死ぬ気で守れ!」


 若い騎士の二人は乾いた喉で必死に返事をし、聖女達を囲んで外に構えた。

 コフィル様も祈りながら必死に、先程の光のふわふわを生み出しては俺達や騎士に飛ばしていた。


 ライアールが様子を伺う魔瘴獣に斬りかかった。

 剣を掬うようにして下から斬り付ける。下顎に命中し、魔瘴獣の頭ははじかれたように空を向いた。

 その隙にギレルが背後へと走りこみ、ローシオンとエヴィは頷き合うと左右に別れ走った。

 もう一人も、魔瘴獣を囲むように空いた場所へと走った。


 魔瘴獣は体勢を整えると、その裂けた口をライアールへと勢いよく打ち付けた。

 噛み殺そうと、豪快に地面ごと抉り取る。

 地を蹴って避けると、ライアールは再度剣に体重をのせ獣の鼻頭に叩き付けた。


 ギレルが背後から尻尾へと剣を突き刺す。

 刺さった部分に小さな穴が開き、その周囲の部分が消滅した。

 魔瘴獣は怒りにギレルへと頭を向けるが、ライアールの攻撃に反応しすぐさま戻した。


 それを見て、三人の騎士も魔瘴獣に横から剣を突き刺し、これを繰り返した。

 その都度、尻尾や前足後ろ足がイラつくようにブンブンと振り回される。

 頭部はひたすらライアールを追い、他の部位は動きが散漫だった。


 やっぱりあの頭部についた目からの視界で確認してるのか。

 その形をとるのは、そういった機能をつけるためか。

 じゃあ霧状の方がいいんじゃないのか、とも思ったが、霧状で攻撃してきた事はなかったなと気付いた。

 もしくは何かしらの攻撃手段はあるけど、形作ったほうが強いとか?


「ぐぅっ……!」


 騎士の一人が、爪で胴体を削り取られた。

 鎧がある程度の盾とはなってくれたが、深いのか裂けた傷口から血が吹き出た。

 よろめき、数歩後ろへ下がると足元から崩れ落ちた。

 ローシオンとエヴィが悲痛な顔をするが、どうする事もできなかった。


「ああ……」


 聖女達を守る騎士から絶望の声が漏れた。

 俺は魔瘴獣の様子を伺った。

 魔力の込まれた剣で斬りつけられる度、その部分は消滅し体もその分小さくなっている様だった。

 迫る牙をかわしながら、ライアールは尚も斬り付ける。

 ギレル達も、かする魔瘴に肌が焼け焦げながら、また避けきれず傷を作りながら魔瘴獣の体を削って行く。


 四方からチクチクやられて怒り狂い、こちらには意識が向いていない。

 今がチャンスかもしれない。

 

「貴女何を……!」


 コフィル様の驚いた声が耳の横を掠る。

 俺は囲う騎士の脇を抜けると、倒れている騎士の元へと全力で走った。

 そして両脇を後ろからしっかり掴むと、引きずって元の場所へと戻った。

 俺に気付いた戦っている騎士達が、注意を引こうとより剣撃を激しくする。

 余計な体力を使わせてしまったかもしれないけど、心で深く感謝した。


「コフィル様!これどうにかなりますか……!」


 若い騎士の一人が、魔瘴獣の方を伺いながら腰をおろし、血を流す騎士の鎧を外した。

 血はまだ流れ出ていた。

 パラデリオン様がすぐさま傷の様子を伺い、ストールで傷口を押さえ込んだ。

 杖を置き、己の魔力を与えだす。

 それでもこれは治癒魔法でも何でもなく、生命力の維持を保とうとしているだけにすぎない。

 傷の治癒は、聖女にしかできないのだ。


「わ、私の力ではこんな深い傷はとても……」


 青ざめたままコフィル様は、悲痛な顔でうつむいた。

 横になった騎士の口からはゼッゼッと浅く早い呼吸が漏れている。


 まだ生きているのに!どうしたらいいんだ!


 ――ピィーーーヨルゥゥゥーーー


 その時、とんびの様な鳥の鳴き声が頭上で聞こえた。

 俺達は一瞬それに気を取られて空を向いたが、慌ててただの鳥の鳴き声じゃないかと意識を戻した。

 とにかくこの騎士の血をとめないと。傷をふさがないと。でもどうやって?聖女様が、できないと嘆いているのに。


 トッ、と肩に軽い衝撃を感じた。

 その重みに首を向けると、鳩程の大きさの緑色の鳥が俺の肩にとまっていた。

 驚いたが、その鳥を見ていると、心が落ち着いてくるような気がした。


 俺がやってみよう。


 俺は息を吸うと、はーっとゆっくり吐き出した。

 両手をそっと傷口にあてる。ああ、深い。内臓まで傷ついている。骨が折れて刺さっている。

 抜いて、戻して、ゆっくりと。


 俺の周りの人達は何も言わなかった。

 ただ固唾を呑んで見守っている、そんな気配がした。





 騎士達と魔瘴獣の戦いはまだ続いていた。

 刺しては跳ねて下がり、斬り付けては跳ねて横へ避ける。

 そんなヒット&アウェイ戦法ばかりの騎士達に、だが魔瘴獣は他の戦いをするわけでもなく翻弄されていた。

 少しずつ魔瘴獣の体を削り取っていけているといっても、騎士達の体力も疲労が激しかった。

 未だに少しも鈍る事無く動けているのはライアールだけだ。


「ライアール、奴の目をしばらく集中的にお願いします!」


 パラデリオン様の声が響いた。

 ライアールは言われた通り、狙いを目元に集中させた。

 敵は頭をぶんぶんと振るので、その勢いを利用して同じ様に頭を振る際の逆方向から刃を叩き付けていった。


 俺はそれを見ながら、手の中に大きな光を作って行った。

 前に作ったやつよりも、もっと大きく大きく。

 打ち込んだら、頭の上から尻尾の先まで、花弁の様に伸び開く様に。


 肩で緑の鳥が、ピッピッと場違いに嬉しそうに鳴いている。

 俺の開いた手の前には、白く光る大きな玉が浮かんでいる。

 キラキラと光り輝き、その光を聖女様や泣き崩れていた聖女の卵達がどこかうっとりと、呆けた様に見つめていた。

 囲っている騎士達も、うっかり握っていた剣を取り落としそうになっていた。


 もういける。これでいける。

 そう思った俺は、その光の玉をそっと持ち上げた。

 ふわりと、空に向かって軽く浮かす。

 俺は膝を曲げ即座に伸ばし、腕を後ろに引きながら地を蹴った。


「おらあ!聖女パンチ!!!」


 光の玉に向かって拳を突き出す。


 ゴオオオオオッ、物凄い勢いで魔瘴獣へと飛んで行く。

 光の粒子が流れ星の様にキラキラと残滓を残して、それはとても綺麗だった。

 

 ライアールの顔のすぐ横を光の玉は通り抜け、魔瘴獣の首元へと吸い込まれた。 

 金色の髪が衝撃で、まるで強風に見舞われたかの様に進行方向へ勢いよく流れる。

 ギレル隊長も、ローシオンとエヴィも、剣を構えたまま後ろに下がり驚きながらも結果を伺っていた。


 魔瘴獣の動きもピタリと止まり、次の瞬間内側から横へと白い亀裂が走ったかと思うと、光の粒子の衝撃が輪となって広がり収まるとそこにはもう何もいなかった。


 ポカンと、そこにいた全員が口を開いて呆然としていた。

 いち早くライアールが正気に戻り、辺りを確認するために行動を起こす。

 それに習って、他の騎士達も同じく確認作業を慌ててはじめた。

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