第三楽章(三)
◆ 登 場 人 物 ◆
フウロ・サク・アサマ
エルネストの孫 明るく心優しい少女であるが、『南の帝国』による細菌兵器の後遺症により、短命を医者から宣告されている 姉のライクと希望がかなうという伝説の『黄金の泉』をさがす旅に出る
ライク・R・アサマ
エルネストの養女、ふうろを実の妹のように愛している 『南の帝国』による侵攻時にエルネストの開発した次世代オートメタビースト『シルバー』をヴォーカンソン重工業社より強奪する
レイブン・ベルフラワー
『北の楽園』軍オートメタビースト部隊長 『シルバー』奪還の任を負う
ペイバック・K・オーガスト
元ヴォーカンソン重工業社技術開発部門職員 オートメタビーストの情報を南の帝国に流出させる
ロジオン・ヴァーベナ
『北の楽園』軍第一特務部隊所属 レイブンの古くからの友人
オルミガ・ダンデリオン
オートメタビーストのパイロット ベルフラワー隊に所属する
エリック・ダチュラ
オートメタビーストのパイロット ベルフラワー隊に所属する
ユウ・シャラット・ガーベラ
オートメタビーストのパイロット ベルフラワー隊に所属する シルバー追討の先遣隊であったが、森林地帯で消息を絶つ
エスターテ・ニクス
古くからペイバックを知る青年
ウィッテ
『北の楽園』反委員会勢力の青年リーダー
シシカ
ウィッテの妹 反委員会勢力に身を寄せる少女
ソマリ
ゴブの家に住んでいたAI搭載の子猫型ロボット 今はフウロのペットとなっている
◆ 登 場 兵 器 ◆
オートメタビースト
エルネストが設計し、ヴォーカンソン重工業社で開発された汎用二足歩行兵器の総称
セーブルフェネック
ヴォーカンソン重工業社製造オートメタビーストの軍用二足歩行兵器 主力武装は『プラズマライフル』 『一二〇ミリAPFSDSライフル』
ピーピング・トム
『北の楽園軍』偵察車両の愛称
E二五型装甲車
『南の帝国軍』製の戦闘装甲車両 通称『ローチ』
カリヨノイド
ペイバックのもたらした情報により、南の帝国で製造されたオートメタビースト。機動力は『セーブルフェネック』を上回る
シルバー・エルネスト
次世代型オートメタビーストの試作機。設計者のエルネストが中心となってシステムや製造に深くかかわっていた。ペイバックを除くヴォーカンソン重工業社開発チームの者たちは『南の帝国』軍の侵攻の犠牲者となった。主力装は『プラズマライフル』 『超音波震動刀』
◆ 登 場 生 物 ◆
鉄馬
ゴブの森でシルバーと戦った人面をかたどった巨大生体型兵器
ハンター
昆虫型生体。群れをなし空を浮遊する。飛翔する物を高速で捕らえ、体液の化学反応により自爆する性質をもつ
クリッカー
昆虫型生体。両前足に大きな剪刀をもつ多足昆虫型生体。生息域が広く森林地帯や乾燥地帯に群れをなす。地表を動く物に素早い動きで攻撃する性質をもつ
第三楽章 (十一)
北の楽園首都での戦果が派手に報じられていたパブリックビューイングが、ここ一週間沈黙を守っていた。テレビの報道には現地の勇ましい兵士のインタビューや、進撃する兵器軍の様子が繰り返し何度も映し出されている。
コントロールされた情報に慣らされた多くの市民は、作戦上で何らかの極秘任務が課せられたのであろうと、それら一連の軍からの広報に疑問を抱くことはなかった。
それよりも彼らの中では配給物資の不足が大きな問題となって広がりつつあった。まだ、首都近郊や市街地に住む住民には、薬品も含めて十分とはいえないまでもある程度行き渡っていたが、周辺に点在するスラム街は餓鬼のような姿をした人間が死を待つだけの地獄と化していた。
オートメタビースト奪取の反乱以降、スラム街と市街地の間にはさらに厳重な警戒線が引かれ、出口のない街で貧しい人々が全て死ぬ実態を「都市浄化」という奇妙な言葉で片付けられていた。本来与えられるべき彼らの生活の物資、食料は全て兵器製造の費用に回されている。これが現実であった。
鉄条網の向こうに広がる『クレシダ』工場から、トレーラーに載せられた『セーブルフェネック』が、また一機、搬出されていくのを窓からうつろに眺めている男がいた。
ロジオンであった。
彼は知己のレイブン率いる負け犬ベルフラワー隊が本隊に加わった情報を既に入手していた。東の地に生息するオートメタビーストをも倒す未知の甲殻生物と巨大生体兵器の残骸、すべての情報が混沌としていた。
(たった一機に、女の尻しか見えていない狂った英雄の末路か……)
軍法会議を開くこともなく銃殺に値する罪、ロジオンは彼の部隊の被害を聞いた時、自分の耳を思わず疑ったほどである。主人でもあった委員会の老人も自分の面子を潰されたことに狂わんばかりに怒っているという。
(色に狂った連中に戦争などできるものか)
ロジオンは老人に抱かれた次の日の朝のレイブン青年の寂しそうな瞳を思い出した。
(いや……俺たちは狂わされてきたのかもな)
彼の部署に送られてくる軍事情報に明るいものは何一つ無かった。
街は暗く、市民は皆怯えた目をしている。
(銀色などはもう放っておけばよい、目の前のクレージーな灰色をどうするかが課題だ)
彼の手にした端末の画像には、太陽光を装甲に反射させた灰色の盾をもつ南の帝国の新型オートメタビースト『カリヨノイド』群が映っていた。
首都へ戻ることも許されず、帰途から直接に最前線へ配置されたベルフラワー隊は、シルバー追討時の華々しさの一かけらさえもない。
彼の部隊は南の救援信号を発した別部隊を救援に向かうべく最低限の補給物資と編制で進軍を続けていた。
突然、ベルフラワー隊の偵察車両の一台が大穴を開け、炎を噴きあげて爆発した。
「敵襲だ」
部隊の者から声が上がる前にレイブンの操る機体は既に狙撃地点へ向かっていた。
(恥さらしな男を手土産にするというのか……)
薬が切れた日から偏頭痛の続くレイブンは眉間に大きな縦皺を刻んだ。
彼の『セーブルフェネック』の足元に着弾した弾頭は土を高く舞い上げていく。
近距離アサルトライフルに武器を換装した数機の帝国『カリヨノイド』のパイロットは、単機で突入してくる行動に驚愕した。
(そうやってみじめな私をあざ笑え)
レイブンの放ったライフル弾によって『カリヨノイド』の胸部は打ち砕かれ、ゆっくりと後方に倒れていった。
「楽園のオートメタビーストは?」
うろたえる『カリヨノイド』を中心に影ができた。
「上か!」
帝国のパイロットが気付いた時にはもう遅く、レイブンの『セーブルフェネック』の銃身はそのまま『カリヨノイド』の頭部を貫いていた。最新鋭の兵器は、あっけなくただの残骸へと変わっていた。
ここでの交戦は非常に短い時間で終結した。
「少尉、ご無事ですか、しかし、お見事です」
「見事なものか……せっかく生き延びた部隊の兵士の命をまた散らしてしまった」
「少尉……」
パネルに映し出されたレイブンの落ち込む姿をエリックはわざと見ないようにしていた。
薬の副作用を原因とした彼の気持ちの起伏は激しかったが、帰投してからのレイブンは、配下の兵を今まで以上にいたわり、後の彼らの処遇だけを気にかけていた。
しかし、レイブンが後悔している時間はなかった。
「東部都市で我が軍が交戦状態に突入しているもよう、帝国の兵器とはまたタイプが違います、一つのタイプは見たことのない程の巨大質量の物体が動いているとのこと」
「帝国の兵器ではない?どういうことだ」
「不明です、ただ山のようなモノが動くと」
「山が動く……」
他の兵士らはその情報がさす意味はわからなかった。
(あの東の森で見た巨大な生体兵器の残骸……)
だが、口に出す者こそいなかったが、ベルフラワー隊の兵士だけはおぼろげながらその姿を想像することができた。
「たとえ望まれなくとも我が隊は全ての障害を排除する、これより残存する楽園軍と合流、全ては恥ずべき私の責任のもとにある」
表情に憂いをたたえながらもレイブンはベルフラワー隊に命令を下した。
第三楽章 (十二)
換気口からわずかに差し込む陽の光が影の黒さをより強調する。
精密機械に囲まれた机の上に置かれた水槽の中に、肘から下部の右腕が沈められている。切断面は金属部品で固められており、そこから延びる数え切れないほどの本数の細いチューブやラインは、精密機械のいたるところに接続されていた。
「もう少しお前には働いてもらわないとな」
ペイバックの左手の指がキーボードパネルに触れると、それらのラインは収縮をはじめ、水槽の中には一本の腕が沈んでいるような状態になった。そして、中の水が全て排水されると蓋が自動的に開き、腕を載せたトレイが前に突き出てきた。
ペイバックは左手で、その腕を取り、自分の右上腕部へいとも簡単に接続をした。小指から順に動かし、じゃんけんをするようなパターンを自分の顔の前で幾度か行うと、小さく納得したようにうなずいた。
「いつまでそこで見ているんだ、人が悪いぜ……ニック」
椅子に座ったまま振り返らずに、ペイバックは声をかけた。
「仕事の最中、邪魔をしちゃ悪いと思ったんだ」
「お前さんがつくってくれたこの身体は本当に便利だ、潰れりゃ交換、壊れりゃ交換、前世紀エンジンのプラグ交換より簡単だと思う、もう、自分が人間だが、機械なんだか分からなくなっちまっているよ、そっちの楽園の坊やもこの身体にしてもらったら良いんじゃないか」
ニックと緊張する表情をしたユウが、無造作にケースが積まれた暗い廊下の奥から姿を見せた。
「ハンターとの空の長旅に驚いたろう、楽園の坊や君、ニックの野郎には関わらない方が良いぜ、命がいくつあっても足りなくなる、俺のようにな」
ペイバックの言葉通り、ユウはあの砂漠から楽園にほど近い森林の中のこの施設にハンターに載せられてきた。
ニックの命令を凶暴な巨大昆虫が素直に従う光景は夢のような出来事であった。
「ケースの中の人間共は『オートメタビースト』で南北破壊し合って、楽しく殺しあってている」
上着を羽織りながら話すペイバックをニックは睨んだ。
「ペイバック、目を覚ましたらどうだ、僕は人間同士の殺し合いなんて見たくない、人間が……生き残った人間が手を携えて」
「その通りだニック、俺も互いの殺し合いなんて見たくはなかったさ、国境のないユートピア、ああそれも最高さ、だが現実はどうだ、結界の中の再生コロニーができた頃には人は前時代以上に一部階級に支配され、楽園や帝国のような地上の汚物ができただけだった、ほら、そこの坊やも汚物から発生した蠅の一匹だろ」
「何!」
怒りにはやり飛び出そうとするユウをニックは右手でおさえ、ペイバックへの言葉を続けた。
「求めていない現実になってしまったことは僕も理解している、だけど、僕たちの故郷をこのまま失ってしまう訳にはいかない」
「ふっ、何を……お前だって奴らが降りてくることを考えて負の情報を消さずに残しておいたのだろう、俺はただそれを借用しただけだ、まぁ、あれほどの天才爺さんは南にもいなかったからな」
「僕は、今日のような事態が起こる前に、今生存している人類自身の手で守りたかったシルバーのような人の心が力として表れる機械で……」
「お前のその理想主義につきあうことに俺はいい加減疲れたよ、最初から遠回りなことをせずに封印したアレを使って、北も南も潰しちまえば良かったんだ、お前さんの腕だったら雑作もないことだろ」
拳銃の弾薬や手榴弾が鈴なりにぶら下がる革製のベルトを身に付けたペイバックは、ニックとユウの横を素通りした。
「ニック……お前はもう昔の人間じゃないんだ……そんなに過去に縛られることはない、ここにあるのはお前の心に残っているあの世界じゃない、全てフェイクだ」
「ペイバック……やっぱり、僕と来てくれないんだね」
「当たり前だろう、遊びたかったら、そこの楽園出身の蠅の坊やに遊んでもらうことだ、まぁとりあえずあの糞委員会や腐った軍隊は俺が根こそぎ潰す。できるだけ、民間人は殺さないようにするがね、脳天気のニック……そのためにも俺の玩具は先に封印を解かせてもらう」
「ペイバック!」
ニックは自分の上着の胸ポケットから小型拳銃を取り出し、照準をペイバックの背中の中心にあわせた。
「撃て、撃て、もうみんな動き出しているんだ、お前もお前の望むままやればいい」
「くっ」
拳銃を構えたニックの腕がだらりと下がった。
「エスターテ・ニクス……いや……『アキ・ユキザネ』が過去の名前だったな、お前のそういう性格は嫌いじゃないが化石のような理想はもう捨てろ」
嘲笑する声に被りながら、コンクリートの床にペイバックの冷えた靴音と扉を閉める音が響いた。
「ニック、お前は何を隠している!あいつは誰だ!何をしようとしているんだ!」
ユウの声が怒りに震えている。
「何も隠さないよ……もう天からの使者が堕りてくるから」
ようやくぽつぽつと語り出したニックの真実の言葉は、疑心暗鬼であったユウを絶望の底に突き落とすのに十分すぎる内容であった。
地鳴りが二人のいる部屋を包んでいく。それはペイバックの禁断の玩具が動き出したことを告げる悲痛な開幕のベルであった。
霧の森の地下深くにこのような遺跡が眠っていた事実をユウはまだ受け入れられないでいた。時折、誰もいない暗闇に人の気配を感じたが、その姿は見えなかった。
「ここにあるモノから脳波に近い強い音の波……『歌』が漏れる……それが脳を刺激し、人は幻覚を見てしまう……だから僕はここが大嫌いだ」
「幻覚……そうか、霧の森で……でも、なぜ」
「僕が見るのは死体ばかりだから、今も僕の目には助けられなかった大好きな人たちがこっちを見ているんだ」
ユウの目にはただの広い金属質の壁に囲まれた格納庫であったが、ニックには顔を半分無くした兵士や四肢が欠損している青年や老人が恨めしそうな顔で自分を取り囲んでいるように見えている。
扉の開閉スイッチを触ると薄明るい陽の光が差し込む巨大格納庫であった。格納庫の天井から地上までの岩盤の厚さは百メートルほどあるようにユウは感じた。
ペイバックの機体のノズルから発せられた物か、辺りには焦げ臭い臭いが充満していた。
「オートメタビースト!」
ユウは固定台に固定された二機の二足歩行兵器を見た。
「ううん、戦闘兵器……手前のが機動騎兵ナンバー八型遠距離攻撃支援型『リカオン』、この機体モデルのデータが君たちの『セーブルフェネック』開発につながっていった」
「似ているなんてものじゃない……セーブルに翼が生えただけのように見える」
白い翼をもつもう一機は、シルバーにシルエットが酷似していた。
「そして、これが僕の……僕の……」
それまで努めて冷静な声を保っていたニックは、その猫と鳥が融合した神の化身のような機体を見るや言葉をつまらせ、冷たい床に跪き、悔しそうに嗚咽した。
第三楽章 (十三)
霧の街のゴブは今日も花で埋められた墓に機械人形を伴って足を運んでいる。今日も花弁には霧の水滴が大きな粒となり、紫色の花をわずかにうつむかせていた。
「ゴブ様、ゴブ様ぁ!」
その日は陽も昇らないうちから玩具のような機械人形がいつにも増して賑やかであった。普段は数体の人形しか、後についてこないのだが、その日は故障しかけた人形も全てゴブの後を追って丘に登ってきていた。
「お前たち、随分騒々しいじゃないか、雷雲でも近付いているのか?」
「ううん、もっとすごいのがみんなを呼んでいます」
熊のぬいぐるみのような姿をした人形は、カチャカチャ両手を振り回しながら言った。
「すごいって?何がだ?」
「神様です、眠っていた神様の声が聞こえます」
ゴブの街の地下には、壊れた前時代の人型兵器が朽ちたまま放置されている。人形らはその腐食した金属の塊を『神様』と呼んでいた。
「眠っていた友達が空を飛ぶそうです?」
「友達?」
ゴブが見上げた空はいつものように霧で包み隠されている。
「お前達プログラムの誤作動をおこしたか?わかった、今から家に戻ってメンテナンスをしてあげよう」
ゴブは習慣になっている墓への祈りを早々に切り上げ、石段を下っていこうとした。
「何の音だ?」
聞き慣れない初めはごく小さかった音が、次第に空一杯に広がっていった。音の輪郭がはっきりとなるにつれ、機械人形達は興奮のビープ音を鳴らし、身体に埋め込まれたカラーライトを点滅させた。
「ゴブ様、飛び立ちます!私たちには聞こえます、目覚めの歌声が!」
轟音が霧の街の上空を見たことも聞いたこともない速さで過ぎていく。
「何だ、何の音なのだ?お前たち!」
「大昔の昔、みんなを助けてくれた神様の歌声です」
「神様とは何なんだ?」
「それは……」
機械人形たちは興奮して何かを答えたのだが、轟音の中に全ての言葉は溶けた。
「フウロ……お前たちは大丈夫なのだろうか?」
音が遙か遠くに聞こえなくなるまでゴブと機械人形はその場に立ちつくしていた。
第三楽章 (十四)
愚者山脈の北から東側にかけての尾根の岩肌に、融けることのない雪がまだら模様を描いている。それまでの乾いた風が一変し、爽やかな涼風がフウロの伸びてきた髪を優しく愛でた。遠くの眼下に広がる森や湖沼のきらめきが、フウロはとてもまぶしく感じた。
「すごくきれいだね、ライク、何もない砂漠をずっと来たのが嘘みたい、ほらお日様も笑っているようにポカポカだよ」
「さぁ、フウロ、カバーを閉じます」
「もうちょっと、もうちょっとだけ、お日様にあたっていたい」
シルバーのコクピットに座るフウロの声は驚きと感動に満ちて弾んでいる。
「あっ、あれは何?」
大きな枝分かれした角を頭に持つ動物の群れが、シルバーの進む路を横切っていった。
「ムースという動物だそうです、私達の住む地域には既に絶滅していません」
「すごいね、ほらソマリも見てみて!」
「うん、大きな動物だね、僕なんか一呑みにされちゃいそうだよ」
「一呑みにされたら怖いね、あっ、鳥が飛んでる」
翼を悠々と広げる鷲のような鳥は、空に弧を描いていた。
「ハンターに食べられちゃわないのかなぁ」
「ハンターが鳥を襲ったという事例は聞いたことがありません、さぁ先を急ぎます」
ライクは、カバーを覆うスイッチに触れた。
「きっと怖いハンターとお友達なんだね、ねぇ、ライク、私あのお日様に心の中でお願いしたんだ」
「どんな?」
「秘密、でも言っちゃおうかな……」
「僕、聞きたいな」
ソマリがシートの背もたれの上からフウロの膝の上にスルスルと移動してきた。
「やっぱりやめた」
「ええー」
深い森林地帯を通過するシルバーが樹木を騒がせるごとに、鳥や獣が逃げていく。
「動物さんたち、迷惑してるみたいだよ、ねぇ、ライクどうにかできないのかなぁ?」
「それなら飛びます、ハンターが来るかも知れないから、ヘルメットをかぶりなさい」
「はぁい!」
ライクはレイブンの追撃部隊を逃れた時からある違和感を抱いている。
(ハンターが襲ってこない)
飛翔するシルバーを執拗に追う巨大な羽虫から逃れるためには、地上に降下し、長時間やりすごすしか方法がない。砂漠など身を隠すところがない地帯ではまさに命取りと言っても良い。だが、追撃部隊との戦闘であれほど空を震わせたけれども、ハンターの群れはシルバーを追う素振りの片鱗さえ見せなかった。
(なぜ?)
ライクはシルバーを森の中からジャンプさせ、銀色の翼を広げた。
「うわぁ!鳥さんたちもびっくりしてると思うよ!シルバーは鳥の神様みたいだね」
フウロの喜ぶ声に応えるように、シルバーは高度を上げながら、東へと進んだ。ライクの思っていたとおり、数匹の尾根を飛ぶハンターの姿は確認できたが、集まって来るどころかこちらに全く反応を示さない。
「この地がハンターの知覚を狂わせているのか……それとも……」
(歌の結界を越えることができる)
そう言ったニックの複雑な表情がライクの脳裏をかすめた。
「ライク、多分、ハンターもシルバーがきれいだと思っているんだよ、この分だとすごく早く着くことができるね」
フウロの何気ない一言が思案にふけるライクを我に帰した。
「私もそれを願っています」
シルバーは、風と戯れる妖精のように輝く緑の森を眼下に飛翔を続けた。